第6話 俺のクラス


 俺の探索者クラスは『「雷轟槌魔戦士(ヘカトンケイル・ウォーロック)』というよくわからないものだ。

 ヘカトンケイルとなった経緯は、この裏山の迷宮をひたすら探索していたことが関係していた。


 会社の面々と攻略していたのは39階層までだった。会社が潰れてからも、肉を得るべくソロプレイで深層に進んでいた。


 クラスチェンジをしたのは虹色のマナプールに出会ったときのことだ。

 マナプールというのはマナの源泉で、つまり湖を指すのだが……。


 たしか50階層でのことだ。

 虹色の光が溢れる小さな泉があったのだ。


 虹色の水なんて毒だろうと俺は警戒していた。

 だが神々しさに引き寄せられるように、俺は泉に近づいていった。


 飲むわけじゃない。

 研究するだけだ。


 そう思って泉に指先を触れるや、俺の肉体に異変が起きた。

 泉を通じて何者かが問いかけてきたのだ。



――『人の身でここまでこれたことを祝福しましょう。〈ヘカトンケイル〉へのクラスチェンジが可能です』――


「なんだ? あんたは……」

『必ず誰かがみているわけではありません。ですが、誰かがみていることも稀にあります。楽しかったですよ。あなたの無謀さは』


 泉の向こうには異世界に通じているだとか、神が見ているだとかを聞いたことがある。


 だが俺は、異世界も神も信じちゃいねえ。


「なんだよ。『誰かが見ていることも稀にある』って。格言をいうならもっと言い切れよ」

『稀にある、と言ったほうが真実味があるでしょう? この世に神はいませんし、誰かが見ていても助けてくれることもありませんし』


「ああ。そうだな。」

『だから、稀に、です。僅かな幸運の確立のために、我々は試行回数を稼ぎます。この試行回数を稼ぐことを、努力と呼ぶのですよ』


「あんたの言い分はすげえわかるよ。頭良さそうな喋り方以外は、同意してやってもいい」

『ふふ……。豪胆で何よりです。では……。成りますか? 成りませんか?』


 当然俺は『成る』を選んだ。


「貰えるものは何でも貰うぜ」


 かくして俺は〈果なる水晶の迷宮〉50階層で、〈ヘカントンケイル・ウォーロック〉のクラスとなった。


 それまで使っていた鉈と金槌を巨大化できる力に加え、魔力付与の力を得たのだ。

 武装強化と魔力付与の力を駆使し、残る50階層を駆け上がったのである。



「ふぅ」

 


 山羊鬼を撃破した俺は、磁気嵐の中で佇んでいた。通常の人間なら磁気嵐で細胞が損傷してしまうが、全身にはマジックシールドが展開されているので、なんともない。


 女の子の方を振り向くと、頭を抑えてうずくまっていた。


「ちゃんと離れていたようだな。まってろ」

「あの、ありがとう、ございます」


 女の子は感謝しつつも苦しそうだった。

 トールハンマーの余波が強すぎたのだろう。


「頭が痛むか? 雷槌は周囲にも影響がでるからな」


 俺は女の子のウェーブのかかった髪に、そっと手を当てる。


「な、何を……?」

「磁気を吸い取ってる。少し楽になっただろう」


「本当だ。頭痛が消えた?」

「まずは君のパーティを、帰還ワープで帰らせよう。死んではいないみたいだからな」


 俺は鞄から〈リタン水晶ジェム〉を出し、100階層の中央に置く。

 この〈リタン水晶〉を置くことでゲートが発生。入り口まで戻る〈帰還ワープ〉が可能となるのだ。


 周囲に倒れ伏す5人の騎士を一人づつ背負い帰還ワープゲートに押し込んだ。

 気絶したままだが、迷宮の入り口はモンスターもほとんどいないので大丈夫だろう。


 気絶した5人のうちのひとりをゲートに押し込むと女の子が「ぁ」と言いかけた。


 俺は彼女には構わずに、全員を入り口へ帰還させた。


「うーし。ちゃんと転送されたな」

「あの。何から何まで、すみません」


「気にするなよ」


 俺は始めて女の子の顔をマジマジみる。

 若くて、整った顔立ちだ。

 探索者パーティではレンジャー職業なのだろう。


 探索ローブにフード、武器は魔力を帯びた短剣。腰に下げたバッグにはサバイバル用の小物が入っている。

 

(気のせいか)


 やはり声優インフルエンサー輝竜リコに似ている気がするが、こんな迷宮に来ているわけがない。

 輝竜リコのクラスもレンジャー職だったが……。

 気のせいだろう、と思いたい。


「あの。私にできることは……」

「仲間の装備が落ちているから、拾ってきてくれ」


「は、はい。わかりました」

「それと……。ここに来る途中にも何人か帰還した跡があったが。あれもあんたらか?」


「はい……。87階層までにちらほら帰還ワープがあったので、とても助かりました」

「あれも俺が置いておいたものだ」

「何から何まで、ありがとうございます」


 ぺこぺこされるのは性に合わないが、感謝されて悪い気はしない。

 女の子が、仲間の装備を拾い集める。


「うーん。重いよぅ」


 女の子は破壊された剣や鎧を一箇所に集める。

 拾っているのを眺めていると、服の上からでもスタイルが良いのがわかった。


(アイドルでも通用しそうだな。っていうか、やっぱり……)


 俺の脳裏に『輝竜リコなのでは?』と疑念が浮かぶ。

 フードから覗く髪はピンクアッシュ。先日見た動画の輝竜リコと同じ色だ。


(ありがちな髪の色だが……)


 剣を拾いつつ近づいてみる。


「これもか?」

「あ、ありがとうございます」


 眼鏡の女の子がおじぎをする。


「仲間の剣を拾うなんて、律儀だな」

「仲間、だったのかな。私は逃げてきたから。せめて……」


 眼鏡の女の子は震えていた。何か事情がありそうだ。


「『せめて』なんだ?」

「武器くらいは返してあげようって。この深層に来て皆を危険にさらしたのは、私のせいだから」


「深層に来たのは配信のためか? ご苦労なことだな」

「配信してるとこ見てたの? あなたは戦闘中だったのに……。後ろに眼でもついてるの?」


「あいにく、視野は広くてね」

「……私のこと、馬鹿な奴って思ったんでしょ?」


「否定はしていない。むしろ根性があると思ったよ。それに自分を『逃げた』と卑下しているけど。最後まで配信するなんて立派じゃないか」

「いえ。私が逃げたのは、モンスターからじゃ、ないんです」


 訳ありのようなので、しばらく泳がせておく。

 俺は彼女の仲間の武器を拾い、帰還ゲートにぽいぽい投げ入れる。


「これで武器も全部だな」

「何から何まで、どうお礼をすればいいか」

「……さっきさ。何か言いかけただろ」


 俺は突いてみた。女の子は何かを言いかける。携帯をみて配信が切れていることを確認してから口を開いた。


「仲間の一人が、好きな人だったんです」

「そうか」


 若い女ならよくある話だ。


「でも過去形です。私が逃げてきたってのは、仲間だった騎士団……。彼らから、逃げてきたんです」

「へーえ」


 あまり興味がないので、適当に聞き流す。


「モンスターは怖くても対処はできます。でも人間の悪意は……」

「話が長くなるなら、歩きながらでいいか?」


 俺は自分の荷物を抱えて歩き出す。

 女の子は不思議そうな顔をした。


「待ってください。帰還ゲートは使わないんですか? リタン水晶も放置してるし」

「リタン水晶はもう積載オーバーだ。5人転送して武器まで送ったんだ。転送ゲートは潰れて当然だろう」


「歩いて帰れってことですか」

「そうだ」

「そんなぁ……」


 輝竜リコらしき女の子は絶望に顔を曇らせた。


「うーし。ちゃんと転送されたな」


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