第35話 それを教えてもらいに来たんだ

「ふふ、一日に二度も来てくれるなんて、嬉しいです。思い切って秘密を明かしてみた甲斐がありました」


 部屋に通された俺は真殿と向かい合って椅子に座る。テーブルの上にはティーセット一式が並び、傍から見れば優雅な夕方のティータイムに見えるかもしれない。

 しかし俺からすれば、最強の魔王との直接対決だ。気分は幾多の困難を乗り越えて辿り着いたラスボス戦である。


「嫌われてしまうかもしれないと思っていました。ストーカーを好きになる男の人なんてほとんどいないと思いますから。けれど、よく言うじゃないですか。好きの反対は無関心だと。その理屈で言うと、嫌いの反対は関心なのでしょう。私は時谷君に関心を持って欲しかったんです」

「………………」

「ここに戻って来てくれたということは、私の狙いは達せられたみたいですね。あの部屋を見てしまったのですから、時谷君はきっと私のことを一生忘れられないでしょう。寝ても覚めても私のことが頭に浮かぶはずです。それはもう、心から愛しているのと同義だと思いませんか?」


 俺が黙っているのも気にせず、真殿は饒舌に語り続ける。俺がまたここに戻って来たことがよほど嬉しいらしい。


「お前の価値観はおかしいよ。普通恋愛ってのは、相手に嫌われたくなくて、自分の弱みをなるべく見せないようにするものじゃないのか?」

「そうなのかもしれません。私は私が異常であることは理解しているつもりです。けれど、それが悪いことだとは思っていません。恋愛は人それぞれの形があっていいはずです」

「そんなの……俺はついていけない」

「ええ、そうでしょうね。だから時間をかけて、ゆっくり理解してくだされば結構です。私の秘密はまだあります。時谷君の関心が私から離れるようなことがあれば、一つずつ開示していこうと思っていますよ」


 真殿は紅茶を一口飲み、美味しそうに頬を緩ませる。


 紅茶なんて、ペットボトルのやつしか飲んだことない。それでも、これが上等な紅茶なんだろうなということは香りだけでも何となくわかる。

 ここを逃せば、一生飲む機会はないかもしれない。そう思っても、やはり飲む気にはなれない。


「安心してください。毒なんて入っていませんよ」


 怯える俺の心を見透かしたように、真殿は優しい声音で言う。


「……お前の言うことは信用できない」

「あら、心外です。私は時谷君に嘘を吐いたことなんてないのに」

「よくそんなセリフが────」


 嘘を吐いたことがないという言葉自体が嘘、というのがよくあるパターンだ。しかしよく考えてみれば、真殿は本当に嘘を吐いたことがないかもしれない。


 ストーカーのことにしたって、真殿は一度たりともストーキングなんてしていないと明言したわけではない。少なくとも嘘は吐いていないわけだ。

 けれど、とてつもない本性を隠していたのは、俺を騙していたのと変わらない。定義上嘘に当たるかどうかに関係なく、信用なんてできるはずがない。


「では、これなら信用してもらえますか?」


 真殿はテーブルの上に身を乗り出し、俺の前に置かれたティーカップを手に取って躊躇う素振りもなく口をつけた。


「……うん、美味しいです。さあ、時谷君もどうぞ」


 そして彼女はカップを元の位置に戻す。これでは間接キスに……なんて、うぶなことを言うつもりはない。


 彼女自身も飲んだのだから、怪しい物は何も入っていないと証明されている。飲んでも問題はなさそうだ。


「じゃあ……」


 俺はカップの中身を一気に飲み干した。美味いのか不味いのか、よくわからない味だ。緊張しすぎて味覚が鈍っているのかもしれない。


「さて、では用件を聞きましょう。もちろん、ただ遊びに来てくれただけだというのならそれでもいいのですが、何か用事があるのでしょう?」

「ああ、お前に聞きたいことがあってな」


 俺の呪いの発生条件になっている媒体が何か、それはまだわからない。呪いのことなど何も知らないはずの真殿に聞いても答えは得られないだろう。


 ただ、呪いの媒体であるからには、そこら辺に転がってるボールペンとか、今使ってるティーカップとか、そういう普通の物じゃないはずだ。

 見れば一発でわかるもの。呪いの媒体になってしまうほど強烈な感情がこめられた禍々しい一品。


 それには一つだけ、思い当たる節がある。


「お前にはまだ秘密があるって言ったよな? 壁一面に貼られた俺の写真よりもさらにヤバイ秘密をまだ隠してるんだろ?」

「ええ、ありますよ」

「それを教えてもらいに来たんだ」


 真殿が隠している何か。きっとそれが、リセット現象解決のカギになるはずだ。

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