第5話 暴風宣言

 壁の絵画や調度品はまずまず優美なるも、厚いカーペットや椅子の布地は古雅にしてやや暗く、ツタまみれの古館の応接室に相応の有り様だった。

 パイシーザーが妻と入ると、愛娘と銀髪の青年が窓辺のソファに並んで談笑している。

 父は、拳を握り、人生で最も引きつった微笑を浮かべて、テーブルを挟んで彼らの前に立った。

 合わせて起立していた青年は、


「お邪魔いたしております」


 と見事なお辞儀で、伯爵夫妻との面会の栄を謝し、自己紹介ののち、訪問の経緯を簡単に述べた。

 その後、当たり障りのない雑談の間、パイシーザーはこのリューガストと名乗る馬の骨を値踏みした。

 初めこそ嫌らしい目つきだったが、馬の骨の作法をわきまえた慇懃な態度に、徐々に辞色をやわらげる。

 そこでヨミナが、最善ならざるも最悪ならざるは好機とばかり、本題に入った。


「彼との出会いは運命だと思っています。これから二人で繁殖に努めて行きたいと考えています」


 父は絶句した。

 すぐさま娘の隣の馬の骨からドラゴンの話であることを補足されると、大きく息を吐き、表情を緩たのは、愛娘自身の繁殖行為と早合点していたのだろう。

 とはいえ、ドラゴンならドラゴンで返事は難しい。

 人差し指で自身の膝をリズミカルに打ち、視線をさまよわせながら熟慮ののち、


「それにしても、この時世にドラゴンホルダーとは、その……勇ましいことだね」


 ひとまず別の話をリューガストへ振った。


「ドラゴンもまた、この世に生きる一つの種です。現代人の悪感情でいわれなき迫害にさらされるべきではない」

「私もモンスター使いの端くれ。ドラゴンにも寛容なつもりだが、君のようには動けない」

「称賛はお嬢様に。重いお立場で、かようにご立派なお振る舞い。ご愛育の賜物でしょう」


 リューガストはブレジテトラにも微笑みかけたが、頬を膨らませた彼女とは視線が交わらなかった。

 それで、すぐパイシーザーに向き直り、


「当家にお入りになる前の、つまりパイシーザー将軍のご高名は、幼い頃より拝聴して参りました。数々の武勲はもちろん、時に敵兵にも温情を施されたご人徳、身分にとらわれぬ抜擢であまたの英雄を送り出されたご見識、まさに武将の鑑である、と。ご令嬢のご賢明も、まさに父君譲りと申せましょう」


 と持ち上げると、こちらは効果覿面。父君はくすぐったそうに満面の笑みを浮かべた。

 その後は、リューガストのドラゴンの性格や、繁殖の当てなど、身を乗り出して詳しくたずね、いつしか笑い声も上がり、話に花が咲いた。

 すると、それまで口をつぐんでいたプレジテトラが大きな咳払いとともに突如変節。


「あたくしも、母として、ヨミナの運命の出会いを喜んであげたいわ。ただね、いつもお味方くださっているクスル卿には、これまでもドラゴンのことで散々お見逃しいただいているのに、この上さらに王法に背き奉りご迷惑をおかけするのは、さすがに非道ではないかしら?」


 真っ当な意見であり、初めヨミナも返答に窮した。が、彼女はドラゴンホルダーである。


「では、古い、飽きた、というだけでドラゴンを排斥することは道理でしょうか? 皆が間違えているからといって、私まで間違えたくはありません。一生をかけても、彼らを真っ当に生かしてあげたい。それが私のただ一つの夢なのです」


 娘の勇敢な姿勢は母のこめかみを引きつらせ、立派な決意は父の顔を青ざめさせた。


「一生って……け、結婚は?」

「考えてません」

「考えなさい! 私は、武人の道をあきらめてこのパラタインヒル家の婿養子となり、母と家柄、のちに弟までお前に与えた。私が戦場にい続けては、万一の時、お前が天涯孤独になるかと心配したからだ。さらに、最悪の場合家族以外すべてを失う覚悟で、シロの飼育も認めている。お前の夢だからだ。恩に着ろとは言わないが、そんな父にお前は孫の顔一つ見せんつもりか?」

「私に子ができなくても、お父さんにはユーサリオンがいるわ。でも、ドラゴンは私が助けなかったら……」

「お前の子は、お母さんの孫だ! あの世で見守ってくれているお母さんを安心させたくはないのか? お母さんの血を受け継いでいるのは今やこの世でお前一人なのに、自らそれを絶やすのか?」


 パイシーザーは、娘の良心がさいなまれそうな文句を次々とまくし立てた。


「お母さんお母さんて、あたくしの前でずいぶん……」


 元妻への思いやりが思いがけず現妻の感情を害し、パイシーザーは必死の謝罪を余儀なくされたが、狙いの効果もしかとあげていて、うつむいた娘の顔には苦しい胸の内が十二分に表れていた。

 が、ややあって面を上げたヨミナは、吹っ切れたような顔つきで宣言する。


「わかりました。では、こちらのリューガスト・ヴィアンに嫁ぎます」


 この決断の衝撃は暴風のように父母を襲い、二人を大いに仰け反らせた。



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