第43話 返事

 リセット現象を解決する方法は、マキには話していない。でもきっと、彼女は知っていたんだ。自分が成仏し、願いの持ち主がいなくなれば、呪いの効果が消えるということを。


 だからあんな唐突に、不意打ちにみたいに姿を消した。心の準備なんかする暇もなく、全てが夢か幻だったみたいにあっさりと。


「告白するだけして逃げやがって……せめて俺の話ぐらい聞けってんだ」


 しばらく俺は一人でシーソーにまたがっていた。マキがいなくなって、寂しいような、悲しいような気持ちがあるわけじゃない。そういう気持ちは、もう五年前に嫌というほどして乗り越えたつもりだ。


 だから……これは、そう。静かになったなぁ……と思っているだけだ。


 夏祭りのクライマックス。盛大な花火が打ち上げられて、夜空を虹色に染め上げた後、急にやってくる静寂の時間に似ている。

 まあ、俺は祭りなんて行った記憶がロクにないし、勝手な想像なんだけど。この例えはあんまり合ってなかったかもしれない。


「────こんなところにいたんですか」


 人っ子一人寄り付かない静かな公園に、気づけば一人の女子高生がいた。


「なんでここがわかったんだよ」

「時谷君がよくここに来ているのは知ってますから」


 現れたのは、誰よりも俺の行動を──下手すれば俺自身よりも把握しているかもしれない人物。表は完全無欠の優等生、裏は厄介なストーカーである、真殿夏海だ。


「心配しましたよ。学校を無断で休むなんて、何かあったのかと思いました」

「別に何もないよ。何となくサボりたくなっただけだ」

「感心しませんね、ズル休みですか。けど、何事もなかったのならよかったです」


 真殿は胸に手を置き、張り詰めた緊張を解くように頬を緩める。


 そんなに俺が学校に来ていないことを気にしていたのか。と言うより、自分の監視下にいないことを……かな。


「どうしたんですか? そんな落ち込んだ顔して」

「ん? ……まあ、ちょっとな。昔のことを思い出してたんだ」

「昔のこと?」

「そ、昔のこと」


 今度は一転、真殿の表情が強張った。自分が把握していない情報を出されて、機嫌が悪くなったとみえる。案外わかりやすいやつだ。


「それは……一体……」

「真殿、そんなことより、お前に頼みがあるんだ」


 マキはいなくなってしまった。もうあいつに頼ることはできない。ここから先は俺一人でどうにかするしかない。

 本来は、最初からそうだったんだ。あいつに頼ること自体、ルール違反の禁じ手みたいなものだった。俺が情けないばかりに、あいつを墓から引っ張り出してしまったんだ。


 ここで俺が情けないままだったら、俺に告白してくれたマキに申し訳ない。あいつに惚れられるようなモテ男なら、この程度のトラブルくらい一人で切り抜けられて当然だ。


 俺はもう逃げない。ビビらない。相手が真殿だろうが、牛見だろうが、真正面から立ち向かってやる。


「私に頼み、ですか? 一体なんでしょう?」

「お前の部屋にある写真、あれを全部俺にくれないか」

「……写真? 時谷君を写した、あれですか?」

「それだけじゃない。三ツ瀬マキの写真も回収させてもらう」


 俺が真殿の家にもう一度踏み込み、マキの写真の存在知った出来事は、リセットされてしまったので、俺以外誰の記憶にも残っていない。

 だから真殿にとってみれば驚きだろう。まだ知られていないはずの秘密を、当然のように口にされたのだから。


「……知っていたんですね。あの写真のこと」

「ああ、知ってる。だから、もうああいうことはやめてほしいんだ。俺の写真を撮ることも、俺の周りを探ることも。金輪際しないでほしい」


 俺は真殿の目を真っ直ぐに見て言った。大切なのはちゃんと伝えることだ。慌てふためいたり、怖気づいたりしているだけじゃ問題はいつまで経っても解決しない。

 何が正解かはわからない。どうすべきなのかもわからない。それでも相手の気持ちにちゃんと向き合うことは大事だ。拒絶するにしても、明確に言葉にしないと伝わらないこともある。


「そう、ですよね。気持ち悪いですもんね。自覚はありました。それでも、私はあなたのことが知りたくて……」

「俺はお前に知られたくない。お前に限らず、誰にも知られたくない。俺は弱点が多いんだ。それを必死に隠して生きてるのに、丸裸にされるのは困るんだよ」


 秘密を暴露して、喜んでいるお前とは違う。こっちは毎日毎日、秘密を守るために努力してる。俺だけじゃなく、人間は誰だってそうだ。


「俺の秘密を明かしていいのは、俺が心を許した相手だけだ。順序が逆なんだよ。俺のことを知りたいのなら、まず俺と仲良くなるべきだろ。俺が自分から全てを語る時まで、じっくり時間をかけて知っていけばいいじゃないか」

「……これでも私、ちょっとしたお嬢様なんです。産まれた時からずっと、欲しい物はなんでも手に入れてきました。私って、こう見えてワガママなんですよ。思い通りにいかないのは嫌なんです」

「そうか、お前、何でもできる完璧優等生だもんな。上手くいかないことなんて、あるはずないわな」

「人の感情だけは、私の力じゃどうにもなりませんけどね」


 真殿は諦めたように息を吐き、肩を落とす。俺は初めて、真殿夏海の表の顔でも裏の顔でもない、素の顔を見た気がした。


「……わかりました。時谷君がやめろと言うのなら、やめます。二度と隠し撮りはしないと誓います。過去のことを探ったりもしません。約束します。私のことを、信じてくれますか?」

「信じるよ。お前は俺に嘘を吐いたことがないらしいからな」

「ありがとうございます。その代わり……と言っては何ですが、私の話を聞いては貰えないでしょうか。とても、大切なお話です」


 俺は小さく頷き、了承を示す。こうなることはわかっていた。わかっていて、この話題を出したんだ。真殿が話さないなら、こっちから話そうと思っていたくらいだ。


「────時谷ときやわたる君。ずっと前から好きでした。是非私と、お付き合いしてもらえませんか?」


 飾らない、シンプルな言葉。そして幾度となく聞いてきた言葉でもある。ようやく俺は、この告白に返事をすることができる。

 素直な気持ちを打ち明けてくれた真殿に、俺も素直な気持ちで応えよう。もう逃げたりしない。俺の答えは決まっている。


「────ごめん、俺、好きな人がいるんだ」

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