〜異端の伝説、オメガを頂く魔爪〜

 学院を目指した汚れの部隊ヴォルケヌスであったが、すでにもぬけの殻と化した場所を一瞥し盛大な疑念のまま周囲の探索を開始していた。しかし部隊を指揮するヒューリー・ブロウ……火星宇宙軍で知られる〈狂える猛犬〉は、すでに得ている情報の洗い出しにかかっていた。


『隊長っ、ここなんもないっす! アタイもうヘトヘトっすよ!』


『右に同じぃ。学院で情報を聞き出すために、極力破壊行動は避けたつもりだったけどぉ……これじゃぁ骨折り損ねぇ。最初からもぬけの殻じゃな〜い?』


『登校時間前だった事を差し引いても妙ですの。ここまで人がいないなんて……。』


 三機の隊員機、狂犬隊長ヒューリーが駆る〈アイス・バーサーク〉と同型である〈アイス・ドレーム〉より、三者三様の通信が飛ぶ。それを聞き、一考した隊長が口を開いた。


「なるほどな……こちらで得ていた情報の裏が取れた。俺に渡された報告書では、ここが反政府レジスタンスの拠点である確証は取れていたのだろう。だがこの襲撃に対する反応の無さ……恐らくは俺達の王女拿捕の任務が、未然に防がれた形と言う事か。」


『マジっすか!? うそやん!!』


 その言葉へ、機動兵装隊でも感情の浮き沈みが顕著な一人が盛大に項垂れる。ガサツなボーイッシュな雰囲気を散りばめる少女は、派手めの装飾で不規則に髪を結い、髪色もアッシュな白と紫混じる様相。既存のパイロット像から大きく乖離した彼女は、ホムラ・ハインツ少尉だ。


 その姿を眺めてうっとりする女性も、些かパイロット像から逸脱する。隊長への態度も同僚然とした彼女は、縦ロールの舞うブロンドヘアーのおっとり兵。垂れ気味の視線と豊満なバストで、妖艶さを纏うはサミュ・エラ大尉。そして――


『隊長、学院へ続く通路へ不審な構造を確認したですの。恐らくこれが、避難経路と見て間違いないですの。』


「よくやった、クローム。ではそちらを中心に威嚇刺激だ。対象が逃走中の可能性を鑑み罠を張る。こちらで万一の機動兵装出現にも備え……それに合わせて、対象を光学視界へ捉えられる様におびき出せ。」


『イエス・サー。』


 二人の華のやり取りを尻目に、黙々と任務を熟す少女は少女にあらず。僅かに広い肩幅から男性とも取れるも、斜めに切りそろえた薄緑の変則オカッパの奥へ、理知的な縁無しメガネを纏う容姿は紛れもない少女。所謂いわゆる男の娘の出で立ちな彼女は、クローム・ロウ少尉。


 彼女である彼の的確な現場調査へ、素早く反応する狂犬隊長がそこにいた。


 ほどなくおかっぱ少尉クロームは、隊長からの指示へ心を躍らせつつ周辺への威嚇射撃を開始。避難経路の行く先を探知しつつ、且つ無駄な犠牲を払わぬ方向で周囲が実体弾式・重機関砲の乱撃で打ち崩されて行く。やがて、崩れ行く目標地点へ狂気の尖兵アイス・ドレームをホバリングさせた少尉の射撃が止み、著しく崩壊した箇所をズームアップにより探知した。


「ここからやけに崩落が続いてるですの。恐らくかなり大きな空洞か、それと同等の施設があったと――」


 崩落箇所の底が抜けた様な状況で、瞬時に地形情報を弾きだすおかっぱ少尉。が……、少尉の駆る機体が後方へと一気に後ずさる事となった。


「……っ!? これは、どこから現れたですの!? 今この崩落箇所には何もなかったはずなのに……!」


『下がれ、クローム! それはお前一人の手には負えん! 俺が前に出る!』


 情報収集と崩落箇所へと歩み寄ったおかっぱ少尉の機体眼前。直前まで何ら感知されなかったはずのそこで、突如として瓦礫を押し退けそれは出現した。異変を目撃するや後退したおかっぱ少尉と、入れ替わる様に前に出た狂犬隊長の動きは、洗練された部隊然とした鋭さを宿す。しかし――



 それらの前に立ちはだかった脅威は、部隊の練度さえ吹き飛ばす眼光撒いてそびえ立つ事となる。



∞∞∞



 列車と共に少しの高さを落ちた私。衝撃の強さからしても、よく生きていられたと自身の悪運の強さには感服したものだ。けど、それでも破壊された列車の破片で受けた傷は、絶望的な状況を見せ付けて来たのだけど。


「……ここは……つっ! だめだ……足が……。」


 身体のあちこちの擦り傷は何とかなりそうでも、激痛の走る足は確実に生身の機動力を削ぐには十分で、鉄くずへと変わり果てた列車から瓦礫の中へ這いずり出すのでやっと。


 もはやそこから逃走するを図るなんて、無理以外の何ものでもなかった。


 見上げれば地下天井を貫く火星の空。そこでは今も、アレッサ連合政府の追手が飛び回っているのかと想像するだけで、まなじりが濡れて行くのが嫌でも分かる。


 私達はなぜ、彼らに祖国を滅ぼされねばならなかったのか。

 私はなぜ、そんな中でここまで生き永らえてしまったのか、と――


「――そっ……何が起こった!? アレは無事なのか!」


 心を闇にしまい、そのまま死に身を委ねてしまおう。そう思考した私の聴覚へ聞こえるはずのない人の声が響き、追手がここまで迫っていたのかと諦めさえ浮かんだ。そんな私は、そこから想像もしない出来事と遭遇する事になったんだ。


「……おい、貴様! どこから来た! なぜこんな所へ……っ!? ……ひ、め……殿!?」


「えっ……?」


 近付いて来た声の主は耐銃し、私を見るや警戒の本その銃口をこちらへと向け、だけどそこであり得ないものを見る様に双眸を見開いていた。そのまま一言口走るや、銃口を下ろして駆け寄って来た。


「おお……おおおっ! こんな所で……なんとご立派なお姿になられて! 覚えておいでですか……私は騎士団前線隊をまとめておりました、キバ……雷堂らいどう キバにございます! 我らが姫……フレノイア・マルス・マーシャデル姫殿下!!」


「そん、な……あなたは! 騎士部隊長のキバさん……キバさんなの!?」


「はい……自分であります! ……姫殿下、お怪我をなされて!? いけません、すぐにここを離れましょうぞ! 今地上では、連合政府の要請で宇宙から降りて来た汚れのヒューリーが指揮する部隊の攻撃が!」


 それはなんたる事なのか。すでに滅亡・解体されてしまった祖国で、かつて最後の最後まで足掻き続けた信頼に足る王国の剣が、私の眼前へと現れたのです。それは夢か幻か。けれど確かに彼は、姫と呼び、駆け寄り私の怪我を確認するや応急処置を始めている。


 絶望を覚悟した後に降り注いだのは、まさに一縷いちるの望みだった。


 けど、そこで治まる鈍い痛みと入れ替わる様に現実が私へと降りて来て、思わず彼へと問い質してしまった。そもそもこんな場所に彼が訪れる理由が不明であったから。


「キバ騎士長、あなたはなぜこの様な場所へ? ここは女学院の、避難経路延長上のはず――」


「疑問も無理はありません。確かにここまで伸びるは、フレーベル女学院から避難するための経路に他なりません。ですがこの地点こそ、女学院から避難した者達を安全に逃すために設けられたデコイ。そして、、ここに眠っていたのです。」

「自分はあらかじめ、女学院へ潜伏する反政府レジスタンスよりの連絡を受けておりました。しかし奴らの襲撃が予想以上に早く、秘策へと辿り着くまでにこの崩落へ巻き込まれる寸前……けれどそこであなた様と出会う事が叶ったと言う経緯にございます。」


 力強い瞳と、騎士らしい鍛え上げた体格が特殊任務スーツの下へと覗く彼。かつてマルス星王国は機動騎士マシン・ナイトフレーム団に属した前線騎士部隊長である雷堂らいどう キバは、騎士団総団長であるミネルヴァ・マーシャル・グランディッタ様の右腕にして、切込み特攻隊長と名高きお人。なりはすでに、長く身を潜めていたのが分かるほどに判別し辛い容姿だけど、生えっぱなしの頭髪の奥に光る眼光を私は覚えていた。


 絶望を超える一筋の光が照らし、されど今だ危機は続くとばかりに特攻騎士長が傷付いた私を抱えるや走り出す。彼が秘策と発したもののある場所へと向かうため。


「ここから女学院までの間に、異様に長い大格納庫があったのをご覧になりましたか? 実はそこをデコイとし、通路を経て到達するこの崩落箇所こそが秘策を管理する場所でもあったのですが――」

「やつらが派手に暴れまわったため、まさかのデコイの通路ごと崩落する次第。しかし、経路が断たれた時の強行プランも準備しております。」


「秘策とはいったい……。それに、こんな所で一体何を管理して――」


 抱えられるまま問を零す私へ、視線を前へ向けたまま答えるキバ騎士長は、崩落箇所から離れたシャッターの奥へと滑り込む。そのまま私を物陰へ下ろすと、隠されていたタッチパネルを開きいくつかの暗号と思しき物を打ち込みながら告げた。


 そこから、祖国を滅ぼされた私達の反撃の狼煙を上げる様に。


「火星の遺跡に眠るロスト・エイジ・テクノロジーは、ムーラ・カナ皇王国の時代から劣る一方、神代の管理者の許可なく使用する事が叶うため、星王国内でも不逞なる者による悪用を危惧されていました。現にそれを体現した、アレッサ連合国の大罪は明白であり――」

「だからこそ我らは対抗策とし、レジスタンスである〈アンタレス・ニードル〉の残党と協力する事で、それら技術一端の奪還を図りました。」


 騎士長が語るや、先のパネル操作に反応した秘策なる物が機械音を上げて動き出す。崩落した瓦礫を押し退けて、絶望の海から希望を背にして立ち上がるそれは、私も見た事のない荘厳さと険しさを宿す機械の巨人だった。


「その最たるモノこそがこれ……古代文明に記されるオメガの伝承にありし禁忌、グラディウスシリーズの一欠。Ωオメガフレーム〈ディセクター・1000サウザンド〉……これより、!」



 その邂逅を経て、私は復讐の道のりを歩み始めたんだ。

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