第4話 パラタインヒル家の人々

 その鉄格子の門を飾る金の鷹(といっても金はすでに剥落していたが)は、パラタインヒル伯爵家の紋章である。

 門の先では、まずまずの庭園がまず来客を歓迎し、千余年踏ん張る伝統と格式のパラタインヒル邸への案内を務める。

 高い中央から左右に翼を広げた蔦まみれのその古館は、見る者によって歴史的にも汚らしくも映るだろう。

 館の主にして領主であるパイシーザーは、その中の書斎の赤絨毯を行ったりきたりしていた。鼻の下やあごに程良くたくわえたひげ、あるいは白い物の混じってきた髪をかきむしってはあわてて整え、日頃から深い眉間のシワを一層深くして、落ちつかぬ様子である。


「信じられん。それでは、ヨミナはドラゴンホルダーを、それも、若い男を連れこんだと言うのか?」


 問いに、色白の乙女のような息子がソファでうなずく。


「まともな神経じゃないわ!」


 その隣に陣取る婦人が、粘っこい金切り声を上げた。

 プレジテトラ・パラタインヒルは、前パラタインヒル伯爵の一人娘にして、現パラタインヒル伯爵夫人であり、ソファに腰かけていると縦と横の寸法がほぼ等しくなる、でっぷりとした体格を誇る四十女である。


「あたくし、あの子のことではどれほど悩まされてきたか。夜もろくに眠れず、日々、身を切られるような思いを……」


 パイシーザーは、嘆く妻を黙視した。

 その身は、切られるどころか年々膨張、近年ようやく安定期に入っていた。

 赤い頭髪からローヒールに至るまで星の数ほど飾られた宝石の負荷をものともせずに蓄積された脂肪は、かつて『パラタインヒルの白百合』とうたわれた彼女の美貌を抹殺した元凶といっていい。

 その罪は、ほかならぬ彼女自身の旺盛な食欲と昼夜を問わぬ睡眠によって幇助されてきた。

 パイシーザーはこの矛盾には目をつぶり、いつだって優しく接する。


「心配せずとも、お前は今でもうるわしい。そうして座っていると、故郷の鏡餅を思い出す」

「だから?」

「だから……娘にも、是非美しい愛情を」

「あたくしが産んだんじゃありません、あんな醜い邪悪なドラゴン娘!」


 ミシミシと音を立てる扇を握りしめた母の大きな手に、息子は美しい手をそっと重ねた。


「姉上は、美しく優しいお方ですよ」

「その二つは両立しない。悪党ほど、うまく取りつくろうものよ、ユーサリオン」

「僕は姉上の弟に生まれて幸せなのです。それは取りも直さず、僕が父上と母上の息子であるということなのですから」

「ああ! あなたこそ、美しさと優しさを兼ね備えた子。パラタインヒルの寛容の精神は、あたくしだけの体を通って、あなただけに受け継がれているわ」


 感極まった母は、同じ色の髪を生やす息子の頭を力いっぱい抱き寄せ、豊満な腹の上の胸に収めた。

 ユーサリオンは、わずかに顔を背けて口を逃がすと、


「ただ、クスル卿のことが気がかりで……」

「そうよ。これまでだってあの白いドラゴンのことは目をつぶっていただいてきたのに、今度はよそのドラゴンホルダーをうちに入れたなんてお耳に入ったら大変。何とかなさい、パイシーザー!」

「な、何とかって?」

「その、白シャツを変形させてまで自己主張している筋肉は無益な若作りですか? あの、あたくしたちを苦しめ悩ませて笑っている小悪魔を、それで引っ叩いておやり!」

「む、娘を引っ叩くために鍛えてるんじゃない。そう責めるな。生さぬ仲とはいえ、ヨミナはお前を『母上』と呼んでいるじゃないか」

「『お母さん』は生みの親一人だからでしょ」

「……そもそも、ドラゴンドラゴンと目くじらを立てるが、私がヨミナくらいの時には王都にもたくさんいたんだ。廃竜法なんて、ここ十年二十年の……」

「昔話は結構。どの道、あんなものはもう古いというのが現代のトレンドなんです」

「新旧と良し悪しは違うだろ?」

「黙らっしゃい! あなたまであたくしを苦しめたいの? あなたを婿に取った泉下の父母に仇なすつもり?」

「そんなことは……」

「いまいましいドラゴン娘のせいで、領民の流出に歯止めがかからず、生産は減少。かつて『自然がつむいだ詩』とたたえられたパラタインヒルの地代は暴落の一途」

「いや、若い世代が都会に行きたがるのは、ヨミナがシロを飼う前から……」

「そんなあたくしたちをお見限りにならず後見くださっているクスル卿が、廃竜法を支持していらっしゃるの。つまり、この家にとって、ドラゴンなんてダニやゴキブリ以下ってことよ」


 議論白熱の最中、白髪のてっぺんから足の爪先までかしこまった老執事が、開け放しのドアをノックして静静と入ってきた。


「旦那様、ヨミナ様が、お話があると」

「何? 話? まさか、連れこんだ男も一緒じゃないだろうな?」

「お二人で応接室にお待ちです」

「まさか、昼飯でも食おうってのか? つき合ってもない乙女の実家へ初めてきて? 今日の若い男に常識はないのか?」


 頭を抱えるパイシーザーに、妻は冷たく言い放った。


「今日びドラゴンホルダーを名乗る輩に、常識なんてあるもんですか」


 

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