結末

放課後。訳もなく窓からの景色を見つめる。解散直後ということもあって、しばらく教室の喧騒は俺の鼓膜を刺激するだろう。


教室を飛び出るように出ていった紫苑のことが頭によぎったが、まあいい。


俺と彼は友達とて、放課後に言葉を交わす契りなどあるまいし、俺の知らない彼の事情を探し始めたら、きっと終わりはない。


「ボーッと外を見ちゃって、どうしたの?」


俺の顔を覗き込んで、揶揄うように見つめてきたのは斜め前の席の有関さん。俺がになってから交流が出来たクラスメイトの1人だ。


外部活で焼かれた小麦色の肌に、天真爛漫な笑顔がよく似合う。


「特に理由は無いね……と言いたいところだけど、無意識に誰かに話しかけられるのを待ってたのかも」


「……と言うと?」


有関さんは不思議そうに首を傾げて見せた。くどい言い回しだったかもしれない。


「まあつまるところ、有関さんに話しかけられた事に喜んでいる自分がいるってこと」


と、言葉を発してからふと頭によぎる。


……俺、中々恥ずかしいこと言ってないか?


有関さんに変に思われていたら、俺はここで腹を切る。そう心に決めた後に彼女の顔色を伺うと、口元を手で隠しながら笑みを浮かべていた。


「中々クサいセリフを吐くね」


「……うるさい」


「あ、拗ねちゃった」


有関さんは子供をあやす母の如く温かい目で俺を見る。なんとなく、彼女は良い母親になるだろうな、と思った。


「なんか私、聡太くんのこと誤解してたなぁ」


有関さんの顔に浮かんだ笑みがゆっくりと消え、彼女は唐突にそう切り出した。


「……誤解?」


今度は俺が首を傾げる番だった。


「ちょっと前まで、聡太くんがこんなに面白いこと言う人だって知らなくって、少し怖い子なのかなって思ってたんだ……その、ごめんね」


「謝ることなんてないさ。実際以前の俺はその評価に値する人間だったって自分でも思うよ」


彼女の言う"ちょっと前"とは、正しく俺が亜美にのめり込んでいた時期を指すのだろう。


亜美以外を全て拒絶し、クラスでは常に孤独だった、あの頃。


当然俺は腫れ物のように扱われていたし、それはクラスに限ったことではなく、学年、ひいては学校でそういう扱いを受けていた。


当たり前だ。協調性を持ち合わせておらず、他人を拒絶する人間と好き好んで交流しようとする人間は、それこそ変態の類だろう。


「そっか……ともかく!こうして何かを語り合える関係になれて良かったなって思うよ!」


有関さんはじゃあね、と俺に軽く手を振って俺に背を向けた。背負う鞄は歪に膨らんでいる。恐らく中に入るは部活道具。これから部活動に向かうのだろう。


俺も軽く手を上げてそれに応える。彼女がクラスのドアを通り抜けた途端、廊下を捉えた際に一瞬体を強張らせたのが気になった。


「……帰るか」


元々これといって用は無かった故に、有関さんとの雑談が終わったならばすることもない。


また窓をぼーっと見つめて時間を潰すのも悪くないが、一度途切れてしまったその行いを再開するのはどこか労力が必要に感じた。

 

「聡太!……その、来てるぞ」


家に帰ろうと立ち上がったまさにその瞬間、ドアの前でたむろしていた集団の中の1人に声をかけられる。


彼は特定の名前を言わなかった。いや、言わなくても、この場の誰もが理解していた。


「──先輩。随分あの女狐と楽しそうに話してましたね。邪な思いでも生まれちゃいましたか?」


彼女は毅然とした声を発して、さも当然と言わんばかりに教室に入ってくる。


教室の空気が明確に変わったのが分かった。


担任は既にいないが、まだ教室には決して少なくない生徒が残っている。その全ての視線が亜美、それと俺に集中する。


「……委員会はどうしたんだよ」


今日は亜美が所属する保健委員会の集まりがあるため一緒には帰れないと聞いていたのだが。


「私の勘違いで今日ではありませんでした。………ねぇ、先輩」


亜美は続け様に言葉を紡ぐ。俺の耳元で囁いた。


「先輩は私の彼氏ですよね。ですよね。私以外の女にかまける必要って、あるんですか?」


打って変わって、底冷えするような低い声が耳に響いた。"将来の旦那様"という飛躍に飛躍を重ねたような単語も聞こえてきたが、今はそれに言及している場合ではない。


「…‥軽い雑談をしてただけだよ」


苦し紛れに、俺はそう溢した。それは亜美を到底納得させるような文言ではない。


「そうですよね。軽い雑談ですよね。以前私がクラスメイトの男の子と事務連絡を含めた軽い雑談をしていたら、先輩が随分と不機嫌になっていた事をふと思い出しました」


亜美は顔色一つ変えずに、俺の耳が痛くなるような皮肉を一つ落としてみせた。


まただ、また、俺は過去の自分に首を絞められた。


「……」


反論なんて、出来やしない。


「随分視線を集めてしまったみたいなので、帰りましょうか」


「……あぁ」


亜美は柔和な笑みを一つ落とす。外野について言及したのにも関わらず、彼女の目は俺だけを深く貫いたままだった。


==========

あとがき


番外編、書くか、書かまいか。


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