第12話 強力な助っ人

『ふむふむ……なるほどなるほど、リセット現象か……』


 俺の話を聞いたマキは、それを咀嚼するかのように数回大きく頷く。


『せっかく学校で一番可愛い女の子に告白してもらえたのに、時間が巻き戻るせいでいつまで経っても付き合えないと、そういうわけね』

「そう! そうなんだ! どうにかする方法はないか?」


 もはや藁にも縋る思いだ。何をやっても裏目に出て、着々と状況が悪くなっていくのだから、幽霊だろうがなんだろうが頼らないとやっていけない。


『…………渉さぁ。リセットなんてそんな。なかなか告白されないからって、ついに頭がおかしくなったんじゃないの?』

「違うんだよ! 本当のマジのガチでリセットされてんだって! 俺だって最初はおかしいと思ったよ? 夢かなって思ったよ。けど毎回毎回告白される度に時間が戻るんだから、信じるしかねぇだろ⁉」


 リセット現象について改めて、言葉にして説明したことによって、自分の中でも情報を整理できた。

 今までの経験からわかってきたこと。逆にわからないこと。傾向から予想されること。それらを全て頭の中ですっきりまとめられたことで、さっきよりだいぶ状況が見えるようになってきたと思う。


 その上で思うのは、やっぱりどうしようもないということだ。こんな理不尽な状況を、自分だけの力でどうにかできるとは思えない。


『……渉はタチの悪い嘘を吐くタイプじゃないからね。そこまで言うのなら本当なんだろうけど……ちょっと突拍子もなさすぎてなぁ……』

「俺からしてみれば、ペラペラ喋ってる幽霊もどうかと思うけどな」

『それはそれ、これはこれでしょ。幽霊だって生きてるんだから……あ、いや、生きてはいないか。幽霊だって死んでるんだから、喋ることぐらいするって』

「意味わかんないんだけど。なにそれ、幽霊ジョーク? 笑ったらいいの?」


 同じ幽霊には馬鹿ウケなんだろうか。そもそも幽霊同士で会話なんてするんだろうか。夜な夜な墓場で幽霊がべちゃくちゃ喋ってるところとか、想像するだけで不気味だなぁ……。


『それにしても渉。こうして私とまた会えたっていうのに、いの一番に話題に出すのが他の女のこととはね』

「……だって、元はと言えばお前が言い出したことだぞ? あの時の約束がなかったら俺は、未だに毎日ここに来て、めそめそしてたと思う。前を向いて、自分を変えようと思えたのはお前のお陰だ」

『そっか。……そうだね』


 マキは少し寂しそうにしながら微笑んだ。


 あれから五年。俺は高校二年生になり、背も伸びた。しかし死んでしまったマキはあの頃のまま変わっていない。

 時の流れは全ての人間に対して平等だが、彼女はもうその枠の外側にいる。成長することはなく、進歩することもない。

 幽霊になってまた俺の前に現れたとしても、あの頃に戻れるわけではないのだ。


『わかった。仕方ないな。私が力になってあげるよ』

「……ありがとう。助かる」

『ふふん! ありがたいでしょ? でもいくら困ってるからって死人に、しかも十二歳の女の子を頼るなんて、本当に渉は情けない男だねぇ』

「うぐ……反論できねぇ……」


 どれだけ勉強を頑張っても、スポーツを頑張っても、人間の根っこの部分はそう簡単には変わらないということなのか。成長も進歩もしてないのは、案外俺も同じことなのかもしれなかった。


『じゃあとりあえず、私も渉についていって一緒に学校に行くよ。リセット現象とやらをこの目でちゃんと見極めてあげようじゃん』

「学校に行くって……え、そんなことできるの? 幽霊なんだし、ここから動けないんじゃないのか?」

『基本的には動けないよ。渉のことはいつも見てるけど、それは千里眼的なやつで覗いてるだけだからね。すい~っと飛んでいけるわけじゃない』

「千里眼的なやつ……?」


 そんな便利なものがあるのか。なんか俺が思っているよりも、幽霊って自由なんだな……なんならこいつの場合、生きてる時よりも好き放題やってるような……。


『私の魂はこの墓場で固定されてるから、ここから外へは出られない。というか、それがそもそも墓場の役割だしね。死者の魂がそこら辺をウロウロ動き回るのは色々と良くないことに繋がるから』

「……なるほど、じゃあどうするんだ?」

『お札を作る。私の魂を入れて、持ち運べるお札をね。それさえあれば、私は外でも自由に活動できるようになるから』

「ふぅん、それはどうやって用意したらいい?」

『その辺が私にもよくわからないんだよね。ほら、私ってただの幽霊だし。そういうのの専門家ってわけじゃないからさ。そこは自分で調べてなんとかしてよ』


 一番大事なところで急にぶん投げてきたな。専門家じゃないのは俺だって同じことなんだけど……どうやって調べたらいいんだ。


『その辺の紙切れを適当に切って、適当に文字書いてパパっと完成ってわけにはいかないらしいってことだけは知ってるよ。専用の素材とか、変な術とか? そういうのがいるんじゃないかな?』

「うーん……専用の素材……変な術? それがお札を作るのに必要?」


 ちんぷんかんぷんなことを言われているはずなのに、俺には一つ心当たりが浮かんでいた。お札やら、変な術やらといえば、連想されるのは一人しかいない。


 そう、常に大量のお札を持ち物に貼り付け、怪しげなオカルトグッズをわんさか携帯しているあの変人だ。


『どう? なんとかなりそう?』

「わからないけど、やってみるよ。一応当てはあるからさ。案外なんとかなるかもしれない」

『本当? それなら良かった』


 ちょうど、あいつはただのオカルトマニアじゃないかもしれないと思っていたところだ。このリセット現象から脱却する鍵は、ひょっとしたらあいつにあるのかもしれない。


「夜も遅いし、俺はそろそろ戻るな。そのお札について、何かわかったらまたくる」

『おっけー。あ、ちょっと待って』


 マキはケーキを片付け、帰る準備をし始めていた俺を呼び止める。


『また私に会いに来るのなら、今日と同じ手順を踏むこと』

「……どういう意味だ?」

『多分、渉の霊感はそんなに強くないから、こうして話せてるのも偶然なんだよ。条件付きというかさ。だから、次もまた同じ条件を再現してくれないと、会話できないと思う』

「ああ、わかった。お前と話せなくなったら、こっちも色々困るからな」

『……私も困るよ。せっかくまた渉と話せたのに、これっきりになっちゃったらさ』

「お前……なんか、しばらく見ない間に素直になったな」

『────ッ! うっさい! この……あほ! 私は何も変わってないし! そっちが勝手に大人になっちゃっただけでしょ‼』


 マキに怒鳴りつけられ、俺は逃げるように墓場を後にする。


 ……危なかった。あともう少しあの場に居たら、きっと堪え切れなかったと思う。


 死んだ幼馴染との再会。例え幽霊になってしまったとしても、またマキと話すことができたんだ。嬉しくないはずがない。


 墓場を出てすぐのところで、ちょっとだけ目元を拭ったことは、あいつには絶対内緒にしておこう。

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