第11話 聞いてほしい話があるんだ

「────はっ。なんだ夢か」


 世界で一番最高なエンディングとは何か? そう、夢オチである。


 何かあっても夢だったことにすれば全て解決! 夢オチ最高‼ うおおおお‼


 一瞬マキの幽霊が見えた気がしたが、そんなわけなかった。だよな。幽霊の存在を信じているとはいえ、それはなんというか……こう……空の上から見守ってくれていたらいいなぁみたいな、そういうメルヘンチックなイメージであって、墓場でドロンと出てくるタイプは普通に怖い。


「やれやれ、脅かしやがって……」


 三十分ぐらい、墓場で気絶してしまったみたいだ。俺は背中に付いた小石を払い落しながら、ゆっくりと立ち上がる。


『ちょ、ちょっと大丈夫なの⁉ しっかりして! もしかして病気⁉ ちゃんと病院に行った?』


 目の前には、やっぱり墓石に座った女子小学生がいる。しかも薄っすら半透明でおどろおどろしい冷気まで纏っていて、もはや絵に描いたような幽霊だった。


「ギエエエエエエェェェェェェェェェェェェッッッッッッ」


 ガチギレしたフリーザ様みたいな奇声をあげつつ、俺はまたも腰を抜かす。


『ひやあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ』


 すると向こうも、負けじと大声を張り上げてきた。


「は? え、あっ」


 俺と幽霊は、そこで完全に目が合った。正面から見て、改めて確信に至る。これは間違いなく三ツ瀬マキだ。俺が最後に見た彼女の姿そのままである。


『えっ……もしかして、見えてる?』

「見えちゃってる……な」

『嘘⁉ 声も聞こえてる⁉』


 マキは墓石から飛び降り、バタバタと周囲を駆け巡った。厳密には、地に足がついていないので駆けたというより飛んだという方が正しいのかもしれない。


『な、なんで⁉ もしかして……渉まで死んじゃった⁉』

「いや、生きてるけど。普通に」


 彼女があまりにも慌てふためくので、段々こっちが冷静になってきた。なにせこっちは同じ一日を何度も繰り返してきてるんだ。今さら幽霊が出たって驚かない。世の中にはそういうのもあるんだろ。うん。

 ……いや、驚かないは嘘だな。驚きはするけど。最近は驚くことがありすぎて、もう驚き疲れてきたのかな。


「えっと……お前、マキだよな?」

『え? さ、さぁ? どうかなぁ?』

「どう見てもそうだろ。なんで認めないんだよ」

『うぐ……うーん。い、いや、そんなことより大丈夫なの⁉ 突然倒れた時はどうしちゃったのかと……』

「お前がいきなり出て来たからビビってんだよ‼」


 墓場でいきなり死んだ幼馴染が現れたら誰だって気絶するだろ。決して俺が腰抜けのチキン野郎だから気絶したわけじゃない。皆するんだ。しない方がどうかしてる。


「お前は……幽霊……なのか?」

『あ、はは、まーね。そういうことに……なるのかなぁ。そりゃ驚くよね。死んだ人間がこうやって出てきたらさ』

「まあ……そうだな」

『まさか私が見えるなんてねぇ。渉に霊感があったなんて驚きだよ』

「霊感……俺に?」

『そうでしょ? だって私のことが見えてるんだから』


 俺って霊感があったのか。へぇ……初めて知ったな。幽霊を見たのはこれが初めてだし、心霊現象の類に遭遇した経験もないのに。


『ま、そんなことはどうでもいっか。また話せて嬉しいよ。渉』


 実に五年ぶりに、俺はマキの笑顔を見た。屈託の無い、年齢の割に大人びた、綺麗な笑顔だ。


「幻……じゃないんだよな?」

『幻がこんなにハキハキ喋るわけないでしょ? なんというか、ちょっとこの世に未練があってさ。ここに居座ってるんだよ』


 未練……か。そりゃそうだろうな。一度も外出できず、学校にも行けないまま、十二歳という若さで人生を終えたのだ。やり残したことなど数えきれないほどあるだろう。それこそ、化けて出てもおかしくないぐらいに。


『渉のことはずっと見てたよ。私との約束を守るために、一生懸命頑張ってくれてるのも知ってる。渉は本当にすごいね。随分格好良くなっちゃってさ』

「お、おう……まあ……」


 まさか本人からこんな風に認めてもらえる日が来るとは思っていなかった。恥ずかしいというか照れ臭いというか……むず痒い気分だ。


『でもさ、一つ言いたいこともあるんだよ』

「……なんだ?」

『渉さ、モテることに拘り過ぎじゃない?』

「……だって、そういう約束だったじゃないか」

『確かに皆に愛される人生を送ってほしいとは言ったけどさ。別にそこまでモテモテになることに拘らなくたってよくない?』

「い、いや、大事だろ! せっかく頑張って自分を変えたんだぞ⁉ どうせならモテモテになりたいだろうが!」


 つい夜の墓場で大声を出してしまった。他の幽霊まで目覚めたらどうしよう。今度こそ流石にチビるかもしれない。


『ふぅ~ん……そんなにモテたいんだ』

「あ、当たり前だ。男なら誰だってそうだろ。それともなんだ? 俺がモテ始めて嫉妬でもしてるのか?」

『べ、別にそういうわけじゃ……こっちはもう死んでるんだから。渉がどれだけモテようが、そんなの関係ないし!』


 マキは両腕を組み、口を尖らせながらそっぽを向いた。


 こうしていると、本当に昔に戻ったみたいだ。幽霊のマキと話せるだなんて、リセット現象よりも現実感がない。

 ただ、やっぱり俺はマキがいなくなって寂しかったんだ。また彼女と話がしたかった。一緒に遊びたかった。だから五年経った今でも、こうして墓参りにやってくる。

 だから俺はすんなり受け入れられているのだろう。幽霊と会話するなんて、馬鹿馬鹿しいにもほどがあるおかしな状況だが、俺はこうなることを心のどこかでずっと望んでいたんだ。


「…………なあ、お前に聞いてほしい話があるんだ」

『何? 改まってさ』


 マキはいつだって俺の味方だった。俺が弱音を吐けば、彼女は笑いもするし、小馬鹿にもする。ただ、絶対に最後は俺の味方をしてくれた。

 だから俺は、マキには何でも相談できた。学校でのことだって、親にも言っていなかった悩みを、マキにだけは打ち明けられた。


 このタイミングでマキの幽霊と出会ったこと。きっとそれは偶然じゃない。普通なら一笑に付されて終わりの話でも、マキならきっと聞いてくれる。信じてくれる。


「────俺は、リセットを繰り返して、同じ時間を何度も経験してるんだ」


 誰にも相談できなかった最大の悩み。俺はこれを五年ぶりに現れた幼馴染に打ち明けてみることにした。

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