EPISODE 3

 罰は与えられた。

 一つ目の罰は前世の記憶が残っていたことだ。記憶を喰うバクを生み出してしまった自分には、重罪を忘れないという意味でもぴったりの罰かもしれない。



「お兄ちゃんご飯だよ」


「わかった」



先程から催促してくる理由は恐らく、受験勉強を頑張っている俺のために母さんがケーキを焼いてくれているからだと思う。

 俺の好きなカシスのケーキを。



「すぐ行くから」



本棚に本を戻す。



「バク、次はどれを読む?」



気がついた途端、空しくなった。今でも本棚を前にすると癖でバクに話しかけてしまうことがある。悲しい性だな。

 二つ目の罰はピオニーの生まれ変わりと結ばれることはないということ。彼女の兄として転生した俺には永遠に叶わない。

 それでも同じ人間として彼女の傍にいることを許される兄に生まれ変われたことを嬉しく思っている。

 神様に感謝しなきゃいけないな。

 もし、あの時バクを殺して自分も後を追うことが出来ていれば、この場にバクも弟として転生することが出来たのかな。




 この世界で生きることは不思議だ。

 現実はどこまでが現実で、夢はどこまでが夢なのかが判然としない。

 前世の世界では夢と現実に明確な境界線が会って、誰しもがそれを知っていた気がするけれど、その記憶だけは欠損していた。

 自分は今、この夢の世界で魂だけで過ごしている。肉体はきっと前世で生きたあの世界にあって、早速バクに食われて眠っているのだろう。

 それでも今の俺には眠っている感覚なんて少しもないから不思議だ。

 人間は周りをよく見ているな、と前世で感心したことがあった。確かによく周りを見れているとは思う。けど、人間は自分という主体を抜きにして物事を考えるのが苦手だ。そのせいか全体を捉えることが出来ない。

 だからこの世界が夢の中であっても、自身の置かれている状況が夢の中ではなく、本当に現実であるかどうかなんてことを疑わない。疑う人がいないわけではなかったが、それは答えの出ない問いとして宙を漂うだけ。

 その方が幸せだ。こんなつまらないことを考えて生きるよりも、そっちの方がよっぽどいい。

 考えすぎてしまうのも罪の一つなのか、それともただの性分なのか。いずれにしろ空しいだけ。




○ ○ ○




「ない…ないないない。ないよぉ」



バクは一人、その肥えた体を持て余しながら記憶をただ貪っていた。



「記憶に内容がなくて何も伝わってこない。これじゃ味もそっけももなくて美味しくないや」



 全ての人間の記憶を喰らい、赤ん坊の記憶まで食べつくした。もう記憶を持つ人間がいなくなってしまったのだ。



「どうしよう。お腹がすいたよう」



何度も何度もぼやきながら、屋敷の外へ出て周辺を徘徊した。

 かつて大切にしていた花を蹴散らし、視点の定まらない目で動物の記憶にまで食いついた。



「人間の記憶じゃないとやっぱりだめだ」



誰に言うわけでもなく呟くと、花畑にそれをもどした。



「本なら人間と同じような記憶があるかな」



食べてみてもそれはただの紙でしかなかった。



「兄さんの料理でもいいから食べたいよ」



バクが手向けた紙で折られた花を握りしめた骸骨に話しかける。

 そんなバクの肩を誰かが静かに叩いた。



「こんにちは」


「誰?」


「誰でもいいでしょ」


「人間じゃない匂いがする。僕の舌に合う記憶を持ち合わせていないなら帰ってくれるかな。僕今すごく忙しい」


「忙しいところ悪いんだけど、ちょっとお前は裁判にかけなくてはいけなくなってね」


「はぁ?」



温度を感じさせない笑みを浮かべた男は、バクの胸ぐらを掴んで立ち上がらせた。



「来い」

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