第4話 兄の匂い大好き系妹

「……最低」


「な、夏美?」


 俺はどういう訳か夏美から蔑まれるような目で見られていていた。


 夏美は俺の部屋に椅子に座って、脚を組んでこちらを睨んでいる。床に座るように言われた俺は、どうしてこんな目を向けられているのか分からないでいた。


 夏美は中学の制服を着たままである。なので、脚を組まれるとどうしても視線がその奥を気にしてしまう。


「お兄ちゃん、なんで私が怒ってるか分かる?」


「いや、ごめん。見当がつかない」


 夏美はいつものツンとしたような態度で、ため息をついた。それから、こちらに睨むような視線を向けてきた。


「絶対に、引かないって約束したよね?」


「ひ、引かない?」


「だから、私がお兄ちゃんといるだけでお股がぐちゅぐちゅになっちゃうってこと! 引かないって約束したよね!」


「え、いるだけでなっちゃうの?」


「なっちゃうの! だから困ってるんでしょ!」


 何で分からないかなとでも言いたげな表情をされても、そんなことを分かるわけがない。


 そして、夏美が怒っていることにそれが関連するということがもっと分からない。


「……まだ出してないでしょ」


「出してないっていうのは?」


「だから、今日体育あったのに、まだ洗濯物出してないでしょって言ってるの!」


「え、うん。え、ごめん、それと夏美が怒ってることの関連が見られないんだけど」


「あ、なんだ。わざとじゃないんだ。それならいいんだ、早く出して」


 俺はわけが分からないまま鞄から今日使った体育着を出して、夏美に渡そうとしたとこで踏みとどまった。


 なんか夏美が生唾を呑み込んだような気がしたからだ。


「え? これを夏美に渡すのか?」


 ぴたりと渡す直前に俺が硬直したのを見て、夏美は顔色を一変させた。顔を俯かせて、プルプルと小さく震えている。


「……やっぱりそうだったんだ」


「な、何がだ?」


「私に体操着の匂い嗅がれるのが嫌だから、洗濯する直前に洗濯機に入れるつもりだったんだ! 最低!!」


「まてまて、色々と理論がぶっ飛んでて訳分からんぞ」


 今、匂いを嗅がれるのが嫌だからとか言ったか? え? 俺が体育着渡したら匂い嗅ぐ気だったの? な、なんで?


もしかして、この妹、俺の体育着の匂いを毎回嗅いでたのか?


 いや、なんで涙目になってんだよ、訳分かんねーよ。


 もう体育着を渡してしまおうか? 別に実害があるわけでもないしな。


 しかし、そう思った所で俺は以前の約束を思い出した。


 ここで体育着を渡してしまうのは簡単だ。でも、俺は夏美に約束したのだ。


 夏美がお股をぐちゅぐちゅにしないで俺と会話できるようになるために、協力をすると。普通に会話をすることができる関係になるために協力すると。


 それならば、ここで簡単に体育着を渡すわけにはいかない。そうは言っても、ただ渡さないだけでは意味がないだろう。なんか泣き出しそうだし。


「……分かった、渡してやってもいい。ただし条件がある。夏美の体育着も持ってくるんだ」


「え? 私の?」


 夏美はきょとんと首を傾げた。なぜここで自分の体操着の話題が出てくるのか分からないといった様子。


 ただダメだというだけじゃ意味がない。してはならないことだということを、自分で理解して自制させることが重要なのだ。


 自分ができないような恥ずかしいことを人にしてはならない。そういうことを教えてやるのが、兄だろう。


 ほら見てみろ、夏美だって恥ずかしそうに顔を赤らめているじゃないか。効果はバツグンみたいだな。


「そうだ。できないだろ? いいか、脱いだ後の服の匂いを嗅がれるってことは恥ずかしいことでーー」


「わ、分かった。ちょっと待ってて」


「え?」


 夏美は俺が言い終わるよりも早く俺の部屋を出た。そして、出たと思ったらすぐに俺の部屋に入ってきた。


「はい。今日使った体育着。あと靴下も付けるから、お兄ちゃんも靴下脱いで」


「え、お、おう」


 俺は夏美に言われるままに靴下を脱がされて、体操着と共に渡していた。そして、俺の手には夏美が使用した体育着と靴下が畳まれて置かれていた。制服用の靴下と、体育用の靴下の二足セット付きでだ。


 なんか脱ぎたてのせいかホカホカしてる気がする。


「えっとね、使ってもらってもいいんだけど。もしも汚しちゃったら、私の所に持ってきてね。へ、変なことはしないよ! でも、ほら、洗濯機持ってく前に洗わないとだし、ね」


 夏美は早口でそんなことを言うと、勝手に照れて顔を赤くしたりしていた。そして、熱っぽい視線をこちらに向けたり、恥ずかし気に逸らしたりしている。


「えへへ、恥ずかしいって気持ちも利用して興奮しろだなんて、お兄ちゃんも鬼畜だね。やばい、びちゃびちゃになっちゃう」


 そう言うと、夏美はお股の辺りを気にしたようにしていた。


「ありがとう! じゃあね、お兄ちゃん!」


 夏美は俺に笑顔と体操着一式と靴下を残して、部屋から去っていった。上機嫌な足取りはそのまま夏美の部屋に向かって響いていった。


「いや、違うだろ!」


 一人部屋に残された俺は、あまりにも遅すぎるツッコミの言葉を叫ぶのだった。


俺は体育着の奪還に向かおうとしたのだが、夏美が座った椅子が目に入ってしまった。


どうやら、体育着を取り戻すより先にタオルを持ってくる必要あるみたいだ。


結果として、俺の体育着は洗濯されるまで俺の手元には戻ってこなかった。


え? 夏美の体育着と靴下はどうしたかって?


……洗濯機には持っていったとだけ。


 顔の良い妹を持つと、お兄ちゃんは大変なのである。そんな言葉で締めくくらせてくれ。


 いや、本当に。

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