奪い合い

 荒木警部たちは救助した釣り客を湖国に連れ帰った。そこで降ろして、また救助に戻ろうとしたところ。警護課の泊巡査部長に呼び止められた。


「荒木警部。これから先は我々、警護課がやります。大橋署長の許可は出ています。」

「だが危険だぞ。」

「わかっています。だがこれは我々の仕事です。任せてください。では救助に向かいます。」


 泊巡査部長は敬礼した。そして部下ともにモーターボートに向かっていった。

 泊巡査部長も海上保安官だった。定年前のベテランだが、その動きは若い者に負けない。荒木警部は岡本刑事を連れて捜査課に戻った。



 湖上では新たな戦いが始まっていた。サバイバルゲームの参加者も釣り客もあの恐ろしい水中ドローンの存在を知ったのだ。それに狙われない条件も・・・


「青い点で表示されるタブレットを持っていれば、殺されない。」


 彼らの間にその情報が回っていた。

 彼らの多くはその近くで人が殺された現場を実際見ていた。急に波が盛り上がって近づいてくると矢のような弾を心臓に撃ち込んでいた。それは逃れる術などないように見えた。助かるためには・・・


 船外機付きボートに乗った釣り客はゴムボートに乗ったサバイバルゲームの参加者を追うようになった。


「待て! タブレットをよこせ!」


 釣り客はそう叫びながら襲い掛かった。乗り移ったゴムボートの上で必死の奪い合いが始まる。必死に相手を叩きのめそうと殴り合い、やがて一方はその場に倒れる。


「これで俺は生き延びられる。」


 釣り客はタブレットをもって自分のボートに戻った。あわてて船外機のエンジンをふかしてその場を離れようとした。


「ま、待て・・・」


 ゲームの参加者は、ただ釣り客が去っていくのを見ていることしかできない。やがて彼のそばに大きな波が盛り上がった。彼は恐怖で目を大きく見開いて死を意識した。逃げようとしても体が動かない。波をじっと見つめるだけだ。やがて弾が発射され、彼の胸を貫いた。


「ぐっ!」


 彼は一瞬のうちに絶命してゴムボートの上にうつぶせに倒れた。


 一方、タブレットを奪った釣り客はそれで安穏ともしていられなかった。今度は彼が狙われる番となった。誰かが近づいてこないか、辺りを常に警戒した。すると霧の中から船外機のエンジン音が聞こえてきた。耳を澄ますと彼の方に近づいてくるようだ。


(誰か、俺のタブレットを奪いに来やがった!)


 釣り客はその場を離れた。だがまだエンジン音がしている。彼はまた場所を移動した。だがどこに行ってもエンジン音は聞こえるのである。


「誰だ! 俺のタブレットを奪おうっていう奴は! お前になんか、渡すものか!」


 彼は大声で喚いた。それでますます居場所を相手に教えるようなものだが、彼は冷静さを失って、もはや正常な判断はできない。ただ大声を上げることで狂いそうな心を静めていた。

 だがそれはやはり彼にとって悪いことしか起きなかった。


「お前が持っているのか?」

「こっちによこせ!」

「それは俺がもらう!」


 釣り客の周囲にボートが集まってきた。もはや逃げ場はない。彼は必死にタブレットを抱えて、誰にも渡すまいと身を固くした。集まった男たちは釣り客のボートに乗り移ってきた。


「痛い目に会いたくなかったら渡せ!」

「いやだ! いやだ!」

「それを渡すんだよ!」


 男の一人が何度もけりを入れた。だが彼は血まみれになりながらも放さなかった。男たちはさらに寄ってたかって袋叩きにした。それでも釣り客はまだ抱えたままだった。男の一人が無理にタブレットを奪い取ると自分のボートに戻った。そしてエンジンをふかして走り去った。


「待て!」


 男たちはまたタブレットを追う。こうして奪い合いが繰り返されるのだ。後に残された釣り客は血を流したまま動かなかった・・・。


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