EPISODE 2

「ピオニー?」



幻覚か?。この期に及んで彼女の姿を見てしまうなんて。自分が情けない。



「私はここにいますよ」



彼女は初めて会った時の様に自分の手を取ってくれた。



「なんで」


「こうして触れ合えば幻覚じゃないってわかる。サミエドロさんならきっと幻覚だって思ってしまうと思ったから」


「違う。なんで君がここにいるんだ」



 翌日の朝、俺に会いに来たらバクに殺されてしまったと話すピオニー。

 言い難そうに言葉を選びながら、血を流した俺を見て頭に血が上りバクを問い詰めたことも話してくれた。



「バク君がサミエドロさんを殺したと知って私」



バクに立ち向かおうとしてそのまま…。



「全部俺のせいなんだ。謝って赦されることじゃないとわかってる。それでもどうか謝らせてほしい」



貴方は悪くないと彼女に慰められる度に、そうじゃないんだと胸が苦しくなる。



「…君は知らないだろうけど、俺は人を殺めている。一人や二人じゃない」



 こうして全てを話していくことで自分が楽になるとわかっていた。こんな自分が楽になってはいけないと頭ではわかっていても、思いが口から勝手に溢れてしまう。



「それに、寂しさ故にバクを創り出してしまった」



命はそんな容易に生み出していいものではないのに。そんなこともわからないようだから、バクがああなるのも止められなかった。

 息を呑む気配がした。俺が研究者だということとバクを創ったという話が、彼女の中で繋がったのだろう。

 あの子の持つ力には気がついていたのに、いつも俺は向き合うことより回避することを選んで…。

 他にも、あの子の気持ちを聞こうとしなかった。向き合おうとしなかった。

 俺は兄としても赦されないことをした。こんな俺には大きな罰が与えられるべきだ。

 泣き崩れ膝をつく俺の背中に、彼女はそっと手を添えてくれた。



「君にだって俺やバクが人間ではないことを言わなかった」



ピオニーは懺悔する俺を見て頷くだけだった。怒っているのか憐れんでいるのか、確認するのが怖かった。

 彼女の後ろには彼女の母親がいた。彼女の名前を優しい声音で呼んでいる。

 死んだらバクに食われてしまった記憶も元に戻るのか。



「行きましょう」



手を引かれる先は何とも形容しがたい眩い光を放っていた。



「そっちには行けない」


「よく見てください」



彼女に促されてスクリーンを見ると、矢印が光の方を向いていた。



「サミエドロさんも私と同じ道へ行くようにと、きっと神様はお決めになったのです」



どうして。

 イブ02ですらこの道ではなかったのに。



「きっとサミエドロさんが悔いているところを見ていて、貴方の行いを赦してくださったんだわ」


「次に生れ落ちる世界がもしあの世界なら、またバクに記憶を食べられてしまうよ」



ピオニーは確信のある言い方で、そして笑った。



「人間たちは新しい生き方を見つけています。夢の中の世界は途絶えることなく何万年も続いていて、人間は夢の中で進化を遂げているの」


「神様がそう仰っていたの?」


「いえ、そうだったらいいなって」



ピオニーはあんなにつらいことがあっても希望を見つめ続け、その心に来世への信頼と期待を膨らませていた。

 どうしてこんな時、人間はこんな風に強くなれるのだろう。



「…人間はやっぱり素晴らしい生き物だ」



 転びそうなくらい強く手を引かれる。



 嗚呼、神様。

 バクを一人置いて彼女と生まれ変わることが本当に赦されるのでしょうか。



 そう思いつつも、足はどんどん歩みを進めていた。

 楽な方に甘い方に。自分はダメな生き物だ。もうじき禁断の果実を手にしてしまう。

 きっと今ではないだけ。時が来たら罰は下されるだろう。

 とっくに覚悟は出来ている。

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