番外編1 嵐の前触れ

教室は、異様な雰囲気に包まれていた。


「はい、あーん♡」


「やっぱり、自分で食べるから……」


「口答えしないでください」


ソーセージが突き刺さったフォークが抵抗の意思を見せる俺の口をこじ開け、中に捩じ込まれた。


こうも強引に事を成してきたかと驚きつつも、口内に入ったからには吐き出すわけにもいかないので、大人しく咀嚼する。


ソーセージは好物の類に入るというのに、俺の味覚が仕事をすることは無かった。


「次はブロッコリーです……はい、あーん♡」


亜美の声がよく通る。彼女の声が大きいからではない。普段と比べるまでもなく、教室にいるクラスメイトの会話が著しく乏しいのだ。


皆、食事を共にする友人との会話を一切合切疎かにしているとまでいかなくとも、意識の多くはこちらを伺うことに割いている。


それを示すように、教室の何処かに視線を向けてみれば、横目でコチラを伺う誰かと必ず目が合った。


口内に侵入してきたブロッコリーを咀嚼しながら、その事実に胃を痛める。


……ダメだ。今の俺──なまじクラスメイトと親交を深めてしまった俺には、この仕打ちは耐えられるものではない。


思い切って、切り出すしかない。


「その、亜美。……なんだ、こういうことは、さ……教室では止めないか?」


「ダメです。こうやって私達が愛し合っていることを、周りの人間に示さなきゃいけないんです」


クラスのお調子者の男達が、"愛し合っている"という言葉に反応したのか、小さく歓声を上げた。


そして、俺が余計にその羞恥心を肥大化させたのは言うまでもない。


「……でも、教室でベタベタし合うのは周りに迷惑になるかもしれないし、さ」


拒否されるだろうな、と思いつつも、思い切って更なる追い討ちをしてみた。


亜美は先程とは打って変わって考える素振りを見せた後に、言う。


「迷惑です……か」


俺の想定とは異なり、亜美は拒否することなく考え込み始めた。


いけるかも。


「他でやれよって不満に思う人もいると思う」


亜美は数瞬動きを止めた後、おもむろに顔を上げた。


「……分かりました。周りに私達の関係を示すのはそう何度もする必要はないことですし、次は場所を変えましょうか」


初期の俺の予想に反して、亜美は俺の提案を受け入れた。俺への想いを拗らせた今でも、根の真面目な部分は変わっていないのだろう。


俺達の会話の終わりを見計ったかのように、休み時間の終わりを示すチャイムが鳴った。


「では先輩、午後の授業も頑張ってくださいね」


亜美は教室中から多くの視線に晒されても尚、気にならないと言わんばかりに堂々とした足取りで教室を去っていった。


彼女を目線で見送った後、ふと前を向くと、教卓でお弁当を片付けている先生と目が合った。


「……まあなんだ、程々にな」


先生が諭すように俺を嗜めたことで、教室の至る所からクスクスと笑い声が聞こえてきた。


俺はというと、羞恥を隠すように頷くことしかできなかった。


=======


放課後。クラスが解散して周りが騒がしくなった頃、特に意味もなくスマホの電源を付け直す。


朝のHRの開始から放課後の解散まで、スマホの電源を落としておかなければならないというこの学校のルールに不満が無いかと言われたら嘘になるが、学校側にも"生徒を勉強に集中させる"という大義名分もあるものだし、物事を"まあそんなものか"と割り切る事も時には重要だ。


一片が齧られたリンゴのロゴが映し出された後に、ホーム画面に切り替わる。


「やべ」


ホーム画面にメッセージアプリからの通知が来ているのに気付かず、勢い余ってタップをしてしまい、直接メッセージの送り主とのチャットに飛ばされてしまった。


名前を確認すると、そこには杏奈の文字。彼女で良かったと少しホッとした。


勿論既読をつけてしまったからには見て見ぬ振りは出来ないので、メッセージを確認していく。


『聡太の高校って北南川東西高校だよね?』


なんの文脈も読み取れない言葉。とりあえず答えていく。


『そーだよ』


返信を終えてしまったならば、他にする事もないのでチャットを閉じようとした瞬間、既読が付いた。


反射的にギョッとすると同時に、どういうわけか嬉しくもあった。


『もう放課後?』


『うん』


『まだ学校いる?』


『いるよー』


『やった!』


頭に疑問符が浮かぶ。どうして俺が学校に留まっていることが、彼女の歓喜に繋がるのだろうか。


『ちなみにさ、聡太の教室から正門って見れたりしない?』


うちの高校の正門と杏奈との間にどんな関係があるのか見当も向かない。


なんだ、なにが起こるんだ。


『見えるよ』


『特に意味は無いんだけど、ちょっと正門覗いてみてよ』


………まさか。


正門を窓から覗いてみると、一際目立つ金髪が人目を集めていた。


察しがいいのだろうか、俺が彼女を捉えて間もなく、彼女もまた俺を捉えた。


『来ちゃった♡』


チャットを覗いてみると、そんな可愛らしいメッセージが残されていた。





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