湖上の狂気

 しばらく行くと、泊巡査部長たちは1艘のボートを発見した。霧でよく見えないが、ボート上に人影は見えない。


「こちら湖上警察。現在、湖は危険な状態にあります。こちらで保護します。」


 泊巡査部長がそう呼びかけたが返事はない。彼は異変を感じてそばに近づいた。すると釣り客と思われる男が倒れていた。泊巡査部長はすぐにそのボートに乗り移ってその男を見た。


「死んでいる!」


 その男にはあの怪物の弾が貫いてはいない。体中傷だらけで撲殺されたようだ。


「一体、誰が・・・」


 泊巡査部長は辺りを見渡した。四方は白い霧があるばかりである。横に乗る大島巡査はあまりのことに呆然としていた。2人はこの琵琶湖で今何が起こっているのかを知らなかったし、そんなことになっているとは想像もしていなかった。

 しばらくすると泊巡査部長たちの前にボートが1艘、姿を現した。それには釣り客と思われる若い男が乗っていた。


「湖上警察です。ここは危ない。警察船『湖国』であなたを保護します。」


 泊巡査部長がそう声をかけた。だがその若い男はそれに答えずに聞いてきた。


「あんたら、タブレットを持っているのか?」

「タブレット?」

「ああ、サバイバルゲームをしていた奴が持っていたタブレットだ。」

「ああ、それね・・・」


 大島巡査が話しそうになるのを泊巡査部長が口をはさんだ。


「そのタブレットがどうしたんだ?」

「それが欲しんだよ!」


 その男はモーターボートに乗り移った。そこにはあのタブレットが・・・。男は目ざとくそれを見つけたのだ。タブレットを奪おうとする男から大島巡査は必死に守っていた。


「やめろ!」


 泊巡査部長はモーターボートに戻った。そして男を引き離した。


「どうしたって言うんだ?」

「俺たちは殺されるのだろう。湖の中にいる怪物に。だがそのタブレットさえあれば助かるって聞いたんだ!」


 男はそう言った。


「それなら一緒に来たらいい。湖国なら安全だ。もう大丈夫だ」


 泊巡査部長はできるだけ刺激しないように穏やかに言った。だが男は首を横に振った。


「もう遅いんだよ。俺はタブレットのためにどんなことをしていたか・・・。ここにいる奴らはみんな、そうなんだよ・・・」


 男はそう言って自分のボートにまた戻った。追いかけようとすると霧の中からボートが現れた。それも数艘も・・・泊巡査部長が乗るモーターボートを取りか囲むように・・・。彼はボートの乗る男たちに狂気を感じていた。そしてその男たちの様子を目だけ動かして観察しながら大島巡査に声をかけた。


「大島!」

「はい!」


 大島巡査は泊巡査部長の意思を汲んで、モーターボートのハンドルとレバーに手を伸ばした。そしてすぐに発進させて、ボートの間を抜けて行った。男たちは追い掛けてくるが、モーターボートのスピードにはかなわない。早々にあきらめてまた霧の中に消えていった。


「泊さん。危ないところでした。」

「ああ、こうなっては我々だけで止めるのは無理だ。一旦、湖国に戻るぞ。」


 泊巡査部長は湖国に連絡を取ろうと無線機に手を伸ばした。するとふと上に何かの視線を感じた。


(なんだ?)


 泊巡査部長は空を目で追った。すると白い霧の中にはっきりとドローンの姿を見た。泊巡査部長は大島巡査に目で合図した。彼もちらっと空を見た。


「ドローンですね。」

「ああ、やはり監視されている。いや、もしかすると・・・」


 泊巡査部長は犯人が殺し合いの状況を見て楽しんでいるのではないかと・・・そう思うと背筋が寒くなる思いがした。

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