第33話 ヴェーラと鬼ごっこ
「あー! 待って、待って! 攻撃しないでぇ!」
俺は金槌をブーストハンマーに、鉈をリビングハチェットに変化させる。
この女神はヤバい。
マナが放出されて、虹色に輝くくらいだ。
ただものではない強さなのに、思考が常軌を逸しているのも奇妙だった。
警戒するしかない。
女神は手を突き出し、俺をなだめようとする
「あなたに危害を加えるつもりはないんですよ。ちょっと未来のことを伝えたいと思っただけなんです」
「未来、だと?」
話の通じそうな従者がヴェーラを諫める。
「ヴェーラ様。それは禁則事項ですよ」
「いいのですよエミス。彼には伝えてもいいのです」
「本当に、ご執心なんですね……」
ヴェーラに戦闘意思はないようだ。
だが俺が臨戦態勢となるだけの戦闘力を、彼女は備えているように見える。
「私の世界とあなたの世界は異なる管轄となっています」
「この世界にも、管轄の神がいるということか?」
「理解が早くて助かりますね。邪神が管轄しているのです」
俺は背を向けて帰ることにした。
「じゃあな」
「ああ~! 待ってくださいよぅ!」
邪神?
いまどきそんなもんに関わってられるか。
「言い方を変えます。〈深淵なる存在〉が……」
「同じだ」
「〈大いなる外神〉が……」
「知らん」
俺は無視し、すたすたと迷宮の入り口へ向かった。
「旧来の神が、新世界の統治者になろうとしていて」
「ヘイスト」
俺は全身にヘイストをかける。
100メートル2秒の速度となり、迷宮の森を駆ける!
(この速度なら、と思ったが)
「待ってくださいよ~」
女神は、空中を飛翔しながら、俺の脇に『しゅん』と躍り出た。
走りながら女神は話し始める。
「私はあなたの世界の隣の異世界・〈妖精世界〉を管轄しています。ですが、邪神の支配を受けてサイコパス化した人類が我々の世界に定期的に侵略してきているので、辟易しているのです。あなたに力をあげたのは、あなたを見込んでのことです」
「やめてくれ。俺は今、すげえ頭が痛いんだ。邪神だの外神だの、設定がブレブレだし、サイコパス化した人類なんてのが、よくわからん」
「罪坂を撃破するところまで観ていました」
この迷宮が異世界と繋がっているというなら、女神が観ていたのもうなずける。
「観察とは悪趣味だな。罪坂だって吹き飛ばしたんだから、俺はもう怒っちゃいねえよ。人間ってのは、そんなもんだろ?」
「ええ。そんなもんっていえるあなたが、強くて素敵なのです」
「へぇ。ちょっとは意見は合うじゃないか。お前からは逃げるがな」
俺は迷宮を下っていく。
迷宮魔獣トーテムグリフォン発見。ブーストハンマーをひうんと翻す。
どぼぉ!と破壊。
ハチェットを振り回り、しゅばばっばばば、キンキンキンキン!
と、ケルベロス、ゴブリンなどの魔獣を切断しつつ、全力疾走で帰宅する!
女神ヴェーラはなおも幽霊のようについてくる。
「協力してくださいよ!」
あられもない姿で空中を飛翔している。
はだけた胸がエロかったが、今はそれどころではない。
ふよふよ、ぷるぷるぷると胸がゆれているようだが、それどころではない!
「俺に、何を、してほしいんだ! その邪神だが外神だかを倒して欲しいのか? ふざけんなよ。仮にそんな奴がいるとして、なんで俺が命をかけなきゃならない? そいつをぶち殺して世界がよくなるとか短絡でしかないだろ?」
「ええ、そうですよ。邪神なるものとは、周囲をも悪で囲っている。善への擬態さえしている。だから面倒なのです。罪坂のつかっていた〈ドーピング・ダシ・ブロス〉も邪神のマナから生まれたものなのですよ!」
「ぁあん? ダシがなんだって?」
「邪神は! ダシを! 撒き散らしています!」
「ダシを撒き散らしたからなんだっていうんだ?」
「邪神のダシを受け取ったものは、力とひきかえに精神に変調をきたすのですよ! すでに悪とダシは蔓延して……はぁ。速い!」
ダシとか邪神とか、ますます意味わかんねえ!
ダシなんてそこらにあんだろ?
邪神のダシってことか?
とにかく逃げる!
「俺の人生はどうなる? 命をかけてそんな奴を倒したって、どうにもなんねーだろ! だったら幸せになれるように、幸せになれることをしたいんだよ! よくわからん話を持ちかけないでほしいね!」
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!!
ヒウンヒウンヒウンヒウンヒウンヒウンヒウンヒウン!!
と、魔獣を切断しながら、俺は女神から逃げる。
「でも、あなたは無敵の人なんでしょう?」
迷宮第一階層。
現世と迷宮の狭間で、俺は立ち止まる。
「今は違う。守るものができた」
「そう、ですか」
女神ヴェーラは飛翔をやめて、地面にすぅと降り立つ。
こうしてみるとやはり、美女だが、あられもない格好の美女に飛んでこられるのは、恐怖しかないんだな。
ヴェーラは途端に真顔になる。
「わかりました。あげた力は、好きに使いなさい。もっとも私の力の本流に耐えられたのは、あなたが初めてでした。それだけで、十分、讃えたかったのです」
「俺が初めてで結構なことだ。勇者サマは別に見つけるんだな」
「ええ。ですが私の言ったことを覚えておいてください。上に登れば登るほど、どす黒い邪神とその眷属と対峙することになります」
「ほどほどでいい。俺はほどほどに稼いでカタギに戻るんだ。これなら、文句はないだろう?」
女神はほぅと息を吐いた。
「勇者候補への初恋は、振られちゃいましたね」
なんだ。ヤベー女かと思ったが、意外と話せるじゃないか。
「世界だ邪神だ、なんだのに関わるつもりはないがな。俺以外に、いい勇者サマがみつかることを祈るよ」
「……ありがとうございます。鬼神きゅん♡」
「その呼び方をやめろ! じゃあな!」
どうやら女神は、この迷宮からこちら側の現世へは来れないらしい。
ぶらぶらとさみしげに手を降っていたので、せめて俺は、軽く手を上げた。
わけのわからんヤツだったが、悪いやつじゃなさそうだしな。
部屋に戻ると、リコが迎えてくれた。
「鬼神さん。ダンジョン・アトラクションの日程が決まったよ!」
「収入源確保か!」
メルルはダンボールを家にして寛いでいる。
スマホでプラ○ムビデオをみていた。
そうだよ。
俺には、新しい生活が待ってるんだ。
使命とか、邪神とか、どうでもいい。
自分が小市民だってことは十分わかってるからな。
もう少し探索者家業でお金を稼いで、カタギの仕事に復帰する。
市役所の探索者家業とかいいかもな。
目指すのはリコとメルルとの平凡な幸せだけだ。
そこに向かって一直線なんだ。
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