源星に足を踏み入れる者

EPISODE 1

 源星から二番目に近い地球でなんけんか仕事を終えて、通りかかった公園のベンチに適当に腰かける。



「そろそろお休みになられた方がよろしいかと…」



果実の神――林檎くんは立ったまま気遣ってくれるけど、そういうわけにはいかない。あいつに命令された一日のノルマをとっとと達成して、今日も残った僅かな時間で兄さんを探しに行かないと。



「お兄様がご心配なのはわかりますが、私はお休みを一切取らずお仕事と捜索を続けるバク様が心配です」



 兄さんと引き離されてから、ゆうに百年は過ぎている。直感で源星から一番近い星から調べていっているけど、星の数なんてクソほどあって、兄さんはなかなかみつからない。



「大丈夫、伊達に数万年も生きてない。これくらい平気だよ。それより林檎くんも座ったら?」



兄さんの創作にはついて来なくていいと言ったのに、この神は勝手について来た。

 この仕事をやらされ始めた頃は、絶対にあいつが監視をつけるためにこの神をよこしたんだと思った。実際その予想は的中していて、林檎くんは定期的に死神あいつに報告をしていた。いい気はしなかったけど、それを僕に隠すこともなかった。



『気を悪くされるかもしれないですが、死神様に申し付けられた仕事なのでバクさんの監視と報告をさせていただきます』



わざわざ宣言しなくても、気づかれないように上手くやればいいのに。僕だったらそうする。



『今日はバクさんが鎌の僅かな錆びをお気になさっていた事と、仕事と捜索で回った星の報告をします』



多分この神は真面目なんだろうな、馬鹿みたいに。毎回毎回報告する内容を事細かに教えてくれる。報告してもいいですかっていう確認じゃなくて、ただ断言しているだけだけど。でもそんな彼だから少し気を許してやらなくもないかも。

 ベンチから跳ねるように立ちあがる。



「行こう」


「もういいのですか」



公演に数組の親子がやってきたのを尻目に、早めに来るなんて、親も苦労するだろうな。

 子どもや動物の中には僕らの姿が見えちゃうのがいるから厄介だ。それを抜きにしても、源星に近づけば近づくほど、その星に生きる者に意図せず姿がを見られてしまうことがある。基本的に神の選抜の時以外は姿を見せてはいけないから、気をつけるようにって随分前に林檎くんが教えてくれたっけ。

(今日はどの星を探そう)

 初めに神の選抜で訪れた涙でいっぱいの星に向かった。あそこはもう消滅したとあいつが言っていたけど、うそかもしれないから一応行ってみた。だけどあいつの言う通り、本当になくなっていた。

 次に兄さんと僕が生まれた地球と生体反応のあるその周辺の星を回った。それでも兄さんの姿は見当たらなかった。

 地球に行った時に感じたことで気になったのが、兄さんは源星から遠い星にはいないと直感的に思ったことだ。兄さんと僕にはほんの僅かだけど同じ血が流れている。その血が知らせてくれている気がした。



「ではこれからは、源星近くの星を捜索なさるのですか」


「その方が兄さんを見つけられる確率が上がると思うんだ」


「畏まりました」



正直、疲労感はあった。肉体的なものじゃなくて、精神的な。

 盲目な兄さんが困っていないか、いやそれ以上にあいつに傷つけられていないか。考えるだけで吐きそうになるから、最近は考えることをやめるようになった。

 あいつは僕の行動をこの神から聞いているはずなのに、兄さんをさあスことを止めはしない。あいつは僕を兄さんから遠ざけておいて、探すことを容認してる。どう考えても矛盾してるし、何かしらの意図があるんだろうけどそれがわからなくて気持ち悪い。



「まだ回ってない星って他にあるよね。どこ?」


「そうですね」



沢山の星の名前が上がる。林檎くんは物知りで道にも迷わないし頼りになる。



「それから…源星くらいでしょうか」



血管を流れる血が湧いたように急激に熱を帯びる。



「源星ってさ、行けるの?」


「死神様しか立ち入れないと人間の神は話していました」


「そうとだけ?」


「はい」



林檎くんがあいつに報告するのは一日の最後だ。最終的にバレるだろうけど、兄さんを見つけられればこっちのもんだ。怒られようが、痛めつけられようが耐えて見せる。

 そうと決まれば、と林檎くんを誘惑する。



「行きたいなぁ、源星」


「ですが死神様しか…」


しか、ねぇ。それって僕も行けるってことだよね?」



今、幸いにも僕はだ。

 星くんの言った死神様は恐らくあいつのことだろう。だけど、屁理屈を言えば僕も同じ死神様だ。



「言われて見ればそうですね。ご案内します」



はは、誘惑するまでもなかったか。猫なで声の出し損だったな。








 源星に降り立った時、ふと幼少期の寂しい気持ちが海藻され、もの悲しい雰囲気に抱きしめられている気分だった。

 何でだろう、二位s何に初めて好きな人が出来た時のことを思い出した。あの時僕、その子にたった一人の兄さんが取られちゃう気がしてもの凄く怖かったんだ。だからと言って二人の邪魔をしたら兄さんに嫌われちゃうと思って――



「…って、あれ?」



林檎くんの姿がなかった。あいつに報告しに行ったのかと疑ったけど、冷静に考えてみれば違う。彼は神だけど、死神じゃないから源星には立ち入れないんだ。



「ここからは一人で行かないといけないのか」



 不思議な感覚だ。寂しい気持ちになるのに、足元が見えないほど密に咲いた白い花が揺れるとお穏やかな気持ちになる。見知らぬ場所で妙に安心してし合うのがどうも落ち着かない。



「兄さーん」



大声で呼んでみても返事はない。それなのに兄さんの気配だけは確かに感じ取れる。

 兄さんを探してあ雪回っていると、一輪だけやけに心惹かれる花があった。その花を囲むように竜胆の襷が落ちていた。



「……兄さん?」

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