第31話 呪いの三要素

 結局、告白リセット現象について、一から十まで全て話した。一日デートするという条件を呑んで、相談に乗ってもらったということだ。


 牛見とデートなんて不安しかない。だが、リセット現象をこのまま放置する不安とどちらが大きいか天秤にかけ、この変態とのデートが超常現象より恐ろしいということはないだろうと判断した。


 しかし、うーん……どうだろう。正直、後悔することになるかもしれないが……もう話してしまったので取り消すことはできない。


「────告白されると時間が巻き戻る……? なるほどなるほど」


 話を聞き終わって、牛見は静かに目を閉じる。


「ど、どう思う?」

「信じられない、というのが正直な感想だね」


 牛見は誤魔化す素振りも、躊躇う素振りもなく、淡々とそう答えた。


「い、いや、確かに突飛すぎる話かもしれない。でも事実なんだ。俺は誰かに告白されるたびにタイムリープして……!」

「あ、そうじゃなくてね。そういう現象が存在してるってことは知ってるよ」

「え?」

「何か特定の条件をきっかけに、直前に眠りから目が覚めた時点に巻き戻される。こういう呪いがあることを私は知ってるよ」


 知ってる……? 知ってるって言ったのか? 何度も何度も時間をリセットして同じ一日を繰り返させたあの奇妙な現象を? こいつは本当に知ってるのか⁉


「何? そんな驚いた顔をして」

「……お前なら知ってるかもしれないと思って当てにしてたんだけど、どこかで諦めてたんだよな。まさか本当に知ってるとは思わなくて」


 ここにきてようやく、確かな一歩を踏み出した気分だ。ここ最近、ずっと色々なものに振り回され続けてきた俺だが、ようやく自分から起こした行動でちゃんとした成果を掴むことができた気がする。


「私、呪いには詳しいからね。私より呪いに詳しい人はそうそういないはず」

「そうなのか? ってことは、告白リセット現象の解決方法もわかるのか?」

「待った。君は少し勘違いをしているよ。呪いってのは、人の意思で自在にかけたり解いたりするものじゃなくて、条件が揃った時に勝手にかかるものなんだよ。私みたいな専門家でも、精々効果を弱めるくらいしかできないかな」

「なっ……じゃあ呪いを解く方法はないのか⁉」

「まあ、基本的にはそうなるね。根本的な解決は難しいよ」


 光が見えたと思ったら、あっという間に雲に隠れてしまった。それどころか底の見えない闇の中に突き落とされた気分ですらある。


「でもやり方次第だと思うよ? 直接的に呪いを解く方法はないけど、間接的にアプローチする方法ならいくらでもある」

「……え? どういうこと?」

「とりあえず、呪いについて一から説明してあげるから、聞きなよ」


 牛見がコホンと咳払いし、俺は背筋を伸ばす。今から、あの牛見つみれにしては真面目な話が始まろうとしていた。


「そもそも呪いとは、とある三つの要素が揃った時に自然的に発生する霊的な現象の総称だよ。その三つとは、呪いを実現させるための霊的エネルギー、呪いの内容を決める願い、そしてそれらを繋ぐ媒体。簡単に言えば、電力と、電球と、導線があれば灯りが点くって感じかな。これらを組み上げてもいないのに勝手に点くってところが呪いの最大の特徴なんだけど。ここまではいい?」

「お、おう。ここまではついていけてるぞ」


 呪いについては、事前にマキと考察をしていたからな。ある程度予習はできてる状態なわけで、多少は話も入ってきやすい。


「呪いの内容は様々、それこそ願いの数だけあると言ってもいい。けど、ある程度はパターンがあるから、君が言うリセット現象みたいなタイプの呪いも、過去には例がある」

「じゃ、じゃあその過去の例を参考にして、対処すれば……」

「それもやり方の一つではあるんだけど、この呪いは先例が少なすぎてあんまり当てにならない気がするなぁ。時を戻すなんて大それた呪いが、そうポンポンあちこちで発生するわけもないからね。さっき信じられないって言ったのはそういう意味。こんな珍しい呪い、なかなかお目にかかれないよ」


 呪い自体がかなり珍しいものだと思うのだが、俺のリセット現象はその中でもさらに希少性の高いものらしい。

 何をやっても平凡で、もっと特別な人間になるために努力してきた俺だが、こんなところで特別さを発揮されても困る。


「でも、やりようはあるから安心して」

「ど、どうするんだよ。教えてくれよ」

「そうがっつかないで。頭のいい君なら、想像つくんじゃない?」


 牛見はそう言って、おちょくるように笑う。


 もったいぶらずにサッサと教えてくれ……と言いたいところだが、そんな挑発を受けてしまえば考えないわけにはいかない。

 なんだろう。今までの説明の中にヒントがあったってことだよな? そんなに長い話を聞いたわけじゃないし、答えを出すのは難しくないはず……。


「……そういや間接的に、とか言ってたよな。じゃあ、呪いの発動に必要な三つの条件のうちのどれかを取り除く……とか?」

「流石、正解だよ。呪いを解くことは難しいけど、発動条件を崩しちゃえばひとまず抑えることはできるからね」

「お、おお! と、なると……どうなるんだ? 三つの要素の中で一番手っ取り早くどうにかできそうなのは……」


 マキの願いを捻じ曲げることはできないだろう。それに実際、俺を何度も守ってくれたことになるわけだし、感謝こそすれ文句を言える立場じゃない。


 媒体についてはよくわからないし……そうなると残りは一つだな。


「霊的エネルギーの供給を止めれば、呪いも止まる。つまり、そういうことだな?」

「だいせいかーい。渉は飲み込みが早いね。私が選んだ男なだけはあるよ」


 嬉しいような怖いような……そんな誉め言葉を受け、思わず苦笑いが零れる。


「ただ、残念ながら無理なんだよね」

「……無理? どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。霊的エネルギーの供給を止めることはできない」

「は? なんでだよ? 供給源をどうにかすれば、呪いは止まるんだろ?」

「そうだけど、霊的エネルギーの供給源ってつまりは人間だからね? その人を倒さないといけないってことなんだよ?」


 それはなんだ? バトル展開になるってことか? それは困るな。俺はトレーニングのために格闘技はやってるけど、戦闘力的には微妙なんだ。

 喧嘩の経験なんて皆無だし、人を殴ったことなんてない。バトルになれば痛い目を見るのは確実に俺の方だ。


「なんかこう……お前の変な術とか、儀式とかで倒せないのか?」

「できないね。そんなの自殺行為だし」

「……自殺行為って、そんなに強い相手なのかよ。というか、お前は相手が誰なのか知ってるのか?」

「知ってるよ。誰よりも知ってる」


 そう言って牛見はいたずらっぽい笑みを浮かべる。


 この顔……ひょっとしてそういうことか。こいつが次に何を言うのか、誰の名前を挙げるのか、俺にはもう何となくわかった。


 もうこれはパターンだ。いつだって事態は最悪の方向に転がっていく。きっと今回だって例外じゃない。


「────だってそれ、私のことなんだからさ」


 俺の予想を裏切ることなく、彼女は人差し指を自分自身に向けて突き出した。

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