EPISODE 2

 当然返事はないが、この花はにさんだ。きっとあいつに姿を変えられたんだ。この襷も兄さんと同じ髪と目の色だし。僕がみつけやすいように目印として兄さんが置いてくれたのかな。それとも…



「…悲しんでいるあなたを愛する」



竜胆の花言葉だ。これをあいつがわざと置いていたとしたら?。絶対に赦せない。

 この花を摘めば兄さんが人間に戻る気がした。手を伸ばして花に触れようとした時、不意に横から声をかけられた。



「それ、摘んじゃうの?」



あいつの声だとわかって咄嗟に鎌を構える。



「そんな怖い顔しないで。僕はただ、君がその花を摘むことで追わなければならない責任にるいて教えてあげようと思っただけだよ」



めの前には確かにあいつがいるのに、分一気も風に溶けてしまいそうなほど優しい声音も、何よりも目つきが別人だった。



「どういうこと?」


「急いで決断してもいいことはないよ。僕と少しおしゃべりをしよう」



あいつが物腰柔らかな人物を演じているのかと最初は疑いが晴れなかったけど、本当に別人のようだ。

 渋々兄さんから離れて彼の方へ歩み寄った。隙をついて攻撃してきた利、僕を騙したり使用としてる様子もない。警戒は解かないけど、得に害はなさそうな奴だと判断した。自分の人を見る目は結構信用してる。



「ここの花、綺麗でしょ」


「そうだね、全部白いけど」



全部白いけど、全部違う花だ。



「源星が他のどの星よりも輝く理由だよ。僕が育てているんだ」


「君が?」


「うん。毎日おの如雨露で水をあげてる。この花畑広いから大変だけど、他にすることもないから」


「何で白い花ばっかりなの?」


「不死鳥は白色を好むみたいで」



不死鳥?



「不死鳥は自分が皓色だから、同色の物を見ると安心するみたいで」


「不死鳥って本当にいるんだ」


「君の後ろにもいるよ」


「は?」



振り返ると、もの凄い勢いで薙ぎ払われた。



「ははは、今日も元気だね」


「攻撃されてるッ?」



前につんのめった勢いで顔から地面に転ぶ前に、受け身を取って前転し耐性を立て直す。



「違うよ。久々の来客に喜んでるんだ。でもちゃんと嫌だって伝えないと仲間を連れてきちゃうかもよ」



低く身構えていたけど、攻撃されているわけではないとわかって背筋を伸ばす。



「何羽もいるわけ?」



呆れて彼にそう尋ねると、不死鳥は身軽に空へ飛び立ち見えなくなった。



「あー行っちゃった。仲間を呼びに行ったのかな」



勘弁してよ。



「君は黒い服を身に纏っているから珍しかったのかもね」



そういう彼は辺り一面に咲く花の花弁のうように柔らかな白色の装いだった。

 よく見ると、真っ白なその衣服には、金色の虫の意匠が施されていた。花間を飛び回る黄金のミツバチや蝶は、花と勘違いして彼の服にとまるとそのまま布に溶け込み黄金の刺繍のように衣服を華やかに飾った。気が済むと無知師たちは再び服から浮かび上がり実体を以って飛び去って行った。

 目を疑うような光景であるのに、その様子を彼が微笑まし気に眺めているのを見ると、なんだか自分の驚きなどどうでもいいことのように思えた。



「…ああでも、君がさっき摘もうとしていた花が咲いた時もみんなしばらく珍しそうに眺めてたよ。白いのにおかしいね」


「あれは僕の兄さんなんだ。あの花を摘めば人間に戻せると思う。せっかく君が育てた花だけど、摘ませてほしいんだ」


「それはいいけど、ここからが大事な話」



如雨露で近場の花に水をあげながら伏し目がちに続ける。



「あの花を摘むと、源星以外の全ての星が消滅しちゃうんだ」


「…全ての星が。どうしてそんなことが起きるの?」



答えてはくれなかった。

 兄さんを元の姿に戻すには、全ての生き物を犠牲にする。つまり、殺すってことだ。



の時間は有限なんだから、ゆっくり考えたらどうかな」



僕ら、という彼の言葉に少し残念な気持ちを覚えながら尋ねる。



「やっぱり君も死神なの?」



頷き「たぶんね」と苦笑した横顔はどこか悲し気だった。

 この星に降り立った時に感じた寂しさに似た雰囲気を纏うこの死神は一体誰なんだろう。



「そうするよ。そろそろ異空間に戻らないとあいつに怒られちゃう」


「そうだね。じゃあまた」


「うん」



兄さんを置いて行くのには後ろ髪を引かれたけど、ここにいるってことがわかっただけでも収穫かな。






○ ○ ○






 今日、もう一度源星に行こうと思う。

 源星で兄さんを見つけたあの日からずっと柄にもなく悩んでいた。

 死神になる前の僕なら迷わず兄さんを助けたと思う。兄さん以外はどうなっても構わない、兄さんさえ助かればいいって思ったはずだ。

 だけど、死神になって各星の生き物たchしの生を刈り取る仕事をしていると、命がどれだけ大切なのかを鎌の重さで感じる。

 例えば老衰で寿命を迎えようとしている生き物の命を刈ることは容易い。死が近いってその生き物自体もわかっているし、比較的受け入れやすい死なんだと思う。そういう命は心地よく刃が通る。

 一方でまだ幼い命は、当事者もその家族も、死への準備や覚悟が出来ていない。そのせいなのかはわからないけど、そんな命はなかなか刃が通らない。

 直感で命を刈り取る、この直感っていうのは死神に備わった最悪の感覚。

 最初はこの直感っていうのがわからなくて、刈るべきかどうかは頭で考えてた。仕事をしていくうちにその直感が何なのかわかった気がする。

 自分の意思とは関係なく働く感覚だからどうしようもないし、そうじゃないと死ぬ命に偏りが出ちゃうから仕方ないんだろうけど。死神って結構きつい仕事だと思う。

 普通ならそうやってちょかんで決まり失われる命が、僕の私情で失われていいのかな。兄さんを救うってそういうことだよね。 

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