第8話 アフリカ某国

 シャワーを浴びてからホテルを出たのは7時直前だった。もう日差しはきつくなり、石造りの道からの照り返しが肌を焼くのを感じた。道を車やオートバイ、自転車が走っている。露店を並べる者、店のシャッターを開ける者もいる。

 4年前には考えられない光景だっただろう。下手にシャッターを開けようものなら略奪にあったし、道路を歩けば銃弾や迫撃砲弾の巻き添えを受けかねなかった。

 その様子を過去の物にしたのが、現在の首相を務める人物だった。今日は内戦の終結が宣言された記念日にあたり、彼の演説がこの街で行われる予定になっている。もちろん彼だけでなく、国内外の多数の人間が関わっている。そして、私が属する会社もそれに貢献している。


 今月は彼が国内各所で遊説を行い、今日は最終日になる。彼の安全を守り、演説を成功させ、後を託せるほどに軍警察の警護能力を向上させること。これがこの国で行う私の最後の仕事になっている。

 5分ほど歩き、私は行きつけのカフェに入った。この街に来てから、毎朝の朝食はこの店で取っている。この店のコーヒーが一番うまかったし、ウェイターが誠実な男だというのが大きかった。釣り銭はごまかさないし、注文の取り方とおすすめのメニューに品が感じられた。

「おはようございます、ムッシュー」

 店内は早くも半分ほど埋まって、誰もかれもが注文を初めて忙しそうだったが、ウェイターはすぐに席に案内してくれた。この国はかつてベルギーの植民地で、大戦後は英語を導入していた経緯がある。そのせいで、現地の言葉とフランス語と英語のいずれもが使われている。

 たいていの住人は、地元の言葉と英語かフランス語のどちらかが話せるバイリンガルだ。ウェイターは両方が使えたが、カフェの店員っぽいという理由でフランス風の呼び方をすることにしているらしい。

 私のことは「首相と関わる仕事をしている」とだけ話をしたが、それだけで彼は私に対して恭しい態度を取ってくれた。最初の内は少しばかり心づけを渡そうとしたが、彼は辞退した。それほどまでに首相は人気がある人物だった。


 5分ほど待つと、朝食が運ばれてきた。朝のメニューはサンドイッチとコーヒー。具はニンニクと玉ねぎを入れたオムレツと、スパイスで味付けした鶏肉の2つ。コーヒーはモカで、スパイスで味付けをしている。材料は全てこの国で取れたものだった。店が新鮮な材料を使った食事を出せるのは、産業と流通が安定している証ともいえた。首相の功績はサンドイッチにも表れている。

「今日は忙しくなりますね」

 伝票を出しながらウェイターが言う。

「そうだね。君も見に来るんだろう、演説を?」

「もちろん。まあ店があるから、見に行けるときは良い場所は埋まってしまっているとは思いますが、やっぱり見に行かないと。では、ごゆっくり」

 ウェイターが仕事に戻るのを見届け、私はコーヒーで口を湿らせてからサンドイッチにかぶりついた。彼の言う通り、今日は忙しくなる。食事はしっかりととらなくてはいけない。

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