【ヒッチハイク】

 旅好きな友人が帰ってきた。


「異国でヒッチハイクをしていると、なぜか救急車が拾ってくれた」

「へえ?」


 珍しいこともあるもんだ。


「それから、病院で一泊させてもらった」

「親切な国だ」

「その後、霊柩車に乗せてもらえたんだ」

「え」

「やっとここまで帰ってこれた。最期に会えてよかったよ」


 友人は言うと、すぅ~っと消えていく。


「おい、ちょっと待て」


 その最中に友人を引き止めた。

 逝く前に会いに来てくれたのは嬉しいが、せっかくだから言っておきたいことが山ほどあったからだ。


「ん?」


「もうちょっとおしゃべりしようぜ」

「何だよ、もう逝くところだったのに」

「……いや、せっかくだから、俺も言いたいことがあるわ」

「なになに? 寂しくなっちゃうか~、俺がいなくなると」


 確かに寂しいが、それよりも言ってスッキリしておきたいことがある。


「う、うん、まあね。……でも、ちょっと助かるって言うか」

「……え?」

「いや、借りたお金、返してないし」

「あっ、まあ……いいよ、どうせあの世にお金は持っていけないし」

「ありがとう」

「ほら、お前と楽しい時間過ごせたし、チャラにしてやる」

「本当にありがとう。あと、まだあるんだ、言いたいこと」

「何だよ、じれったいな。早く言えよ」

「実は、お前の妹と付き合ってる」

「は!? ……い、いや、別にいいけど。いつから?」

「中学の頃から」

「お、おお、すごいね。超長いじゃん。12年近くってことじゃん」

「だろ。俺たちラブラブだからさ。お前に内緒で色々と楽しませてもらってるわ」

「へ、へえ……。そんな大事なこと、黙ってるなんて……」

「ホントごめん」

「いやいやいや、全然いいよ! ぜんっぜん気にしない。むしろ、親友のお前に妹預かってもらえて安心だわ」

「……ありがとう」

「末永くよろしくな? ……結婚した時は、天国からご祝儀送ってやるから」

「本当に、ありがとう。あと、それから」

「まだあるの!?」

「ああ。実は、お前から借りてたマンガ、売っちゃってさ」

「えっ」

「あと、お前の部屋の隠しAV、お前の母ちゃんにバレちゃった」

「えっ、えっ」

「他にも、今、お前のSNSのアカウント乗っ取って、やりたい放題やってたら大炎上中で」

「いや、ちょっと待て」

「ごめん、まだあるの。まだあるから言わせて?」

「いや、一旦、待て」


 友人は語調を強める。


「……なんなの、お前。その嫌がらせの数々。俺のこと嫌いなの?」

「え? いやいやいや。今の話の流れでなんでそうなる?」

「そうなるだろ。どう聞いても度が過ぎるいたずらだろ、お前がやってること!」

「好きな相手にはちょっかい出したくなるんだよ」

たちの悪いいじめっ子のセリフだからな、それ!」

「だって、しょっちゅう旅に出ちゃうじゃん? いなくなったら当然好き放題やりたくなるよ」

「好き放題やって良いことと悪いことがあるだろ!」

「何が嫌なの?」

「そりゃあ、色々だよ」

「ねえ、今話した嫌がらせの中で、どれが一番いやだった?」

「もう嫌がらせって言っちゃってるし! クソ、お前なんかあの世で呪ってやるからな」

「いや、呪うとか怖いって!」

「怖いのはお前だ! ちくしょう、大事なマンガ売りやがって」

「ごめん。すげえ高くついたんだ」

「AVの隠し場所なんて、どうやって俺の母ちゃんにバレたんだよ」

「お前の部屋を物色してたら、お前の母ちゃんに見つかった」

「SNSだって、頑張ってフォロワー増やしたのに!」

「お前を探したくて、SNSを使わせてもらったんだよッ!」

「……え?」

「お前、全然、帰ってこないから。俺は寂しかった。お前に会いたかった。お前に会って、黙ってたこととか、全部話したかった」

「お前……」

「マンガだって、お前が大切にしてたの分かってた。でも、お前の捜索資金が欲しくて、売っちまった。部屋を物色したのだって、手がかりが無いか探したかったんだ」

「……」

「でも、悪かった。謝るよ。全部俺の、ひとりよがりだ」

「待てよ。そんな顔、すんな」

「え?」

「お前が俺のこと、大切に想っててくれたのは分かったよ。どれも、納得だ」

「お前!」

「でもな。やっぱり、俺の妹とのことは、教えて欲しかった」

「そうだよな。俺、悪いことしたよ。彼女と付き合う権利なんて、俺には――」

「違う! 違うだろ、お前にできること」


 そう言うと彼は、俺の肩に手を置く。

 質量は無いはずなのに、熱が伝わってきた気がした。


「俺の妹、最期まで愛してくれよ」

「お前……! いや、お義兄さんッ!」

「よせやい。まだお前に義兄さんと呼ばれる筋合いは無い。さておき、頼んだぞ、妹のこと」

「約束するよ。俺、必ず、彼女を幸せにするから!」

「ふむ、よろしい。じゃ、未練もなくなったことだし、俺は逝くから。今度こそあばよ!」


 友人の身体が、どんどん薄くなっていく。


「……待ってくれ」

「なんだよー、いい加減、逝かせてくれよ!」

「お前の元カノが、より戻したいって言ってたよ」

「なにィッ!?」


 直後、友人は一瞬で消え去り、代わりにドタバタと玄関からすごい音がしてきた。

 勢いよく部屋の戸が開き、元気そうな姿の友人が俺の部屋に入ってきた。


「うわあ、死人が生き返った!」

「死んでる場合じゃねえ! 俺の彼女はどこにいる?」

「未練たらたらじゃねえか!」

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