第2話 兄に発情しちゃう系妹

「うぅん」


 深夜、俺は寝苦しくなってベッドから起き上がった。別に気温が熱かったり寒かったりした訳ではない。


 色々と考えることが多くて、寝つきが悪かったのだ。


 夏美のあの言葉。それが俺の頭から離れないでいた。


『触らないでよ! お兄ちゃんに触られると、お股がぐちゅぐちゅになっちゃうから、触らないで!!!』


 聞き間違いではないんだよな、多分。


 あの発言を受けて、俺は夏美を追おうとしたのだが、夏美は階段を下ってそのまま外に出て行ってしまったらしい。夕食時に帰っては来たのだが、とても家族団らんの場でその話を出すわけにはいかない。


 会話の内容もそうだが、これが聞き間違いであったときが恐ろしい。そんな聞き間違いをするほど、妹相手に欲情していたのかと勘違いされてしまう。


 あれだけ妹の容姿が良いとなると、兄が発情しても何も可笑しくなんだよな。


 いや、可笑しんだけどね。それだけ、容姿が優れてるってことで。


 そんなことがあった日に当然寝付けるはずがなく、俺は数分おきに意識が覚醒してしまっていた。


 なんか部屋のドアを開けるような音が聞こえる気がして、寝付けないのだ。数分おきに開けたり閉めたりするような音が聞こえてくる。


 こんな夜にそんなことあるわけないのにな。


 ぎぃ……。


 そう、ちょうどこんな感じの扉がゆっくり開けられる音みたいなーー。


 いや、本当に扉が開けられているのか。


 俺は自室の扉の方に目を向けた。確かに、俺の部屋の扉が開けられている。


 こんな夜中に? 一体誰が?


 俺の部屋に深夜にやってくる人物。そんな人がいるなんて見当もつかない。だからだろう。俺はそれを幽霊か何かの類だと思った。


 暗くて良く見ないそれは俺の近くまで来ると、俺を見下ろしていた。暗闇のせいで俺が起きていることに気がついていないのだろう。


 ……なんか息が荒くないか?


 何はともあれ、俺の側に立つものが何なのか分からないと気持ちが悪い。


 俺は勇気を出して、その隣にいるものに手を伸ばした。そして、腕のような物を掴むことに成功した。


「~~っ!」


 俺が突然が動いたことに驚いたのだろう。びくんと体を大きく動かしたが、俺はその動きに負けないように自分の体の方に腕を引き寄せた。


 ベッドに倒れ込むような軋む音。バランスを崩して、俺の方に倒れてきたのだろう。


 俺は枕元に合った照明のリモコンを使って、自室の照明をつけた。


 暗闇からの突然のフラッシュのような明かりを受けて、目を細めてしまった。そして、目が慣れたときに目の前にいたのは、寝間着姿の夏美だった。


「え、夏美?」


「お、お兄ちゃん! ~~っ!」


 夏美は俺と目が合うと、顔を一気に赤くした。いや、目が合う前からほんのりと赤みはあったのか。


 それから夏美は俺の手から逃れようと、腕に力を入れて振りほどこうとした。俺が寝起きだということなどお構いないしに、力任せで振りほどこうとしてくる。


「ちょっ、暴れなんな!」


「は、離して! 本当にダメなの!!」


 何がダメなのか分からない。必死に抵抗をしているが、ここで夏美を離してしまったら、昼間のことについて確認をする機会を逃す気がした。


 俺は掴んだ夏美の腕を引き寄せた。


「なぁ、昼間に俺に言ったことについてなんだけどーー夏美?」


「うぅ、ぐすっ」


「ど、どうしたんだよ?」


 夏美は俯いて鼻を啜っていた。腕を握る力が強すぎたのかと思い、ぱっと夏美から手を離したが、夏美はその場に立ち尽くして鼻を啜っていた。


 しばらく、その場に立ち尽くしていると、股の辺りの食い込みが気になったのかズボンを引っ張って直していた。


「……お兄ちゃんが腕離してくれないから、またお股がぐちゅぐちゅになっちゃた」


 そこまで言うと、夏美はその場にぺたんと座り込んでしまった。


 力なく倒れるように、女の子座りでベッドの横に座っている。


 どうやら、昼間聞いた言葉は聞き間違いではなかったようだった。そうなると、当然聞かなければならないことが出てくる。


「えっと、なんで俺が触ると、その、ぐちゅぐちゅになっちゃうんだ?」


「お、お兄ちゃんデリカシーなさすぎ!」


 夏美はそう言うと、一層顔の色を赤くした。涙目で上目遣い。そんな状態で睨まれると、俺が何か悪いことをしたみたいに思えてしまう。


 ていうか、兄の部屋でお股をぐちゅぐちゅにしてる妹はデリカシーに欠けているとは思わんのか。


「絶対に引かない?」


「ああ。多分、引かない。いや、きっと。えーと、可能な限り?」


「絶対、引かないで! 約束して!」


「いや、約束できるわけ……あー、分かった、約束するから」


 この後に言う言葉は絶対に俺を引かせるものだと確信が持てた。だって、夏美がこれだけ保険をかけるのだもの。これで肩透かしなわけがない。


 それでも、俺が約束する以外の返事をすることができるはずがなく、夏美に押される形で強引に口約束をされてしまった。


 夏美は俺の視線を受けると、恥ずかしそうに顔を背けながら言葉を続けた。


「その、お兄ちゃんのこと、せ、性的に見てるから、その触られると濡れちゃうの」


「え、性的? 濡れる?」


「だから、お兄ちゃんに触られると、発情ちゃうの!」


「発情? え、俺を見て?」


 まてまてまて、何がどうしてこうなった? 


 そもそも、俺は夏美に好かれていないはずだろ。なんでそれなのに、俺が夏美に性的に見られてんだ?


 ていうか、それ以上に俺達兄妹のはずなんだが。


「ちょっと待ってくれ、夏美って俺のこと嫌いなんじゃないのか?」


「え? まって、そんなこと言った覚えない!」


「いや、だって『近づかないで』『話しかけてこないで』『匂いさせないで』とか良く言ってくるだろ?」


「それは、近づかれるとムラムラしちゃうし、話しかけられるともっと声聞きたくなるし、匂い嗅いじゃうとくらくらしちゃうからじゃん!」


「いや、じゃんって言われても」


 えーと、つまり夏美は俺のことを異性として意識していて、それを意識しない距離を取るようにしたかったということか?

 

 異性として意識というか、それ以上に意識していたことになるのか。


「勘違いしないでよ!」


 ぶいっと膨れてしまった夏美は完全にツンデレ妹のような態度のそれだった。でも、中身がデレデレを超えるような妹になっているんだよなぁ。


 なぜこのタイミングで怒ることができるんだ、この妹は。


 そんな兄に発情しちゃう系妹は、なんで深夜に俺の部屋にやって来たのか。その真相を聞くまでは寝ることができないだろうと思った。


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