第16話 避けられない告白
もう何回目なのかもわからないリセットが発動し、俺は深々とため息を吐いた。
告白直前にセーブポイントを持って来れば、リセットを突破できるかもしれないと考えて、それを試してみたのが昨日のこと。その時は失敗に終わったが、まさかこんな形で実現するとはな。
リセット直前にセーブポイントがあれば、告白は絶対に受けられる。しかし逆に言えば、受けたくない告白から逃れる術を失う。
牛見はリセット現象のことを何も知らないはずなのに、見事俺を屈服させるための最適解を引いたわけだ。
「どう? 元気?」
いつまでも床に這いつくばったままの俺を見て、牛見は不思議そうに聞いてくる。
「元気に見えるか?」
「見えない」
俺は何が何でもこのループから脱さなくてはならない。この後に来る告白をどうにかして回避するんだ。
「そうだろ? 俺実は、めっちゃ重い病気なんだ。うげぇー! 今すぐ病院に行かないと死ぬかもしれない! あーもう、死にそうだぁ! 早く連れて行ってくれないと死ぬぅ」
「そうなの? じゃあ私が付きっ切りで看病してあげるよ」
「看病とかじゃなくて、急いで病院に……」
「だから病気が治ったら私と付き合ってね? 私、君のことが世界の誰よりも好きなんだ」
俺の迫真の演技にも動じず、彼女は淀んだ瞳で予定調和のように愛を告げた。
「────目が覚めた?」
……というわけで、あっさりとリセットされ、またここに戻ってきてしまった。クソ、仮病作戦は失敗だ。次は方向性を変えてみるか。
「牛見……実はお前に言っておかなくちゃならないことがある」
「何?」
「ずっと秘密にしていたことだ。今まで誰にも言ったことがない」
「秘密? うん、大丈夫。君のことなら、どんな秘密でも受け入れるよ?」
「ああ、誰にも言わないでほしいんだが……実は俺、宇宙人なんだ!」
牛見は俺の衝撃的なカミングアウトに目を丸くしている。うけけ、そうだろうそうだろう。何言ってんだこいつって思うだろ? それでいいんだ。
こんな頭のおかしい野郎なんて、好きにならないよな? 一瞬で幻滅するに決まっている。
今後の俺の評判に傷がつく可能性はあるが、背に腹は代えられない。どっちにしろ教室からお姫様抱っこで連れ去られている時点で大ダメージだしな。このくらいなら許容範囲だ。
「宇宙人……宇宙人って、宇宙から来たってこと?」
「その通り。俺は地球を救うため、銀河の遥か彼方からやって来た宇宙警察の秘密エージェント、ハイパーギャラクシージャスティスマンなんだ! 街の平和を守るため毎日悪の組織と激闘を繰り広げているんだぞ! とう! やあ! ハイパーギャラクシージャスティスビーム‼」
意味不明な口上と共に、クソダサいファイティングポーズまで披露した。我ながら最高にダサい。
もうゴミカスみたいなポーズだ。裸になって逆立ちして鼻からうどん食べてる方がまだ格好良いね。こんなものを見せられれば、流石の牛見もドン引きに違いない。
「へえ、すごいじゃん。私もやろっと。とう! やあ! ハイパーギャラクシージャスティスビーム‼」
しまった! 頭がおかしいのはこいつも同じだった! 躊躇いもせずにゴミカスポーズをコピーしてきやがった!
うおぉ……傍から見ると余計にダッサ……恥ずかしいを通り越して罪悪感が湧いてきた。俺を産んでここまで育ててくれた親に今すぐ謝りたい衝動に駆られる。
「ふふ、楽しいね」
「楽しいわけあるか‼」
「私は楽しいよ。すっごく楽しい。君と二人きりで過ごすだけで、こんなに幸せになれるんだね。ねえ、私たち付き合おうよ。私と君は絶対に切れない運命の赤い糸で結ばれてるんだよ。君はその運命に従うしかないんだよ。ちなみに、断るなんて許さないよ。もし逃げようとするなら、無理やりにでも責任を取らせる」
「は……? せ、責任って?」
「わかるでしょ? 君との子どもを作るんだよ。そうしたら私たち、ずっと一緒に暮らせるね」
うわああああああ! 助けてくれぇハイパーギャラクシージャスティスマン! 変態が……この変態がヤバいよ‼
「────目が覚めた?」
……今回ばかりはリセットされて助かったかもしれない。あんまり下手な行動を取るとこの変態は良からぬ方向に暴走するらしいな……どうしよう。
もういっそこの場で漏らしたらどうだ。この歳で漏らすような男と付き合いたいと思うか?
いや待て、いくらなんでもそれはまずい。本当に最後の最後まで取っておくべき最終手段だ。何度でもリセットされるんだから、他に試してみるべき手段はいくらでもある。
「………………」
ひとまず、俺は次の作戦が思いつくまで目を閉じて、狸寝入りを決め込むことにした。
「……起きたと思ったけど、気のせいだったかな?」
これで後は根競べといこう。牛見が我慢できなくなって、部屋の外に出たらチャンス。その隙をついて逃亡させてもらう。
「………………」
しばらく沈黙の時間が続く。十分? 二十分? 三十分か? どれぐらい経ったかわからないが、結構な時間が経過したと思う。
「────うーん、そろそろ我慢できなくなってきた」
衣擦れの音がする。牛見が動いたみたいだ。ようやくチャンスがきたな。この機を逃すことなく脱出を…………
「……って、おい! ズボン脱がそうとするな‼」
「あ、やっぱり起きてたんだ。そうだよね。そんな気配がしたもん。君の考えてることなら何でもお見通しだよ」
そう言って、牛見はベルトをグイグイと引っ張ってくる。
この女……あれだな? マジで俺を逃がすつもりないな? ここまできたら、もう小細工じゃどうにもなりそうにない。
やるなら実力行使。走ったら絶対に俺の方が速いんだ。力尽くで、強引にでも突破してやろうじゃないか。
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