第14話 これからはずっと一緒だよ
この華奢な腕のどこにこれほどの力があるのか。牛見は体重65キロ前後の俺を軽々と持ち上げて抱きかかえ、そのまま廊下を走り抜ける。
格好としては、いわゆるお姫様抱っこだ。いや、抱きかかえられているのはお姫様ではなく男子高校生なのだが。
「おい⁉ どこに行くんだよ⁉」
「とりあえず人のいないところ」
教室の前を通る度に、大量の視線が俺たちのことを捉える。俺はせめてもの抵抗として、両手で顔を覆って隠した。絵面的には余計に悲惨なことになってるが、顔を見られるよりはマシだ。
十六歳にもなって、女子に抱えられた上、それを人目に晒されるなんて……なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。
「────ここでいっか」
牛見が立ち止まったので視界を塞いでいた手をどけると、そこには抜けるような青空が広がっていた。
「ここは……屋上?」
初めて来る場所だが、周囲を囲う落下防止のフェンスと、その向こうに広がる景色を見れば一目瞭然である。
近年、屋上を開放している学校なんてそうそうない。その例に漏れずうちも立ち入り禁止としているはずなのだが、牛見は悪びれる様子もなく突き進んでいく。
「噂によると、屋上に繋がる扉には鍵がかかってるはずなんだけどな」
「そんなもの、どうにでもなる」
どうやら施錠なんて牛見相手には通用しないみたいだ。本当ならここは驚くところなのかもしれないが、時間遡行やら、幽霊やらを経験した後で、鍵を開けた程度のことで驚けるわけもない。どうにでもなるって言ってんだからどうにかしたんだろ。
「えっと、そろそろ下ろしてもらっても?」
「逃げない?」
「それは場合によるかな……」
「だったら手を掴んでおくよ」
ようやくお姫様抱っこを解除してもらえたものの、利き手をガッチリと掴まれてしまった。指と指が絡み合い、簡単には離れそうにない。
「……なぜ恋人繋ぎ?」
「私が恋人じゃ気に入らない?」
「そういう話じゃなく……普通に手首とか掴めばいいだろ」
「それよりも、この繋ぎ方の方がガッチリ拘束できるでしょ?」
それは確かに一理あった。手首を掴むだけだと簡単にすり抜けられそうだが、全ての指の間に相手の指が挟まる恋人繋ぎは、摩擦が多くて解けにくい。
「これってどういう意味なんだろうね? 恋人っていうのは、互いに束縛し合う関係ですよってことなのかな?」
「そんな深い意味はないだろ。……多分」
「そう? 互いに互いを縛り付け合っているからこそ、この繋ぎ方に恋人繋ぎって名付けたんだと、私は思うけどな」
表情はニコニコしてるのに、目が全く笑ってなくて怖い。目の奥にドス黒い闇のようなものが蠢いているのすら見える。
「────で、どうなの? 幽霊、見たの?」
牛見は俺をフェンス際まで追い込み、爪が食い込みそうなぐらい強く手を握ってきた。誤魔化しも、時間稼ぎも、嘘も許さない。そんな本気の意思を彼女の瞳から感じる。
「……見たよ」
本当は言うつもりなんてなかった。しかしこれほどまで追いつめられてしまえば言わざるを得ない。
「やっぱりそうなんだ。君、私と同類なんだね」
「同類?」
「そう、同類。私と同じ類の人間。そうでしょ? もう隠しても無駄だよ?」
「な、なんのことだよ。別に隠してなんて……」
牛見のプレッシャーが怖すぎて声が震える。そのせいで、図星を突かれて動揺しているみたいになってしまった。
「前から思ってたんだよね。同業者っぽい臭いがするなって。それが昨日は特に濃くて。かなり怪しいとは思ってたんだけど、今日はもう言い逃れできないレベルだよ。それに加えて、幽霊の話まで持ち出すんだから、何されても文句は言えないよ?」
「ま、待て。何の話だよ。俺はたまたま幽霊を見かけたっていうだけで、同類だとか同業者だとか、そんなの何のことだかサッパリ……」
「だ・か・ら、もう隠しても無駄なんだって。これだけ君に力が集まってるのに、本人は無自覚だなんてそんな話があるわけないでしょ」
話が見えない。一体何を言われているのか見当もつかない。しかし、どうやらこれはピンチらしいということだけは雰囲気でわかる。
つい数分前までは、呑気な気分で席に座り、授業を受けていたはずなのに、それが今や絶体絶命の危機だ。
「この地区で霊的な力を行使できる権利を持ってるのは私だけ。もしどうしてもしたいのなら、ちゃんと組合に掛け合ってもらわないと。あーあ、これ結構重大な違反だよ? 罰金じゃ済まないかも」
「……何を言ってるかわからないけど、とにかく無罪を主張する」
「そっかぁ。まあ、これに関しては私も悪い、というか私が悪いからね。これだけ君のことを考えてるんだから、君に力が流れていくのも当然のこと。もう私の気持ちには気づいてるわけでしょ? あの下手な誤魔化し方じゃ、バレて当然だと思うけど」
気持ち……下手な誤魔化し方? 駄目だ。なおさらわからなくなってきた。
「でもいいよ。君が私を利用するなら、私だって君を利用する。そういう関係になろうよ。私たちはさ」
「……牛見、一旦落ち着こう。な? あー、えっと、ほら、ジュース奢ってあげようか? 百円のやつならなんでも買ってあげるよ?」
「じゃあとりあえず、今から私の家に行こっか」
「話が噛み合わない⁉」
牛見は俺と繋いでいない方の手で真っ白な紙を取り出し、口に咥えた。
よくわからないが、何かの儀式なんだろう。その直後、俺は全身に力が入らなくなって、その場に倒れこむ。
「これからはずっと一緒だよ────渉」
意識が途絶える直前、牛見が甘ったるい声でそんなことを言ったのが聞こえた気がした。
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