第3話 兄妹物が大好き系妹

「それで、なんで俺の部屋に来たんだ?」


「えっと、昼間のことがあったから、いちおう説明をしようと思ったんだけど」


「説明……ああ、あの発言の真相をってことか」


「うん」


夏美が言った『触らないでよ! お兄ちゃんに触られると、お股がぐちゅぐちゅになっちゃうから、触らないで!!!』という発言について、今夜説明してくれるつもりだったのか。


 両親が寝静まった今が最適だと思ったのだろうな。発言内容が発言内容だし。


 でも、ここまで遅くならないでもよかった気がしなこともない。


「あれ? 何回か俺の部屋行ったり来たりしたりした? 俺が寝てるときに」


「うん。寝てるお兄ちゃん見てたら、少しムラムラしちゃって……」


「今の間はなんだ、今の間は?」


 夏美は含みのある間を持たせて、こちらにちらりと視線を向けてきた。


 仄かに赤く染まった頬は一体何を考えて染まったのだろう。大丈夫だよな、一線は超えていないはずだ。


 何度も行き来したってことは、したとしても一人で……だめだ、これ以上考えるのはやめることにしよう。


「まあ、言いたいことは理解した。いや、したのかな? ていうか、なんで俺なんだ?」


「なんでって?」


「いや、夏美モテるだろ。なんで俺なのかなと」


 夏美は可愛いからモテるはずだ。多分、夏美に告白をされて断る人はいないだろう。そうなると、選び放題ということになる。


 なぜそんな選び放題の状況で、俺を選ぶのか。その理由が分からない。


 いや、この質問はまずかったか? もしかしなくても、回答次第では兄妹的にマズい気がする。


「だって、お兄ちゃんかっこいし、優しいし、私のこと一番に考えてくれそうだし、お兄ちゃんだし」


「いや、かっこいいとか言われたことないが。……ていうか、お兄ちゃんだしってなんだ?」


 なんか知らんが滅茶苦茶褒められたが、それ以上に最後の言葉に引っかかりを覚えた。興奮する理由に、兄だからという理由は必要なのだろうか。


「私兄妹物のえっちな創作好きなんだよね、エロゲとかエロマンガとか小説とか。自分を妹に置き換えて、世界に入り込めるし」


「自分をエロゲのヒロインと重ねる奴は初めて見たぞ」


「さっきも、お兄ちゃんに中に出されちゃったし」


「創作な! 創作の話な!」


 夏美は顔を赤く染めながら、くねくねと動いていた。お腹の方をさすりながら、そんな事を言わないで欲しい。おそらく、先程までその手の創作に触れていたのだろう。


 親が聞いてたら俺が親から勘当されている所だった。だから、そんなうっとりとした顔をするのはやめて欲しい。


「まぁ、趣味は人それぞれだからな。別にやめろとかは言わないよ」


「うん、性癖は人それぞれだもんね」


「オブラートに包んだつもりだぞ、俺は」


 デリカシーがないとか言われたから、結構頑張ったんだぞお兄ちゃんは。


 夏美はほんのり嬉しそうに頷くと、それから少し言いづらそうに言葉を続けた。


「えっと、できればお兄ちゃんにお願いがあるんだけど」


「この状況でお願いか。なんかすごいお願いだったりするのか?」


 この状況でのお願いって、正直エロい展開しか考えられない。上目遣いの目と熱い視線を向けられて、誰が他のお願いを想像できるだろうか。


 しかし、俺のそんな考えとは裏腹に、夏美は真面目なトーンで言葉を続けた。


「また、前みたいに普通にお話とかできる関係に戻りたいなって。今みたいに、普通に会話したりする関係に戻りたい。やっぱり、お兄ちゃんとお話しするのは楽しいなって」


「今の会話って普通なのか?」


 勝手にどキツイお願いが来ると思っていたから、結構な肩透かし感はある。でも、そのくらいのお願いだったら断る理由はないだろう。


 ただの仲の良かった兄妹に戻りたい。健全過ぎるお願いだ。


「それなら別に問題はないだろ。俺は夏美を避けたりしてないわけだし、夏美が話しかけてくれれば、昔みたいな関係に戻れるんじゃないか?」


 特に俺側が何かする必要もない。夏美が話しかけてくれれば、俺が無視をするようなことはないだろうし、普通に会話ができるはずだ。


 しかし、俺の返答に対して、夏美は小さく首を横に振った。


「何か問題があるのか?」


「……実は、今も結構お股がぐちゅぐちゅでして」


「え、あ、そうなのね」


 妹にそんな事を言われて、兄はどんな表情を浮かべてばいいのだろうな。俺はその正解が分からず、ただぎこちない表情をしていた。


 そんな俺の表情を見て不安に思ったのか、夏美は立ち上がってこちらに一歩近づいてきた。前のめりになりながら、熱っぽい視線を向けてくる。


「だから、前みたいにお話してても、抱きついたりしても、お股がぐちゅぐちゅにならないでいられるようになりたい! だから、そういうふうになれるように、協力して欲しいの!」


「協力って、どうやってやればーー」


 中二になっても俺に抱きつく気なのかとか、色々言いたいことはあった。俺が煮えたぎらない返答をしようとすると、夏美は少し顔を曇らせたように見えた。


 妹にそんな顔されてしまっては、兄としてそんな不安とか色んな感情を呑み込むほかない。


 せっかく兄妹関係を修復できそうな機会。この機会を逃したくないと思った。


「分かった、協力する。とりあえず、明日からな」


「ほ、本当?」


「ああ、ちゃんと昔みたいに仲の良い兄妹に戻れるように、協力するよ」


「うん、うん! ありがとうお兄ちゃん!!」


 夏美は嬉しそうに何度も頷くと、安心したように頬を緩めた。その姿は、以前のつんけんした妹の姿は見られなかった。


 いや、もしかしたら、以前からつんけんはしていなかったのかもしれないな。極度の警戒心が夏美をそう見せていたのかもしれない。


 夏美は俺の返答を受けて満足げに部屋の扉の方へと向かって小走りで向かうと、笑顔でこちらに振り返った。


「おやすみなさい!」


「ああ、おやすみ」


 こうして、俺達は久しぶりにおやすみ』を言ったのだった。


「さてと、」


 俺を見るとムラムラしてお股を濡らしてしまう妹。そんな妹が普通に俺と話せるようになるにはどうすればいいか。


 協力をするとは言ったが、まるで分からんな。


「とりあえず、雑巾持ってくるか」


 俺は夏美が座っていた場所を確認して、直近でやるべきことを決めたのだった。


「……頼むぞ、自制心」


完全に直立している思春期に対して、そのお願いはさすがに酷すぎるか。


 俺の自制心が言うことを聞かなくなるのが先か、夏美の思春期が収まるのが先か。その両方が暴れだすことだけは避けたいものである。


 可愛い妹が俺を性的に見ていると告白されて、あそこを濡らしていて。そんな状況で何も感じないほど、俺は男として枯れてはいないようだった。


 布団をかぶっていてよかったと、この時は深くそう思った。


 ……俺が寝るのはまだ少し先になりそうだった。

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