〜屈辱の帰還〜

 汚れの部隊ヴォルケヌスが任務を失する――

 予想しなかった悲報は、瞬く間に怠惰なる国家アレッサ全体へ響き渡る。常に勝利を手にする事で勝ち得たの名であったが、その時からそこに込められた不動の意が揺らぎ始めていた。だが――


 末端の現場で悲報を耳にした者達は、


「な……なんですと!? あの伝説にうそぶかれる禁忌……かの滅びを呼びしオメガを賜る呪いが貴方がたを……! そんな……この宇宙人そらびと社会で、絵空事の様な常軌を逸する暴力がいくつも世に生を受けるなどと――」


「騒ぐな……こんな所で無用に声を荒げれば、戦線維持に支障を来す。つつしめ。」


「は、ははぁ! 申し訳ありません!」


 海賊船もろとも、王女の行方を見失った狂犬隊長ヒューリーは歯噛みする。彼をして、これまでそんな屈辱を味わった経験など皆無であるから。だが何よりも彼は、自身が背負うモノへの危機感こそが全面に押し出されていた。


「(相手が何であれ、この失態はやつらの思うツボだ。これ以上は任務への支障すらでかねん。何だと言うんだ……これでは我が同胞や、親兄弟の安否など知れたものでは――)」


 連合常駐前線基地にて、大破寸前の愛機を前にいきどおる狂犬隊長。しかし火星圏の誰もが恐れる彼の思考は、周囲の目に映る危険さからは程遠いものであった。


 その内容を知る者達……汚れの部隊ヴォルケヌス旗艦を頂く艦長が彼のそばへと寄り添った。己が信を置く部隊長殿を労る様に。


「……心中お察しします、隊長。自分ももっと、出来ることがあったのではないかと悔やむばかりで。」


「察すのは構わん。むしろありがたい所だが……皆には触れ回ってくれるなよ?ペジィ准尉。我らの部隊へ、過剰な馴れ合いは不要だ。何のための汚れの名であるかを忘れるな。」


 心中察するとの言葉にも、過度な馴れ合い不要と突き付ける狂犬隊長。その脳裏には、彼がが過っていた。


『貴様がどの様な任務を熟そうと構わんが、連合政府に易のある行いを最優先とせよ。そしてその心に留めておくがいい……貴様が何より大事としている部族の命運は、自身の行動が決める事になる――』

『簡単だぞ? 常に監視の最中である小部族ソシャールへ、。あれを受ければ、部族の住む小ソシャールなど物の数ではない。』


 過る記憶は、おぞましいほどの人間の強欲に包まれていた。詰まる所の狂犬隊長は、


「……クソッタレが!」


 律儀な准尉ペジィと共に旗艦へと戻った狂犬隊長は、自分へ当てられた隊長室扉を潜るや吐き捨てる。それを同部隊員の誰にも聞かれぬ様に……その全てを己だけで抱え込む様に。そんな居た堪れぬ隊長の様を見送った律儀な准尉は、ブリッジへと戻るやクルー達の視線を受けて首を振る。まるで彼の思惑すべてが、筒抜けであるかの意思さえまぶして。


 程なく、連合政府でも見た事のないほどの破損を生んだ機体が、駐留軍の機動兵装修理施設へと移送されて行く。と、それを視界に止める一つの影が、導かれた状況を察するや、誰にも聞こえぬ様に言葉を漏らしていた。


「オメガが現れた、ですと? いやはや、これは大変な事態であります。ふむふむ、ならば必要かも知れませぬぞな。少なくともあの隊長であれば、時が来れば覚醒も叶うやも……。ふうむ、では我らも準備を怠らぬ様――」

「そして、いにしえの封印がいつでも開放できる様備えなければいけませぬぞな。……。」


 影はどうみても、学童の域を出ぬ体躯。しかしその口から、連合政府の犬ではあり得ない言葉の羅列が零れ落ちた。学童の様な体躯に、床へ付く程の艷やかな銀髪揺らし、幼女の如き童顔の双眸へモノクルを輝かせる影――



 その少女が、オメガと対なすアルファとの言葉を口にしていた。



 ∞∞∞



 仮初めの平和から一転した、絶望が蘇るかの事態。そこで邂逅した奇跡の出会いは、私の人生へ転機を呼び込んだ。夢うつつな状態からゆっくり目を開ければ、そこには現実を突き付けて来る光景。


 その日私は、初めてとなる海賊船の客室で目覚める事となった。


「あ……れ?私寝てたの? そっか……もう、あの学院寮じゃないんだもんね。」


「にゅ!目が覚めたにゅ!? ハルーは、姫様の日替わりお付きに任命されたにゅ! さあさあ、いかようにしてやろうかにゅ〜〜!」


「おはよう、ハルーちゃん……でいいのかな――って(汗)。そのお付きの役目とやらが怖いんだけど。」


 起き抜けの視線が最初に見つけたのは、今でもそれが男の子と言われても信じられないあどけなさの、双子美少女の一人なハルーちゃん。けどどうもお付きの意味を理解してない辺り、世間の常識にはうといのかも。


 まあ箱入りで世間知らずは、私も同じ穴のムジナか。


『おー、ふーたん起きたのじゃ? じゃあ身なりを整えたら、軽く顔でも洗って来るのじゃ。どうせそこのガキンチョじゃあ、お世話以前に遊び散らかすのが関の山じゃろから。』


「ぬっ!? この、聞き捨てならないにゅ! やるかにゅ!」


『誰がのじゃロリか! やんのかぁ!?』


「もう、ハルーちゃん……ドアを挟んでケンカされたら部屋から出られないって。」


 と、ハルーちゃんとのやり取りもつかの間、聞こえる同期の声。あろう事か、ハルーちゃんとドアを挟んでケンカをする姿を目撃しまう。それだけでも、ペクリカ含めた同期がこの海賊船とは長い付き合いであるのは想像に難くなかった。


 取り敢えず、ドアの前でかわいい威嚇を放つ男の娘ちゃんを尻目に、早々に支度を開始する私。そばにあった小洒落たデスク上へ、書き置きと共に着替えが準備されてるのも確認した。それは字面からしてもユリンである事は間違いなく、書き置き下に置かれる衣服がこの海賊船内で身に付ける最初の衣服と理解できた。


「意外に海賊らしくないんだね。とてもオシャレと言うか、でも……これからの私にはお似合いかな。」


 かつての王宮で着こなした衣類とも、学院生活で身に着けたものとも異なる出で立ち。僅かばかりの装飾もキレイで輝いており、軍服を着崩す感じで着るであろうそれと、ゴシック超デザインが散りばめられたフリル付きプリーツスカートは、間違いなくユリンの好み。そして――


「ねぇハルーちゃん。この服の下にあるのは……マント? もしかして、四六時中これを羽織れと?」


「にゅっ! そうしろとBBAが言ってたにゅ! ユリンの好みを着せて、ふーたんを我が物に、とか言ってたにゅ!」


「だめだよ、そのB……の下りは。それに我が物……か。ふふっ、あの娘らしい。」


 広げると人目に晒される全面へ、三つ爪をバックに記されたドクロの紋章。詰まる所の海賊である証。でもこれって、普通は海賊船船長が羽織るものだと思うけど。同期が纏えと言うなら、甘んじて受けてもいいかな。


 クローゼットらしいそこへ、今までお世話になった学院制服を預け、下着以外を纏わぬまま衣服を手に取りながら……一応娘であるからハルーちゃんはギリギリOKかなと横目で見やりつつ。スカートを履き、軍服的上着を纏い……そしてその背へと海賊旗の如きマントを羽織る。


 その時から私の心は、全てが生まれ変わった気がしたのを感じた。もう後戻りはできないし、する気もない。もう絶望から逃げるだけの自分を終わりにするため、鏡を見て決意を新たにしたんだ。


「にゅー! フレアねーちゃん、! ハルーもそれ、欲しいにゅ! ハルーいつも、まな板ってイジられるにゅ!」


「……っ!? は、ハルーちゃん……それはまあ無理とまでは言わないけど。それより、それはセクハラって言うんだからね?」


「せくはら? よく分からんにゅ!」


 そしたら、ちょっとアウトか?と思う様なセリフからの、まさかの恨み節が飛ぶ完全な女子思考の男の娘ちゃん。そんな彼女に胸を撫で下ろしつつ、同期達が醸し出す様な空気を感じながら一歩を踏み出した。



 背にひるがえした海賊印へ、初めましてと宣言しながら。

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スカルディセクト ∞ 復讐の海賊姫 ∞ 〜クロノセイバー外伝〜 鋼鉄の羽蛍 @3869927

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