【変態の町】

「ぶひひ、可愛いコ発見!」


 不審者に遭遇。


「誰か助けて!」


 すると、

「大丈夫か?」

 パンツを被った別の男が。


「きゃー、変態!」

「僕は悪い変態じゃないぞ」

「でも変態!」

「パンツ履くくらい良くないか?」

「頭には履かん!」


「ぶひゅ? 君はパンツ履いてるの?」

「い、いやあああ!!」


 不審者(その1)は、履いていないことを見せつけようというのか、ズボンを脱ぎ始めた。


 ドゴオ!


 局部が露出されようとしたその時、轟音と共に不審者(その1)を吹き飛ばした拳。

 それは、不審者(その2)――便宜上、おぱんつマンと呼ぶ――の右ストレートだった。


「安心してくれ。僕が君を守ろう」


 言うとおぱんつマンは、私に向かって親指を立てる。


「あ、ありがとうございます」


 見た目はヤバいけど、悪い人ではないらしい。


「君も、とりあえずパンツを履きなさい!」

「ぶ、ぶひゅひゅひゅううう!? やめろ、僕にパンツを履かせるなあああ!」


 おぱんつマンが不審者(その1)に、ふところから取り出したパンツを履かせると、不審者(その1)は気絶した。

 何なんだそのパンツ……。


「よし、これで急場はしのいだな」


 気絶した不審者を道路わきに寝かすと、おぱんつマンは「うんしょ」と立ち上がる。


「それにしても、こんな夜中に一人で出歩くのは危ないぞ? 女子高生が制服を着てうろついていいような場所じゃない」


 その姿からは想像できない程のまっとうな注意を受けた。

 彼の姿は、頭にパンツを被っている以外は、スーツ姿の普通の男性だ。


「ごめんなさい。でも私、この場所でこの時間に歩いているのは理由があるんです」

「理由?」


「私、自分探ししていて。この町の夜に出歩いていると、本当の自分に出会えるって聞いたんです」


 真面目に話すのも億劫になるような、都市伝説である。


「なるほど。しかしこの町の夜がどんな危険があるのかは、承知の上なんだよね?」


 この町は変態の町。

 夜になるとありとあらゆる変態がうろつきだす、異様な町。

 この町の夜には、変態しかいない。


「はい」


 それでも私は、本当の自分とやらに出会ってみたかった。

 何か、今の人生を変えるような、きっかけとして。


「うん、いい返事だね。その覚悟があるなら、いいだろう」


 私の返事を聞いたおぱんつマンは、私に向きなおる。


「僕が本当の君探しを手伝ってあげよう」

「……ありがとうございます」


 正直、パンツを被った変態と一緒に歩くのは気が引けたけど、背に腹は代えられない。

 安全性を考えて、この人と行動を共にすることにした。 


***


「君、これを持っておきなさい」


 おぱんつマンから手渡されたのは、スタンガンだった。


「実物、初めて見ました」

「守り切れない可能性もあるからね。いざとなったらそいつで戦うんだ」


 さっきのように、中には突然襲ってくる凶暴な変態もいるという。


「そこの人……私と一緒に……死の?」

「おっと。言ったそばから現れたようだな」


 いつからそこにいたのか、突然目の前に、ホラー映画に出てくる幽霊のような外見の女が現れた。

 その手には小さなナイフが握られている。


「なんですか、この人」

「彼女はどうやら、ヤンデレ系の変態らしいな」


 確かに言動や雰囲気が、いわゆる「ヤンデレ」っぽい。


「ねえ……私とも……おしゃべり……しよ!」


 言うが早いか、ヤンデレ女はナイフを構えて突進してきた。

 彼女の突進を、おぱんつマンが両手で受け止めて制す。


「君、今だ!」

「はい!」


 彼の合図でヤンデレ女の背後に回り、スタンガンのスイッチを入れる。

 ばちちちちち、と電流が走り、ヤンデレ女は気絶した。


「なかなかいい動きをするねえ!」

「ありがとうございます。って、大丈夫ですか!?」


 スタンガンの電流が彼にも伝わってしまっていた。


「大丈夫。このパンツは、スタンガンの電流くらいは無効化するよ」

「そ、そうなんですね」


 ホント、一体どういうパンツなんだ。

 パンツ被ってない所もそれで防護できるのか?

 ……私も被ろうかな。


***


 ヤンデレ女を片付け、更に町を歩く。


「当ても無く歩いていると、本当の自分に出会えるってウワサだったんですけど」


 なかなかそれらしきものは見つからない。


「見つけようとするから、見つからないんじゃないか?」

「なんか、それっぽいこと言いますね」


 とは言え、なんとなく焦りがある。

 個人的な事情から、早く本当の自分を見つけたいと考えているから。


「実は私、学校では陰キャラで。教室とかに居るのが、正直苦痛なんです」

「ふーん、意外だね」

「本当は、パリピみたいにハイテンションになる時だってあるんですよ? でも、皆の前でそれが出せないって言うか……」

「へえ。……だとしたら、目の前にいる彼が、本当の君だったりしてな」


 言われて前方に目を凝らすと。


「YOー、YOー、ちょっと陽気なお兄さん!」


 私たちの前にはいつの間にか、ラップをかましてくるおじいさんが立っていた。

 薄いジャンパーに、ボロボロの帽子。

 小柄で細身な外見は、ホームレスを彷彿とさせる。


「いつの間に!?」

「こいつはダンシングじじいだ」


 おぱんつマンの表情に焦燥が滲む。


「知り合いですか?」

「コイツは、強敵なんだ」


 緊張から汗をかいているのか、頭に被るパンツにシミができている。


「俺とラップで語ろうYO!」

「う、うわ!?」


 そう言ってダンシングじじいは、指をチェケラッチョの形にして突き出し、攻撃してきた。


「貴様の相手は俺だYO!」


 変な語尾でセリフを吐きながら、颯爽と私の前に躍り出たおぱんつマン。

 相手の土俵、ラップ勝負で戦おうというのか。


「YOー、お前はいつものおぱんつマン。性器を隠して正義を気取る、変態町の偽善野郎!」


 ダンシングじじいが謎のラップ攻撃を繰り出してくる。

 対して、おぱんつマンもラップを繰り出す。


「性器を隠す、それ常識。そこにあるだろ、見ろ標識。お前に言ってんだYO、『止まれ』」


「踏めてない、韻を。入ってる? 淫語。大した性癖、持ち合わせてない。お前のアソコ、もしかしてインポ?」


「ラップは自由、この町も自由。踏まなきゃいけない韻は無い。縛られたお前こそ不利。僕はそう、この町で一番のfree!」


「な、なんだと!?」


 おぱんつマンのラップ返しに、ダンシングじじいが一瞬たじろいだ。


「ごめんなさい!」


 その隙を見て、私はダンシングじじいの背後に回り込み、スイッチを入れたスタンガンを押しあてた。

 ばちちちち、と電流が流れる。


「YO~ッ!?」


 謎の断末魔を上げながらダンシングじじいは倒れた。


「さすがだな。もしかして、僕がいなくても大丈夫だったり?」

「そんなことありませんよ」


 おぱんつマンに褒められまんざらでもない私。


 さっきヤンデレ女にスタンガンを流したときも、気持ち良かったな。

 こうやって敵を倒すのもスカッとする。

 ぞくぞくとする快感に、身震いを覚える程に。


「……大丈夫か?」

「っ、はい、大丈夫です」


 彼の声で我に返る。


「さて、次行きましょう」


 何だろう。自分の中で何か得体の知れないものがうごめいている。

 もやっとした感覚のまま、私は再び歩き始めた。


***


 更に闇深まる町の中を歩いていく。


「見つからないですね、本当の私」

「まあ、いいんじゃないか? 本当の自分なんてゆっくりと見つけていけば」

「そうなんですかね」


 おぱんつマンはそう言うけれど、私はそれじゃあいけない気がした。


「早く本当の自分を見つけないと、本当の自分で居られる時間って少なくなっちゃうじゃないですか」


「ああ、確かにそれはそうかもな」


 瞳に穏やかな笑みを浮かべているが、その口元はパンツに隠されて見えない。


「まあ、僕も本当の自分でありたくて、この町の夜にいる」

「どういうことですか?」

「木を隠すなら森の中、変態を隠すなら変態の中、って言うでしょ?」

「気持ち悪いことわざですね」


 つまるところ、変態しかいないこの町の夜なら、頭部にパンツを被っていても受け入れられるということだろう。


「本当の自分なんて、大概は気持ちの悪いものかもしれないよ」


 やすやすと受け入れがたい言葉だが、そうかもしれない、と思う私がいる。


「おやおや、変態野郎がいたいけな女子高生に人生指南か?」


 私とおぱんつマンの会話は、男の低くて太い声に中断された。


「っ、お前はタンクトップマン!」


 闇の中から姿を現わしたのは、黒いタンクトップにジーパンを履き、サングラスをかけた男。

 筋骨隆々の肉体は、多分2メートルをゆうに超えている。ラスボス感がヤバい。


「女の子がこんな夜中に歩いているってことは……ヤッちゃっていいのかなあ?」

「ひっ」


 タンクトップマンは舌なめずりをし、「にちゃあ」とした気色の悪い笑みを浮かべた。

 サングラスの奥からでも分かるほど、粘着質な視線が私の身体を這いずり回る。


「やめろ、この子に手を出すな」

「ちっ、お前はいつも邪魔なんだよ」


 おぱんつマンが私をかばうようにして、タンクトップマンの前に立ちはだかる。


「あ、あんなところに綺麗なパンツが飛んでる!」

「え、どこ?」


 タンクトップマンはおぱんつマンのはるか後方の空を指さした。

 おぱんつマンはその方角に頭を向ける。


「隙あり!」

「がはっ!」


 すかさず、タンクトップマンの強烈な蹴りが、おぱんつマンのみぞおちに入る。倒れ込み、苦しみ悶えるおぱんつマン。


「こんな分かりやすい作戦に引っ掛かるとはな」

 

 タンクトップマンは馬乗りになると、おぱんつマンの頭部に何発もの拳を入れる。

 何度も、何度も、鈍い音がした。


「お、おぱんつマン!」

「へへ。待ってなお嬢ちゃん。コイツをやってから存分に楽しもう!」


 怖い。

 でも、痛々しい姿のおぱんつマンを見ていると、私の中のナニカはどんどん膨れ上がっていく。


「お前の弱点はこれだな」


 ほとんど動かなくなったおぱんつマンの頭部から、タンクトップマンはパンツを剥ぎとった。


「おや、男のくせに意外と綺麗な顔してるんだな。この町を歩かせるにはもったいねえ」


 そのまま私の方にパンツを放り投げると、おぱんつマンの顔をぺろぺろと舐めた。


「おぱんつマンっ……!」


 その光景を見た私の中のナニカは、もう、どうやら抑えきれないようだった。


「……おぱんつマン、私に勇気を」


 彼から力を借りるようにして、私は目の前に放り投げられたパンツを頭に被る。

 その瞬間、今までに無い感覚が私の体中を走った。


 ――衝動に身をゆだねろ。


 そうだ、私は、ヒーローみたいになりたかった。

 悪党をこらしめる、立派なヒーローに。

 学校でいじめられるたび、どんどん、その願望が大きくなっていった。


 ――悪いヤツらを蹴散らしたい。


 あいつらになら、いくらでも暴力を振るって良い。

 悪いヤツは、弱い人を傷つける。

 そんな奴らには、正義の制裁を下す他ない。


 ――壊したい壊したい壊したい。


 悪党の存在は免罪符だ。

 暴力を合法にする奇跡だ。

 そしてこの町に、この夜に、こんな立派な悪党が目の前にいる今、私が欲求を我慢する理由は一つも無い。


「あはっ! あはははは、あはっ」


 なんだ、この気持ちいい感覚は。

 悪しき者への怒りが。

 それを蹂躙したいという、強い欲求が。


「止まらないヨォーッ!」


 アスファルトの地面を勢いよく蹴りだし、私はタンクトップマンの元へ駆け、一気に距離を詰める。


「何だお嬢ちゃん、まだコイツとの楽しみが終わっ――」


 何かを言いかけていたヤツの左頬に、飛び膝蹴りをぶち込んだ。

 2メートル超えの巨体が派手に倒れる。


「おぱんつマンから離れろや、この外道が」

「い、痛てえ」


 痛そうに頬をさする悪党を見下す。


「アンタならいくらいたぶっても、誰も文句は言わねえよなあ?」


 ああ、気持ちいい。こんな悪いヤツなら、いくらでも見下したっていい。

 軽蔑するような酷い視線を向けたって構わない。

 私の欲望のはけ口のためだけにこいつらが存在するんだ。


「このクソアマがッ」


 悪党はその巨体を起き上がらせると同時に突進してくる。

 身体で受けると、衝撃に身を任せた私の身体はロケットみたいに後ろに吹っ飛んだ。


「大した事ねえな、お嬢ちゃん」


 吹っ飛んだ私の身体は、近くの家の外壁を突き破る。

 がらがらとがれきが崩れ落ち、周囲に土煙が舞う。

 土煙はあたり一帯を包み込んだ。


「出て来いよクソアマ。続きをしようぜ?」


 私はその挑発に乗る。


「ああ、楽しませてもらおう」

「なにッ」


 ヤツの目を盗み、私は背後に回り込んでいた。

 手にしていたスタンガンを起動。ばちちちちと気持ちいい音が鳴る。

 そのままデカ男のケツの穴にツッコんだ。


「ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッ!!」


 絶叫と同時に、巨体がそのままアスファルトの上に倒れる。


「あっははははははははははは!」


 あまりの快感に笑いが止まらない。

 更に悪党をこらしめるべく、私は地に伏せた敵の首元に脚をかける。


「ホラ、お前の大好きな女子高生の生足だぞ?」

「ぐっ、ぐるじ……がっ、は……」


 両足で首を挟み、腕を掴んで身動きを封じる。


「が……は」

 

 男の威勢は徐々に無くなっていく。


「……」


 しばらくすると、意識を失ったらしく、何も言わなくなった。


「オイ、楽しむんじゃなかったのか? おい」


 ぺしぺしと頬を叩くも反応はない。

 それからしばらくは、私はそのままの体勢を崩さなかった。

 なんだか、もう自分が自分ではないような感覚だった。




「君……ヒーローが、人を殺しちゃいけないよ……」


 とくん。


 不意にかけられた声で我に返る。


「……え、誰ですか?」

「おぱんつマンだよ」

「えっ」


 こんなイケメンの人、知り合いに居たっけ? と思ったが、パンツ(もちろん、頭部に被っていた方)を脱いだおぱんつマンだった。

 この人、こんなにかっこいい顔してたんだ。


「なんでそんなにボロボロなんですか?」

「覚えていないのかい?」


 確か、夜道を歩いていて、なんか、怖い敵に遭遇して……。

 突然、それまで自分が何をしていたのか、忘れてしまった。

 今身体に残っているのは、すごく激しく運動した後のような倦怠感と、何とも言えない快感だけ。


「あれ、私、何して……っと、ええ!?」


 足元を見ると、意識を失った大男が倒れていた。


「君がやったんだよ」

「私が?」


 にわかには信じられなかった。

 しかし、この身体に残る違和感は、この大男と戦ったことによるものだと言われれば、なんとなく説明がつく。


「君は、本当の自分に出会えたんだよ」


 徐々に徐々に、戦闘中の記憶が蘇ってくる。


「……うそ、私が……こんなこと」


 自分で自分が怖くなり、頭を抑える。

 こんなのが、本当の私?


「大丈夫」


 ぽん、っと手の平の優しい温もりを頭上に感じる。


「誰だって醜い自分の本性を持っている。君が特別悪いわけじゃないんだよ」


 優しい言葉と共に、なでなでと頭をさすられ、涙が出そうになった。


「こんな私でも、あなたは怖いって思わないでいてくれるんですか?」

「ふふふ。少し、怖いかもね」


 その言葉にちょっとだけ心がズキンとした。


「でもね、それが君の魅力かもよ? 普段は見えない意外な本性が、その人を引き立てる魅力になることだってあるんだ」


「おぱんつマン……」


 感極まって、私は彼に抱き付いた。


「よしよし。それにしても、君のパンツマスク姿も似合っていたよ」

「え?」


 言われて気付いたが、いつの間にか彼の被っていたパンツを、私が被っていた。

 そう言えば、このパンツに力を貰った気がしたのだ。


「あんまり嬉しくない褒め言葉ですね」


 すかさず自分の頭から剥ぐように脱いで、持ち主に突き返す。


「ふふふ。やっぱり、君は素顔の方が可愛いな」


 パンツを受け取りながら言われた一言で、私は不覚にもキュンとしてしまった。


「……不意打ち、ずるいです」

「いや~、散々不意打ちで敵を倒しておいてそれ言うかな?」


 受け取ったパンツをよいしょよいしょと被りながら、おぱんつマンは言う。


「まあ、でも履き心地良かったでしょ? 僕のパンツ」

「私のキュン、返してもらっていいですか?」


 なんだよ履き心地って。履いてねえよ。彼Tならぬ彼パンツかよ。っていうかカップルじゃねえわ。そしてさすがにカップルになっても下着は共有しないわ。っていうか、履いてねえわ。被ったことを履いたって言うな。


 高速思考した後、すかさずパンツ好きな変態から離れる。


「まあ、そんなわけで」


 おぱんつマンはパンツを被った顔で、ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべる。


「僕のパンツを履いたってことで、君のパンツも履かせてもらっていいかな?」


「い、いやあああああああああ!」


 ここは変態の町。

 この町の夜には、変態しかいない。

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