REALITY

EPISODE 1

 バクは気を失っていた。目覚めると椅子に縛り付けられていて、彼を囲むように見知らぬ者たちが聳え立っていた。



「これが例の?」


「バクだよ。サミエドロ、現在は街道かいどうひろしとして生を全うしている者が創り出した生物かいぶつ


「そうですか」



人間の匂いが全くしない。ここはどこだ…?。



「あんたら誰なの?」


「神だよ。わからないの?。君の洞察力と嗅覚だけは評価していたのに残念」



肘置きにしゃがむようにして乗っているのは、さっき屋敷で声をかけてきたやつだ。



「ねえ」


「しー。静かに」



そいつに気を取られていたせいで、青い光を放った神に髪の毛を掴まれた。そのまま椅子ごと持ち上げられる。



「痛いッ痛いッ」


「ほら言わんこっちゃない」



眼前の赤く光る瞳に自分の姿が映った。



「ほう。痛覚はあるんだな」


「やめなさい海の神。悪趣味ですよ」


「そう言う人間の神は人間なんかを作り出してどうだ、満足か?。その人間がまずお前さんに背いてサミエドロ《アダム01》を創って、やつが今度はこいつを創った」


「相変わらず口が悪いこと」



海の神と呼ばれる目の前の神と、白い光を放った人間の神と呼ばれる神が言い合いを始めた。

 周りの神たちは静観しているというより、恐怖で怯えているように見える。

 この世の絶対的な存在であるはずの神が何に恐れをなしているんだ。



「海の神と人間の神、うるさいよ。早く裁判初めてくれないかな。こっちはお前たちと違って忙しいの」



両方の神の顔が強張った。



「へぇ~」


「どうしたのかな」


「あんたが神の中で一番偉いんだ?」


「よくわかったね。でも…」



瞬時に避けて、かわせたという確信があったのに。片手で首を強く掴み上げられ、強い力で締められる。



「口の利き方には気をつけようね。僕hあ死神だから、お前のことなんて簡単に地獄へ落とせるんだよ」



こいつ、攻撃前に殺気とか悪意とかそういう何かしらの気配が全くしなかった。…兄さんみたいだ。

 僕が鬼で兄さんとかくれんぼをすると、いつも絶対にみつけられなかった。気配を消すのはずるいって言ったら兄さんに自覚はなくて、無意識みたいだったな。

 兄さんの記憶を食べて知ったけど、兄さんは人知を超える存在だった。僕の想像していたものを遥に超えた。

 兄さんといいこの死神といい、強者ほど力があることを悟られないように無意識に色んな気配を消しているのかな。そうでもなきゃ、絶対に今の攻撃は避けられた。



「…ああ、そういえば人間の神」



やっと首が解放されて咽るように呼吸をする。



「はい、なんでしょう」


「サミエドロにはそれなりの罰を与えたんだろうね?」


「ええ、勿論でございます。転生してからもずっと悔むように調整しましたわ」


「うん。彼の罰はそれくらいが丁度いい」



死神が目の前を通ると、神々が後退りした。



「さて、次はお前の罰を決める時間だよ。バク」


「凄いやぁ」



死神は怪訝そうに僕を見下ろした。



「本物の権力って初めて見た。僕もほしい。僕は生まれながらに色々なものを持っていなくて可哀想な子だから。ねえ、いいよね?」


「…」


「馬鹿者。死神様の仰ることが聞こえなかったの?。困りましたわね、この者――バクはどういたしましょうか」


「人間の神」


「はいっ」



自分は他の神々より頭一つ分抜きん出ていると思い上がっている人間の神を、死神はその暗黒を宿した瞳でねめつける。



「お前はいい加減にその減らない口を少し閉じることを覚えろ。口を失くすぞ?。人間の神も三代目だというのにこの様とはね」


「しッ、失礼致しましたッ」


「別に神なんて他にいくらでも変わりがきくし、お前じゃなくたっていいんだよ」



 人間の神と呼ばれる彼女は震えていた。

 これまで読んで来た本なんかに神も死神も腐るほど出てきたけれど、本物の彼らを見ていると人間の記憶を食べた時のように心が躍った。



「罰を決めるって言うけど、僕につらいことなんてないから無駄じゃない?」


「そうだね。誰よりもお前を愛してくれていた兄のサミエドロを殺めた時も、たった一人の友人だったピオニーを殺めた時もお前はヘラヘラと笑っていたからね。もう何も感じていないんだろう?」


「どうかなぁ」


「記憶の食べすぎのせいだね」



そう言って背中を思い切り蹴られた。背もたれ越しだったのになんて強さだ。その力もほしいな。



「あれ、これくらいじゃ吐けなかったかな」


「何を?」


「記憶」


「せっかく食べたのにどうしてそんなことしなくちゃいけないんだよぉ」



バクは頬を噛んでしまいそうなほど肥えた口内を動かして活舌悪く訴える。



「記憶は普通の食べ物と違って消化できないからね。君の腹を見れば一目瞭然だけど、滞留するんだよ。悪いけどそれを全部吐いてもらわないことにはお話にならない。記憶を神じゃない者が食べると感情が麻痺するんだ。全部吐けば元に戻るから安心して」



背中を乱暴に蹴られ続けても尚バクは涎を垂らしながら笑っていた。

 命やそれに付随する記憶は神々の食べ物であった。

 バクが記憶を食べ続けることによって神々の力が上手く発揮されず、世界の均衡が狂い始めていた。

 神々だけでは解決することが出来ず、報告を受けた死神が渋々動き出したのだ。



「それにサミエドロは〝特殊〟くらいにしか考えなかったみたいだけど、お前の目は僕の右腕の神が死んだ時に下界に落ちたものなんだ。それが手違いでお前の目になった。だからお前には普通見えないものが見えた」


「記憶とか?」


「それだけかな?」


「動物の気持ちとか、花の声とか?」


「そうだね。お前には気持ちとかそういった類のものも見えてしまっていた。それはそれに相応しい神にしか持つことが赦されない力だ」


「返してほしくても返してあげないよ。もう僕のものだ」



死神は不気味な笑みを浮かべるとバクの目睫の間に迫った。



「大丈夫。お前の目は記憶を吐かせた後に取り出すから。お前のこれからの態度次第では痛くしないからよく考えるんだよ」


「宇宙最強の権力者な死神と張り合うのってどんな気分になるのかな」


「後で泣いても知らないよ」

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