EPISODE 3

 他の神に頑張って新しい命を創造してもらえば一億年も経たずに元通りになるかも、なんて思ったけど命ってそんなに軽くない。

 今生きている命に代わりはきかない。僕にとって兄さんに代わりがいないように。

 他の命を思っていたら兄さんは助けられない。だけど兄さんを選べば命のバランスが崩れる。…今動いている世界が終わる。

 兄さんを選ばなかったら兄さんはどうなっちゃうんだろう。それに全ての命が失われた世界がその後どうなるかも判然としない。

 どちらを選ぶか心を決めてここへ来たはずなのに、まだ頭の中を嫌な想像がぐるぐるしている。頭を抱えながら花園とも言えるこの広大な地を彷徨い、兄さんの元へ向かう。



「久しぶり」



花の上に根ぞべっている彼は不死鳥と寄り添うようにして兄さんを愛でていた。



「君がいない間、この子がお兄さんを瞠ってくれていたんだ。もしかしたら会話が出来るのかもしれないね」



しゃがみ込んで不死鳥を撫でてやる。



「僕の代わりに兄さんの傍にいてくれてありがとう」



こちらの言葉がわかるのか、不死鳥は頷いているように見えた。



「答えが出たからここに来たんだね」


「うん」



彼は立ち上がると花になった兄さんから一歩退き、僕のために場所を譲ってくれた。

 震える手で花にそっと手を伸ばし、触れる。



「ごめんね兄さん」



零れ落ちる涙を、前に横たわった彼と不死鳥が不思議そうに見てくる。



「兄さんならきっと……許してくれるよね?」












花を摘む











 すると辺り一面に咲いていた白い花がざわざわと揺れた。この強風は星々が消滅する爆風によるものなのかな。



「お兄さんを選んだのはどうして」


「…責めないで。これでもちゃんと悩んだんだ」


「責めてなんか。単に気になっただけだよ」



結局、自分の欲には抗えなかった。

 何を犠牲にしてでも自分の守りたいものを守りたいし、そのために他の命がどうなってもいいって心のどこかでは思ってる最低な奴。

 兄さんが一番大切って気持ちは本当だけど、きっとそれ以上に僕は―――



「自分の気持ちを犠牲になんて出来ない、ヨクにまみれた存在だからだよ」



彼はどこか満足げな表情を見せてから指さした。



「お兄さん、元の姿に戻ったよ」



握りしめていた花はどこにもなく、足元に広がる花のベッドに横たわる兄さんがいた。



「よかったね」


「…うん」



涙ぐむ

目元を隠すように腕でごしごし擦る。



 兄さんの目が覚めるまでずっと考えていた。この後僕がどうなるのかを。

 きっと死神として絶対にやってはいけない禁忌の選択をしたとか言って、あいつに激怒されるだろうな。説教で済むならまだラッキーだ。もしかしたら骨も残らない殺され方をするかもしれない。

 死ぬのは、怖い。

 こんなにも長い時を生きて起きながら尚まだ生きたいと願う自分は、本当に欲深いのだと自嘲的な笑みをこぼすバク。

 ほどなくしてサミエドロが静かに目を覚ました。



「…バク」


「あ、目が覚めた?」



兄さんは目じりを細くして愛おしげに僕の頬に触れる。



「お疲れ様」


「?」


「何でもないよ。心配かけてごめん」



帰ろうと言って立ち上がり花畑を行く兄さん。ついて行こうとする足が竦む。異空間に戻ったら兄さんと永遠の別れになるかもしれない。



「どうしたバク」


「ううん」



死を嫌がる足を拳で殴って言うことを聞かせ、兄さんにゆっくりと歩み寄る。差し伸べられた手に手を伸ばして、小さい頃みたいにしっかりと手を繋ぐ。



「もう行っちゃうの?」



不意に耳元で声がして付近を見回すが、誰もいない。少し遠くに目をやれば、そこには如雨露を持った彼が見えた。

 兄さんに少し待っていてもらって、彼の方へ走り寄る。



「浮かない顔だね。今にも泣き出しそうだ」


「これからあいつのところへ戻る。兄さんを救うために全ての命を犠牲にした僕はきっと殺されちゃうから」


「そうかな」



不思議そうな顔をするわけを知りたかったけど、それを許さないかのように彼は言葉を紡いだ。



「それにかっこよかったよ」


「え?」


「大切なものを守りたいからといって、なかなか出来る決断じゃやないよ」



唖然としてしまったけど、少し気が楽になった。



「実を言うと、あいつから逃れられないかなって企んでるんだ。大切なもののためとかそんな風に言ってくれるけど、僕は多分僕が一番大切なんだ」


「自分を大切にすることは悪いことじゃないよ」



微笑む彼を尻目に、兄さんの方へ踵を返した。



「じゃあ行くね」



走り始めてすぐ、あることがきになり振り返る。



「ねえ君名前は?」



もう二度と会えないかもしれないから、最期に名前くらい知りたい。



「シャープ。またねバクくん」



 頷くことが出来ないまま兄さんの方へ。手の震えを隠すように、さっきよりも強く兄さんの手を握った。








 強風が近づいてきて、視界にかかる髪をよけるように耳にかけるシャープ。その隣に並んだのは瓜二つの黒い影。



「バクくんは死神としてどうだったの?」



死神は一貫した信念を持っていなければならない。己の芯がぶれると世界が歪む。だからあの二人にはそれを確かめさせてもらった。



「シャープはどう思ってる」


「正直サミエドロよりも彼の方が好きから。自分の欲に忠実で、それを隠さない」


「そうだね。僕が与えた第二の試練も突破したし、あの子はサミエドロより優秀な死神になる」


「バク君はそっちに殺されるって思ってるみたいだったよ。逃げようともしてた」


「散々躾をしたせいでもっと嫌われたかな。バクなら試練に気がつくとも思ったんだけど」


「頭にはあったかもしれないけど、それをゆっくり考える余裕はなかったんじゃないかな。お兄さんの命がかかっていたから」



死神は静かに微笑わらった。



「サミエドロもバクも一人で完全な死神になることは出来ない。サミエドロは優しく自己犠牲が過ぎるし、バクは自分の欲に忠実すぎる」


「二人合わせたら丁度いいね」


「最初からそのつもりだったよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る