第5話 ヘカトンケイル
100階層のボス、山羊鬼を前に、俺は全身と武装すべてにマナを充填。
マナが右手の金槌に収束、巨大なハンマーに変貌していく。
俺の右腕には、手首から肩にかけて装甲が形成。巨大な背部噴出孔のついた〈ブースト・ハンマー〉が生成された。
ブースト・ハンマーを右肩に担ぎつつ、さらに左手のハチェット(鉈)にもマナを注入。
巨大化したハチェットは巨大な怪鳥の片翼のような、歪な形の刃〈ホーク・ハチェット〉へと変貌する。
右腕とのバランスをとるために、左腕の片翼はあえて大きくしている。
巨大ハンマーと、怪鳥の片翼のようなハチェット。
非対称だが、バランスが取れている。
むしろこの非対称さが、俺の動きを特別なものにしてくれる。
「あの、助けてくれ、ありがと……」
「離れてろっていっただろ!」
輝竜リコらしき少女は背中で何か言っていた。このとき俺は「どうせ他人の空似だろ」と思っているので、ぞんざいな態度となっている。
俺が気づかない間に、コメントは荒れていた。
『誰こいつ?』
『リコちんディスるとかカスだわ』
『このおっさんは誰なんだよ』
『おっさん、何様なの?』
『つかリコドラチャンネルのカメラ切れたけど、正規騎士団はどうしたん?』
『ツヅッターから来ました。なんで知らないおっさんのチャンネルにリコちんが出てるの?』
『ヒント・位置情報検索』
『産業で』
『リコドラチャンネルのカメラが破壊される。リコ騎士団崩壊説。位置情報検索したら、知らないおっさんチャンネルがヒットした』
『なんでおっさんは未踏の迷宮100階層にいんの?』
『だからこのおっさんは誰なんだよ!』
山羊鬼が両手の斧を、振り乱す。
『ヌググン!』
イノシシや熊程度なら、瞬時にバラバラになる一撃だった。
だが俺は見切っている。
左腕の〈イーグル・ハチェット〉のみで、二本の斧を捌いた。
ひうんひうん、ひうん、ひうん、ひうんひうん!。
すべての攻撃は無効化している。
(まだ逃げてないか。時間稼ぎをしてやるか)
右腕のブーストハンマーを使わないのは、女の子を巻き込んではいけないためだった。被害がでないように、片腕のみで防御せざるを得なかった。
「逃げろっていっただろ!」
「こ、腰が抜けて。立てないんです!」
「知るか! 這ってあるけ! とにかく離れてろ」
「が、がんばります!」
俺は山羊鬼の斧を捌くので精一杯だ。
さすがは100階層迷宮の番人である。
『ヌグン、ヌググン!!』
山羊鬼の斧がひゅんひゅんと乱舞する。
さらに加速したようだが、問題ない。
左腕のイーグルハチェットは巨大な鉈だが、特殊な螺旋加工の形状によって、空気抵抗を無くすことができる。
イーグルハチェットとは、レイピア並みの取り回しができ、かつ巨大な鉈の威力を持つ、攻防一体の左だった。
ひうんひうんとハチェットを取り回し、二本の斧をいなしていく。
がぎっ、ぎが、ぎぎ、ぎが、ぎぎん、と刃がこすれる音が、円形ホールに反響する。
「おい。離れたか?!」
俺は背中で少女に問いかける。
「いい、入り口のとこまで、来ました!」
「まだだ。トンネルの影に入ってろ!」
このときリコは、配信中の俺のスマホに気づいたようだ。
スマホを拾い上げ、声をあてる。
俺は彼女の声には気づかない。
「輝竜リコでーす。皆、ごめんね! 華麗に迷宮踏破するつもりでしたが、パーティが全滅、吹き飛ばされてしまいました。でも知らないおじさんに助けられて、生きてます! どんなに逆境でも実況を続けるのが実況者なので、見届けたいと思います!」
リコはスマホを構えて、俺の戦闘を映しだす。
『リコちん来た』
『女神再臨』
『で、おっさんは誰なの?』
『騎士団ですか?』
リコはコメントを拾い上げる。
「あのイケおじさんは通りすがりの人です。現地の迷宮に詳しい『隠しキャラ』のような人……だと思います。私達はS級迷宮ボス山羊鬼討伐に失敗し、命の危機に見舞われました。A級探索者5人も一撃で吹き飛ばされてしまいましたが……。
いまはあの人にすべてを託し、その戦闘を見届けます! 皆さん応援、拡散、宜しくお願いします。どうか力をください!」
リコの言葉には力があった。
声優の声の力もあったのだろう。
コメントが一気に流れると同時に、ツヅッターや、イソスタで実況が拡散されてしまう。
『リコちんの召喚獣?』
『おっさん、召喚獣説浮上』
『おっさんがんばれ』
『リコちんの命を頼んだぞ!』
『お前だけが頼りだ!』
そして山羊鬼の斧の猛攻とそれを片腕で捌ききる俺に対して、迷宮戦闘に詳しい視聴者までもがコメントに加わった。
『おいおい。山羊鬼やばくね? S級は軽く超えてる』
『いやいやS級は超えてないでしょ』
『にわか乙。あの斧の連撃はタイマンだと無理』
『俺なら一撃だな。ただし死んでる方だが』
『おっさん強くね? 有名なS級?』
今度は迷宮探索者に詳しい視聴者が参入してくる。
『有名探索者、佐久間さんに似てる』
『いや佐久間さんはハンマーなんて無粋な武器はつかわないだろ』
『ハンマーとか死に武器じゃん』
『でもハチェットが噛み合ってるだろ』
『いやハチェットも死に武器だろ?』
『知ってる人いないの? 強すぎるんだけど?』
『SS級にもS級でもみたことない』
『A級?』『A級じゃ山羊鬼は無理』
詳しい解説が流れたところで、一般の配信者がファンになっていく。
『隠しキャラ来たコレ!』
『戦闘職人☆参上☆』
『謎のおっさん最強説』
『現地に潜む最強』
そんな状態になっているとは知らず、俺は横目で女の子(推定:輝竜リコ)の方を確認。
「離れたか……。よーし。絶対に洞窟から出るなよ!」
俺は右手に力を込める。
魔力を得て巨大化したブーストハンマー。
背中の螺旋型のブースターから圧縮空気と紫電が発生する。
加速する戦槌というだけではない。
ハンマーの表面に魔方陣を宿し、攻撃と同時に魔法の発動も可能となるのだ。
ハチェット一本で二本の斧を捌くと山羊鬼がのけぞった。
「オオオオ、ラア!」
隙を縫って加速するハンマーの一撃を、山羊鬼の腹へ直撃させる。
「多段魔方陣展開」
巨大な魔方陣は幾重にも展開され、俺と山羊鬼ごと包むこむ。
「身体加速魔方陣」
「身体強化魔方陣」
「電磁加速魔方陣」
「雷鳴魔方陣」
魔方陣が弾け俺自信を加速。
電磁力でさらにハンマーが加速。
雷魔法を付与することで、俺自身の全身をさらに雷鳴へと変える。
「
ブーストハンマーの先端に紫電が満ちる。
超高レベルの雷が、ハンマー先端に発生。雷鳴のエネルギーは俺の上空にまで吹き上がる。身長5メートルの山羊鬼を超越し、30メートルクラスの雷竜状のエネルギーとなった。
「
ブーストハンマーがふおんと払われる。
俺自身の肉体強化+ブーストハンマーの加速+魔方陣の加速+電磁領域の加速+ハンマー先端の超高温、さらに30メートルまで巨大からしたエネルギーの奔流のすべてが山羊鬼の全身を貫いた。
雷轟を浴び、ハンマーの一撃を受けた山羊鬼は、一撃で全身が塵となる。
炭化した全身が砕け散り、膨大な炭となって崩れ、散り散りになった。
遅れて磁気嵐がふきすさぶ。
ごおおおおおおおと、肌を刺すような磁場がホールに吹き荒れた。
「きゃああああ!!」
輝竜リコはホール入り口のトンネルの影で、どうにか磁場をやりすごしていた。
配信画面もまた、電波障害を起こしバリバリと乱れてしまう。
「全力破壊だ。うーし。無事だな」
俺はまず女の子の安否を確認した。
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