第32話 君って友達一人もいないでしょ?
「……えっと、ごめん。一旦整理していいか?」
「どうぞどうぞ」
こういう時は深呼吸。そう、俺はすぐ慌てたり、狼狽えたりするからな。ここぞという時こそ冷静に、大きく息を吸うんだ。
「俺にかかった呪いは、マキの願いが実現したものだけど、そのエネルギー源がどこなのかは謎だったんだ」
「さっき言ってた、君の死んだ幼馴染だね。幽霊が自分から式神札を要求して、君を助けるために復活してくるなんて驚きだよ。感動的な話だけど、私としてはライバルが増えるし、業界のルールを破られるしで良い事ナシだね」
「いや、今その話はいいんだよ。問題は、そのエネルギー源がお前ってとこだ」
霊的エネルギーとは、霊感のある人間が持つ何かよくわからないエネルギーで、これの量によって霊感の強弱が変化するらしい。
そして呪いを発動させるにはこの霊的エネルギーが必要である……と、こういう理解であっているはず。
だから呪いを止めるため、エネルギー源を潰そうという話の流れだったのに、それが目の前にいる牛見であるとなれば、事情がまるっきり変わってくる。
「どういうことなんだ? お前が俺に呪いをかけたのか?」
「違うって。呪いは自然発生するものだって言ったでしょ。私の持ってる力を勝手に使われてるんだよ」
「勝手に? 偶然ってことか?」
「いいや、偶然ではないね。これは必然だよ。だから私も、自分が君の呪いにエネルギーを供給していると確信できる」
……クソ、段々話についていけなくなってきた。こいつ、わざと情報を小出しにしたり、順序を入れ替えたりして、俺の反応を楽しんでやがるな。
「呪いは人間の感情に起因するものだからね。私以外には有り得ないんだよ」
「……お前の言ってる理屈がよくわからないんだが? 呪いが人間の感情に関わるものだったとして、それで何でエネルギーの供給源がお前で確定になる?」
「わからないの?」
牛見は煽るように眉を下げ、半笑いで俺を見る。
「うぐ……わからないよ! ハッキリ言ってくれ!」
「じゃあ言うけどさ、君って友達一人もいないでしょ?」
「は?」
なんでこいつ、いきなり暴言を吐き出したんだ。友達一人もいないなんて……事実ではあるけどさ……いや、死人も含めていいなら一応一人は……。
「呪いの発生には三つの要素が必要って言ったよね。この説明に一つ付け足しておくと、これら三つには呪いの対象者に対して共通の強い感情がこもってないと駄目なんだよ。怒り、憎しみ、妬み、嫉み、あるいは恋慕……とかね」
「……共通の感情? ってことは、俺に対して同じ感情を持ってる人が三人いて、それぞれが霊的エネルギーと、願いと、媒体を持ってないと呪いは発生しないって理屈になるのか?」
「そういうこと。そして強い感情なんて、赤の他人には抱くはずのないものでしょ? だから友達の少ない君には、容疑者も少ないってこと。わかる? 君に霊感を持った知り合いなんて、私以外にいるの?」
「ああ……そういう……」
確かに、そう言われてみれば、霊的エネルギーの供給源は牛見以外あり得ない。霊的エネルギーを持っているということは、霊感があるということだが、そんな知り合いに心当たりなんてないからな。
「交友関係が広いと、こういう時大変なんだよ。呪いの原因になってるかもしれない相手の候補が多すぎてさ。でも、その点君は楽でいいね」
「うるさいなぁ! 好きでこうなってるんじゃないんだよ‼」
モテるために様々な努力を重ね続けた結果、友達作りに割く時間が減って……というのも言い訳で、実際のところは俺のコミュニケーション能力の問題である。
俺より忙しそうなのに、俺より友達多いやつなんて腐るほどいるしな。能力が伸びてくれば、自然と周りに人も集まってくると思っていたのに、逆にどんどん孤立していってる気もするし……一体どうやったら広い交友関係を築けるのか、真殿あたりに教えて欲しい。
「とにかく……俺はお前をぶっとばせば呪いから解放されるってことでいいのか?」
「理屈としてはそうだね」
今この瞬間、俺の拳の届く範囲で、牛見はニコニコしながら俺を凝視している。
ここでいきなり顔面をブン殴ったらどうなるんだろう。流石の牛見も余裕を失うんだろうか。それとも余裕でかわして、逆にボコボコにされるんだろうか。
ちょっと試してみたいな……上手くいけばこいつに嫌われることができるかもしれないし、リセット現象も解決するぞ。一石二鳥だな。
「……って、いくらなんでもそれは駄目だろ」
モテ男は何があっても女性に手を出したりしないぞ。もっと平和的な解決方法を探らないと。
「まあ、私が君を嫌いになることはないから、何をしても無意味だけどね。私が君を愛し続ける以上、エネルギーの供給は続くはずだから」
「ならお前を倒しても解決しないじゃないか⁉」
「理屈に囚われないんだよ。乙女の恋心はね」
……やっぱこいつブン殴ってやろうかな。なんかこいつには何をしても許されるような気がしてきた。
「いやいや、冗談じゃなく本当の話だよ。呪いは呪いでも、恋愛絡みの呪いが一番厄介でね。普通なら力尽くで解決できることも、色恋沙汰となると話は別。そう簡単にはいかない」
「はぁ……願いを取り消すのもなし、エネルギー源を断つこともできない。ってことは、残るはあと一つしかないってことじゃないか」
最後の一つは……媒体だったか? これが牛見の持つ霊的エネルギーを、マキの願いに乗せて、俺の呪いとして実現させている導線なわけだが……これをどうにかするのが解決のための唯一の道ということになるな。
「でも、媒体ってなんだ?」
「何か実体のある物だろうね。それが何かはわからないけど、誰が持っているのかはもうわかっているはずだよ?」
俺に対する強い感情を持っている相手……となると、もう考えるまでもなく候補は一人しかいないじゃないか。
「真殿……だな。リセット現象をなんとかするには、どうしてもあいつと直接対決するしかないってことか」
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