第42話 未練
「よし! 言えた‼ よしよしよしよしよし‼ もう満足!」
全てを吐き出したマキは、揺れるシーソーの上で何度もガッツポーズを披露する。
「ちょ、ちょっと待て。こっちは全然受け入れ態勢ってか、心の準備が……」
「告白前に準備させる馬鹿がどこにおるんじゃい! こういうのは不意打ちが強いんでしょうが!」
やり遂げたという高揚感からか、変なテンションのスイッチが入ってしまったらしい。マキの口調がガラの悪いおっさんみたいになっている。
「どう? どう? ドキッとした? してる?」
「……正直、めっちゃしてる」
シーソーで肉体は上下しているものの、魂は宙に浮いたまま戻ってこない。そんなフワフワした感覚に支配されている。
「じゃあ大成功だね。私の勝ち‼」
「いやぁ、勝ち負けじゃないだろ……別に……」
「いーや、勝ち負けだね。ドキッとさせたから、女として私は勝ったんだよ。渉は男として負けたの。わかる?」
くそう、好き放題言いやがって。でも間違ってないから反論できねぇ……こんな真正面から告白なんて、俺みたいな男には眩しすぎる。文句のつけようもない完全敗北だ。
「あー、恥ずかしい恥ずかしい。顔から火が出そう」
「その割には顔色悪いけどな」
「仕方ないでしょ? 死んでるんだからさ。どれだけ恥ずかしくても、赤くなったりしないんだよ。でもちょっと恥ずかしすぎるから、後ろ向いといて」
「ええ?」
後ろ向きでシーソーに乗れと? 恐らく人生最初で最後になるであろうシーソーなのに、そんな変な乗り方してもいいのか?
「まあ、別にいいか……」
「ぷはは、こうして見ると面白いね。シーソーって背中向けて乗るとこんなにマヌケになるんだぁ」
「お前がやれって言ったんだろ⁉」
マキが背中越しにケラケラ笑っているのが聞こえる。顔は見えないけど、なんだか楽しそうだ。
「やれやれ……まったく」
……茶化すような空気に惑わされてはいるが、俺は告白を受けたのだから、やるべきことがあるはずだ。
せっかく勇気を振り絞って、生前の未練を断ち切って、想いを伝えてくれたのだから、俺もそれに応えなくては。
「マキ、俺は────」
「あ、返事はしなくていいよ」
「えぇ……?」
またもや喋ろうとした瞬間に止められてしまった。格好いいセリフでバシッとキメようと思ってたのに……実際に口から出たのはマヌケな困惑声だけだ。
「渉にこの想いを伝えられなかったことが、私の未練だったんだよ。返事が欲しかったわけでも、付き合いたかったわけでもない。ただ、伝えたかった。それだけ」
「それだけって……お前なぁ……」
「だって、すぐ死ぬことがわかってる女と付き合いたくなんかないでしょ?」
……何も言えなかった。何か言えるはずもない。だって否定しても肯定しても、それは俺の本心じゃない気がしたから。
「ごめんね。困るよね。こんなこと言われたってどうしていいかわからないよね。それでも私は伝えたかった。伝えられずに死んじゃったことを、ずっと後悔してた。今は……スッキリしてる。渉を困らせちゃったけど、言えてよかったって思ってる」
「……はっ、困らせた? おいおい、勘弁してくれよ。俺を誰だと思ってる? 世界一のモテ男だぞ? 幽霊から告白されたぐらいで困るわけないだろ」
「ふふ、そうだね。そうだった。渉は女の子からモテモテのモテ男だったね。私も親友として鼻が高いよ」
そう言ってマキはからかうように笑う。我ながら恥ずかしいセリフだった。それでもマキが笑っているのなら大成功だ。
「モテモテの渉君は、さぞ多くの女の子から告白されてきたんでしょうなぁ」
「もちろん、数えきれないほどされたぜ」
「じゃあ彼女も片手の指じゃ数えきれないくらいいるのかな?」
「それは……ま、まあ、うん、そこそこって感じかな……」
「ちょいちょい、モテ男がそこで狼狽えちゃ駄目でしょ」
「うぐ……仕方ないだろ。彼女なんていたことないんだよ」
これだけ頑張って、俺は結局モテなかった。彼女はできなかったし、告白してくれたのは一癖も二癖もあるやつばかり。
身の丈に合わないことをすれば、歪な結果が出るのは当然のことだ。そんなことは初めからわかっていたが、それでも俺にだって未練を断ち切るためのきっかけが必要だったんだ。
「……こんなこと言っといて、無茶言うなって思うかもしれないけどさ。私のことなんて忘れて、どこかの誰かと幸せになってよ。私は渉のことが好きだったけど、縛り付けるつもりなんてないからさ」
「忘れられるわけ……ないだろ。俺の人生からお前を抜いたら、もうほとんど何も残らねぇよ」
「駄目だよ。渉の人生は渉のものなんだから。けど……そうだね。やっぱり忘れられちゃうのはちょっと寂しいから……そこら辺はさ、こう、上手く折り合いつける感じで。大丈夫、渉に彼女ができたとしても、もうリセットなんてしないからさ」
マキの声が微かに震えている。いつでも明るく誤魔化してきた彼女が、今だけは隠しきれない感情を溢れさせている。
「そうじゃない……そうじゃないんだ。俺だって────」
「渉、最後までワガママ言ってごめんね。でも、湿っぽいお別れは嫌なんだ。せっかく断ち切った未練がまた湧いてきそうだし。もう渉に変な呪いをかけたくない。だから最後はこれだけ。長生きしてね────渉」
一定周期で持ち上がっていた体が、不意に動かなくなった。シーソーの反対側にあったはずの重みを感じない。俺を押し上げてくれる力が、そこにはない。
「……マキ?」
俺はシーソーを降り、振り返る。しかしそこにマキの姿はなかった。最初から誰もいなかったみたいに、一枚のお札だけがポツンと置かれていた。
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