第38話 手詰まり

 目が覚めると、そこは自分の部屋だった。そういえば直近で寝たのは、澪と一緒に出掛ける直前だったか。


「……昼寝しといてよかった」


 ここで寝ておかなければ、牛見家での無限ループまで戻されるところだった。危ない危ない。想像しただけでゾッとする。


「それにしても……マズイことになったな」


 俺はゆっくりと体を起こしつつ、ため息を吐く。逃げ場のない袋小路に追い詰められてしまった気分だ。


 ────リセット現象から脱するためには、呪いの発動条件三つの内のいずれかを崩す必要がある。

 願いと、霊的エネルギーについてはどうにもならないという結論に至り、最後の一つである媒体をどうにかしようと思って真殿家に行ったのだが……そこで告白を受けてここまで戻されてしまった。


 真殿の寝室にあったマキの遺影。あれが呪いの媒体であることは間違いない。


 ずっと疑問だったんだ。媒体というからには、呪いの対象者である俺と、霊的エネルギーの供給源である牛見と、呪いを形作る願いの持ち主であるマキ。この三点と繋がりがなくてはおかしいはず。

 なのに、媒体の持ち主が真殿なら、同級生である俺と牛見はいいとして、マキとの接点が見えてこない。これでは媒体としての役目を果たせないじゃないか。


 だが、そうではなかった。真殿はマキのことを知っていたんだ。事前に調査をして知っていた。彼女は現在の俺だけではなく、過去の俺までストーキングしていた。それほどまでの執念があったからこそ、呪いは発動したわけだ。


 しかし、真殿は話が通じない相手というわけでもない。あの写真を寄越せといえば多分普通に渡してくれる。

 その代わり、その場で告白を受ける可能性が高い。あの流れからすると、多少シチュエーションが変わったところで結末は変わりそうもない。


 だったら真殿に気づかれずに盗み出すしかないが、それも困難だ。あそこはうちみたいなボロアパートではなく、オートロック付きのマンション。

 侵入は容易ではないし、そもそも忍び込もうとしている俺のことを彼女はストーキングして見ているのだから絶対に気づかれる。


「媒体をどうにかしようとすると、絶対に告白を受けることになる……か。もしかしてこれ、詰んでないか?」


 マキの願いは変えられない。牛見の気持ちも変えられない。真殿から媒体を取り上げるのも不可能。リセット現象を解決するための三つの方法が全て手詰まりになってしまった。


「────あ、お兄ちゃん。起きた? そろそろ行くよ?」


 澪が扉を半分開けて、首だけ部屋に突っ込んで覗き込んできた。


 そう、俺はリセット前、ここで澪との買い物に付き合った。そこで牛見と出会って呪いに関する情報を聞き出し、帰り道に意を決して真殿家に乗り込み、告白を受けてここへ戻ってきた。


「……ああ、悪い。なんかちょっと体調悪いみたいだから、買い物の付き添いはできそうにないや」


 今、外では真殿と牛見が俺の動向を見張っているはず。それがわかっていながら外出したいとは思えないな。牛見から聞きたい話は聞けたし、出掛ける必要性はない。

 久々に澪と買い物に行けるチャンスをふいにするのはもったいない気もするが、俺が行っても役に立たないことは前回で証明済みだ。


「え、そうなの? さっきまで普通そうだったのに……ん、でも確かにちょっと元気無さそうだねぇ」

「ごめんな。待ってもらったのに」

「別にいいよ。じゃあ、あたしは行ってくるからね」

「気を付けて」


 澪を見送り、俺は再び床にゴロンと寝転がる。それと入れ違いになるように、マキが部屋に入ってきた。


「どうかしたの?」

「ちょうど今、リセットされて戻って来たんだ」

「え? 嘘、誰かから告白されたってこと?」


 マキは目を丸くし、興味深げに駆け寄って来た。


「不思議な感じだね。私からしてみれば、渉はここで昼寝してただけなんだけど」

「俺からしても変な感じだ。未だに慣れない。澪と一緒に買い物に行ったのが丸々なかったことになったんだよな……」


 牛見とデートの約束をしたことも、真殿の家に行ったことも、全部がなかったことになった。あの出来事を記憶しているのは俺だけ。

 思い出が幻となって消えてしまったような、寂しい感覚がある。まあ、消えたのはロクでもない出来事ばかりなので別にいいのだが。


「ああ、そうだ。お前、真殿に存在知られてるから不用意に外へ出ない方がいいぞ」

「真殿……って誰だっけ? ストーカーの子?」

「そう、あいつ、俺の過去のことまで全部調べてたんだ。だからお前のことも知ってる。もしあいつに見つかったら、死人が動いてるってすぐバレるぞ」


 墓場から帰って来る途中を見られてなくて本当によかった。真殿の口ぶりからしてその後、澪と買い物に行ったところから見てたみたいだし、マキを連れて行ってたらその時点でアウトだったな。


「えぇ⁉ じゃあどこにも行けないってこと⁉」


 マキはガックリと肩を落とし、隠しきれないほど落胆する。出掛けるのを相当楽しみにしていたみたいだったからな。


「……いいや、言ったろ? 色々なところ見て回ろうってさ。俺は一度した約束は必ず守る男だ。なぜならモテ男だからな‼」


 こっちの都合ばかり押し付けてもいられない。マキには何度も相談に乗ってもらったし、その分のお礼はちゃんとしないとな。


「じゃあ、明日あたりどこか出かけるか」

「え、いいの? 色々忙しいんじゃ……」

「大丈夫だよ。こっちはもう完全に行き詰ってるから。気分転換も兼ねて、お前の行きたいところに行こう。何かいいアイデアが浮かぶかもしれない。それに、俺も一度お前と一緒にどこかへ行きたいと思ってたんだ」


 俺たちが会うのはいつも病院の敷地内で、するのはただの雑談だけだった。それが今なら何でもできるし、どこにでも行ける。

 目の前の問題に集中しすぎて、この幸運を見逃してしまってもつまらない。マキが肉体をいつまで維持できるのか知らないが、このチャンスにパーッと遊びに行くのも悪くないだろ。


「渉…………」

「あ、でも、お金かからないとこな。俺の財布、今、155円しか入ってないから」

「……肝心なところでカッコつかないねぇ。でも……ありがとう。嬉しい」


 マキは茶化すようなことを言いつつ、幸せそうに笑う。その顔を見るだけで、悩みなんか吹っ飛んでいく気がした。

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