番外編2 波乱

もう一度杏奈の方を向いてみると、可愛く手招きする彼女の姿があった。


校門の前で他校の制服を着ている人間が注目を集めているという状況は、教師に見つかったら面倒なことにもなりかねない。


迎えに行くしかない。そして迎えに行くからには、少なくとも軽く駄弁るぐらいはする流れになるだろう。


ふと脳裏に亜美のことがよぎる。彼女とは特に約束事を交わしているわけではないが、ここ最近は毎日一緒に下校をしている。亜美が俺の教室に迎えにくるのが通例であるが、今日は俺たちのクラスが早く解散したため、まだ亜美が来る気配は無い。


以前の亜美ならともかく、今の彼女が連絡も無しに俺が女友達と会ったなんて知ったらとんでもないことになりかねない。


不可抗力的に友人の相手をしなければならなくなったことを連絡しておこう。


スマホを取り出して、友達が高校ここに来ているらしくその対応をしに行くこと、今日は一緒に帰れないこと、埋め合わせは後日することを伝えるメッセージを打って、送信する。


手は打った。これで何か都合の悪いことが起きることはない。


根拠のない嫌な予感を噛み殺して、階段を駆け降りた。


=====


「聡太!」


正門の方角から、俺を呼ぶ声が聞こえる。そちらに顔を向けると、杏奈が胸の前で小さく手を振っていた。


少し距離があったので小走りでそちらへ向かうと、特徴的な青みがかった黒髪が校門の柱からひょいと姿を見せた。


「美里も来てたのか」


基本的にいつも美里と2人で行動している杏奈がここへ1人で来たのは珍しいなと思っていたが、やはり美里も一緒だったらしい。


俺が教室から正門を覗いた時は、彼女は校門の柱の死角にいたのだろう。


「ごめんね?押しかけちゃって。迷惑だったかな」


「いや、そんなことないけど……2人してどうしたんだ?」


一体どうして2人が俺の高校前まで押しかけてきたのか、見当も付かなかった。


俺の疑問を受け取った後、杏奈はわざとらしく咳払いをして、俺の目を捉えた。


「これらは全て大いなる友情故の御業なのだよ、聡太君」


「……そ、そうか」


突然杏奈が始めた訳の分からないノリに困惑しながらも、とりあえず返事をしておいた。


もう少し深掘りしてみると、少年時代によくあったような、友達の家にアポ無し凸して驚かせつつも遊びに誘うあのノリと同じようなことをしたかったらしく、美里を誘って突発的に来たらしい。


……酔狂だな。


スマホという便利ツールが生まれて連絡が容易になったが故にそれをするのが常識となっている昨今に、これを考えつく杏奈の独特の感性には驚かされたが、どこか彼女らしさも感じられた。


「なんにせよ、取り敢えず場所変えよう、教師が来ても面倒だし」


「そうしよっか」


「おー」


ここで場所を変えることを促す。教師に見つかる事は勿論のこと、亜美に見つかるとあらぬ誤解を産んでしまうかもしれない。


俺は一抹の焦燥から逃げるように、2人と移動しようと右足を前に出そうとして──


「──先輩、そちらが例のお友達ですか?」


凛とした声が、響いた。


……あぁ、見つかった。


彼女──亜美は、爪先を俺達へ向けてゆったりとその足を運ばせる。


そして、杏奈と美里を正面に捉えて、立ち止まった。


「こんにちは」


不気味なほどに柔らかく微笑んだ亜美。けれどもその目は笑うことを知らない。


「こ、こんにちは」


「こんにちは……えっと、聡太の彼女さんですか?」


美里と亜美は恐る恐ると言ったように、亜美の正体を探る。


「聡太先輩の彼女の、七瀬亜美と申します。先輩とは……私からもお礼を言わせてください」


「……とんでもないです」


「ウチこそ感謝しなきゃですよ……あはは」


亜美のその発言は強烈な皮肉を孕むものであると、人の心の機微に疎い俺でも分かった。


それを美里と杏奈は当然感じ取ったのだろう。亜美に対して気後れしているように思える。


……これはまずい。


亜美に、俺が指すが女性である事がバレた。間違いなく、亜美の怒りを買うのに十分な事実だ。


ここ最近は、俺が亜美に執着していた頃以上に何かと騒ぎを起こしている気がする。ここ正門で更に騒ぎを起こしてこれ以上悪目立ちすることは避けたい。何より、俺の至らなさ故に会って間もない3人の関係が険悪になるのはよろしくない。


どうにか、しないと。


「……まあ、なんだ。……とりあえず、場所を変えないか?」


何か手は無いかと考えたものの、場を和ませるような気の利いた事など咄嗟に言えるタチではない俺だ。


結局絞り出せたのは、先ほどと同じような言葉ただ一つに留まった。


「……とは言っても、これからの予定は決まってるのですか?」


亜美は可愛らしく首を傾げて俺に疑問を投げかける。その様子からは今のところは怒りのような物は伺えない。


「……いや、俺たちも今さっき合流したところで、なにも決めてない」


「そうなんですね……お二人は何か予定とか立てていらっしゃったのですか?」


亜美は2人に話を振る。美里の肩がビクッと震えたのが分かった。


「いや、適当にそこら辺を3人でブラブラ出来ればなーって思ってただけで、具体的な事はウチも特に決めてなかった……です」


「……なるほど」


横で縮こまる美里を尻目に答えた杏奈。亜美に釣られたのか、普段の豪快な彼女から想像できない程丁寧な口調になっていたのが、この状況でも、はたまたこの状況だからか、少し可笑しかった。


亜美の中での杏奈に対しての第一印象が"礼儀正しい人"になっていたら面白いなと思いつつ、それどころではないと思い直して再度彼女の様子を伺う。


亜美は目線を下にして何か考える素振りを見せている。流れ的には彼女も含めて4人でどこかの店に移動することになるのだろう。候補でも挙げてくれているのだろうか。


しばらく何も言わずに待っていると、亜美が不意に顔を上げる。


そして笑顔を一つ落として、言った。


「お二人は先輩のご友人ということですし、私もお二人と仲良くなりたいので──?」


確変が、起こった。


=====

あとがき


週一ペースを予定してます!番外編ですがほんの少し長くなるかもです!


※更新直後に少し会話などを増やしました。早いタイミングで見てくださった方には混乱させてしまい申し訳ありません。

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