第37話 三度目の告白

「私、知りたいんです。時谷君の全てを。だからずっと付き纏って、色々な顔を写真に収めて、こうして眺めています。でも、それだけじゃ駄目なんです。もっとあなたのことを知りたい。あなたが産まれてから、今日まで生きてきた全てを知りたい」


 呆然とする俺に、真殿が語りかけてくる。それはどこか芝居がかっていて、事前に台本を用意してきたかのように流暢だ。


「だから私はあなたの過去を調べることにしました。ご家族や、出身校の先生方、近隣住民の皆さんにも話を聞いて、時谷君の半生を探ったんです。これまで友達は何人いたか、よく行く遊び場はどこか、行きつけのお店はあるのか、習い事はしていたのか、休日はどう過ごすのか、恋愛をしたことはあるか、普段の授業態度はどうだったのか、怪我や病気をしたことはあるか、とにかく可能な限り全てを聞き出しました」

「は…………? ちょ、ちょっと待て。聞き出したって……どういうことだ? 俺の家族にも……?」

「そのままの意味ですよ。あなたのご両親、そして妹さんにもお会いしました。やはり最も時谷君のことを理解しているのはご家族でしょうから、貴重なお話を沢山聞かせていただきましたよ」


 背筋をゾクッと寒気が走り抜ける。真殿は俺のストーカーなんだ。だったら俺の家族にも接触しているかもしれないということは、想定しておくべきだった。


「い、いや、でもおかしいだろ。そんなことして、俺が気づかないわけがない」

「もちろん、警察の取り調べみたいに根掘り葉掘り聞いたわけではありません。じっくり時間をかけて少しずつ、時には偶然を装い、時にはサプライズをしたいからと言って、話を伺ったんです。皆さん心よく答えてくれましたよ」


 真殿は人望が厚く、交友関係が広い。その潤沢な人脈は、情報を集める上で有利に働く。

 俺を介することなく、俺の家族や昔の知り合いとコンタクトを取ることだってできるだろう。真殿の評判の良さを振りかざせば、誰だって口は軽くなる。どんな話でも聞き出し放題だ。


「そして私はこの子に行き着いたんです。三ツ瀬マキさん。産まれつき重い病気を患っていて、病院から出ることもできなかった女の子だそうですね」

「な……なんでマキのことまでわかるんだよ。家族にも言ってないんだぞ……⁉」

「妹さんから、あなたが病気でもないのに頻繁に病院に行っていたという証言をいただきましたので、調べたんです」


 澪が……? いや、それもそうか。あれだけ長い期間病院に通っていて、勘のいい澪に気づかれていないわけがない。

 俺だってそこまでひた隠しにしていたわけでもないし、知っている方がむしろ自然だ。


「そこで何をしているかまでは知らなかったようですが、病院の関係者を片っ端から当たって聞き出しました」

「なんだよその執念……⁉ そこまでしてどうして……」

「だって、気になるじゃないですか。特に、女の子と密会していたという目撃情報を聞いてしまえば、何が何でもその子を特定するしかないでしょう」


 真殿が異常であることは充分に思い知ったつもりだった。こいつは優等生に見えてヤバい奴なんだと身に染みて理解したはずだった。

 しかしこいつはさらにその上を飛び越えてきた。俺の思っていたよりも、真殿夏海はおかしい。もはや理解できる範疇にはいない。


「二人で何をしていたのか、そこまではわかりません。それを知っているのは、当人たちだけ。色々なルートから探りを入れて、写真を入手することはできましたが、それ以上のことは何も掴めませんでした」

「……で? そこから先は俺に直接聞こうってことか?」

「そうですね。でも、少し怖い気もします。もし、この子が時谷君の初恋の相手だったりしたら……ちょっと妬いてしまいそうですから」


 真殿は自分の毛先を指でいじりながら、照れ臭そうに呟いた。


 ……もうそんな可愛い所作をしたところで印象を挽回できる次元にはいない。だが彼女の顔立ちが異様に整っていることに変わりはない。

 この場合、美人だからこそ余計に迫力と不気味さが増している。薄暗い部屋でも輝きを放つ彼女の美貌は、ここまでくるともはや凶器だ。


「とはいえ、聞かないままというわけにもいきません。私は時谷君の全てを知りたいし、時谷君に全てを知って欲しい。そういう関係になりたいんです。だからどれだけ怖くても聞きます。この子は、あなたとどういう関係だったんですか?」

「どうって……友達だよ。一番仲の良い……というより、唯一の親友だった」

「では、恋心は全く抱いていなかったと?」

「それは…………」


 当時の俺は、マキのことをどう思っていたんだろう。少なくとも、ここで即答できるような簡単な関係ではなかった。


「ああ、ごめんなさい。不躾でしたね。亡くなった方のお話ですから、軽々しく口にしたくないこともあるでしょう。答えを目前にして少し興奮してしまったのかもしれません」

「……お前、今さらそんなこと気にするのか」

「もちろんです! 私だって無法者じゃないんですよ? あなたが聞かれたくないというのであれば聞きません」


 そうだった。こいつは常識を全く持ち合わせていないわけではないんだよな。俺のストーキングをしているという一点にさえ目をつぶれば、彼女は優等生だ。


「でも、代わりに私から言っておきたいことがあります」


 真殿は短く息を吸い、俺を真正面から見つめる。


「私にはもうこれ以上の秘密はありません。けれど、まだまだ知って欲しいことは沢山あります。時谷君にもっと私を見せたい。もっと見て欲しい。洗いざらい、何から何まで、全てをあなたに捧げる覚悟があります。だから────私とお付き合いしてもらえませんか?」

「…………はっ?」


 このタイミングで告白────⁉ 何考えてんだこいつ⁉ どう考えても今じゃないだろ⁉


「私のこと、嫌いになりましたよね。それでもいいんです。あなたは一生私のことを忘れられない。その関心が、いつか好意に反転する日が来ます。そう、私は信じています」


 こっちの都合なんてまるで考えていない身勝手な理屈。それでも告白は告白だ。何一つ状況は変わっていない以上、当然またが引き起こされる。


「今は私のことを愛せないかもしれない。それでも、私の愛を受け取ってはもらえませんか?」


 潤んだ瞳で語る渾身の愛の告白に対し、何か返答するよりも先に、目の前が暗闇に染まり、俺の意識は時間の流れの外へと引きずり出された。

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