第34話 魔王の待つ城

「まさかその日の内に戻って来ることになるとは……」


 真殿の部屋からひいひい言いながら逃げ出して来たのがつい数時間前のこと。もう一生立ち入ることなんてないと思っていたのに、早くも舞い戻ってきてしまった。


「さて、どうしたものか……」


 勢いそのままに来るのが大事だと思って、何も考えずに来てしまった。ここから先は完全にノープランだ。行き当たりばったり、いつも通りだな。


 行動を起こす前に目的を整理しておこう。手段はこれから考えるにしても、最終到達点ぐらいは明確にしておかないと絶対に失敗する。


 俺はリセット現象を解決するため、自分にかかった呪いを解きたい。しかし呪いを直接的に解く方法はないので、発生に必要な三つの要素の内どれか一つを取り除くことで解決しようと考えた。


 願いとエネルギー源については対処不能という結論に至り、残る一つは媒体。それは他の二つとは違い、実体のある物であり、それを持っているのは十中八九、真殿夏海であると思われる。


 ということで、俺が今からすべきことは、その媒体を彼女の部屋から持ち出すことだ。そうすれば媒体を失った呪いは効果を発揮できなくなり、俺はリセット現象から解放されることになる。


 しかし本人に頼んで、渡してもらえるような物なんだろうか。呪いの媒体になるようなものなんだから相当強い感情がこもった物のはず。

 つまりは真殿にとって思い入れのある品である可能性が高い。普通に考えれば、そんなものそう簡単に手放すはずもない。


「こっそり盗み出す……しかないか? それは気が引けるなぁ……」


 牛見の家からお札を持ち出した時とは状況が違う。できれば交渉によって平和的に手に入れたいところだが、上手くいくとは思えない。

 そもそも応じてもらえないか、応じてもらえても厳しい条件を付けられるか。牛見とはデートの約束をしたし、それと同程度の条件なら呑んでも構わないが……あの二人の両方とデートの約束なんて生きた心地がしないな。


「ってか、これどうやって入るんだよ」


 俺の目の前にあるのは、マンション一階のエントランス。さっきからちっとも自動ドアが反応せず、俺の侵入を拒み続けている。


「オートロック……ってやつか。住人の許可がないと入れないんだっけ?」


 すごいよなぁ。うちのアパートなんてフリーパスなのに。ここにはオートロックに警備員。監視カメラまでついてるんだから。

 牛見家では多少暴れても内輪の問題で済んだが、ここではすぐさま警備会社に連絡がいって大事になってしまう。そういう意味でも、やはりあの時とは状況が違うな。


「部屋番号はわかるから呼び出しはできるけど……」


 いざとなると緊張してきたな。どうしよう。やっぱこのまま帰ろうかな……。


 相手はあの真殿夏海だ。かつては俺の憧れ、完璧なモテ男を目指す俺にとっての一種のお手本的存在であったが、その本性は闇の深いストーカーだった。


 あれだけ高い能力を惜しげもなく行使してストーキングしてくるのだから、憧れが丸々そっくり脅威に変わったと言っていい。これほど恐ろしい相手など他にいない。


 どれだけ完璧に見える人でも欠点のある人間であり、さほど遠い存在というわけでもないと澪は言っていた。


 それを聞いた瞬間、これならいけると思った。そういう前向きな精神状態に持ち込むためのきっかけを求めていた俺にとっては、まさに欲しかった類の言葉だった。

 けれどそういう思い込みも、長くは続かない。俺の場合は一時間も持たずに効果が切れた。


 完璧でなかろうが欠点があろうが、やっぱり真殿は怖い。怖いものは怖いんだ。身体能力なら絶対俺が上だし、勉強も俺の方ができる。冷静に考えれば基本スペックにそう大差はない。それはわかっている。


 なのになぜか遥か遠い存在に感じる。やっぱりメンタルかな。オーラとか。あいつほど大物感あるやつもいないよな。まさに学校のアイドル的存在だし。


「────何をしてるんですか?」


 カリスマ性も段違いだよな。あんなに人を惹きつけるんだから。あの人気ぶりは羨ましいとつくづく思う。


「────もしもーし」


 能力的に変わらないというのなら、俺だってあれに近いぐらいは人気出てもいいはずだよなぁ。真殿にカリスマ性があるというのなら、俺には隠しきれない小物臭さでもあるんだろうか。


「────時谷君? 私の家の前で何をしてるんです?」

「へ?」


 気づけば、真殿の顔が目の前にあった。さっきまでオートロックのパネルとにらめっこしていたはずなのに、その間に真殿の体が横から割り込んで来ている。


「あ、あ……えっと、いや、ちょっと用事が……」

「なんて、知ってますけどね。私に会いに来てくれたんですよね? さっき妹さんと私の話してましたもんね」


 真殿は口元を手で隠し、いたずらっぽく、かつ上品に微笑む。


 忘れていた、というよりあんまり理解できていなかったと言うべきか。真殿は俺のストーカーであるということを、甘く捉えすぎていた。

 彼女は四六時中俺に付き纏っているのだから、その居場所は自宅なんかじゃなく、常に俺の背後なんだ。


 俺はこれから魔王の待つ城に挑むつもりだったが、実際のところ、魔王はずっと俺と一緒にいたらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る