〜星王国の意思を継ぐ者〜
その日恐れていた予感が容赦なき刃となり、少女達に許されたささやかな日常を切り裂いた。フレーベル女学院があるクセフ区画は、瞬く間に砲火を浴びて瓦礫へと変貌していったのだ。
『報告にあった通り、その学園にあの王国生き残りが残存しているはずだ。だが相手はたかが小娘一人……
「……了解だ。指示通りの仕事は熟してみせる。」
『ふん……分かっているな? 小娘一人を捉えられぬ部隊に、用はないという事を。』
学生の学び舎が襲撃される事態。そこには先に火星地上へと降下を見た部隊が関わっていた。汚れの二つ名を被るヒューリー・ブロウ少佐と、旗艦イスケンデルベイ含めた、彼の従えるヴォルケヌス隊が政府組織からの刺客として派遣されていたのだ。
『地上駐留地のお役人もあれですが、宇宙軍のロッテンハイム准将もいけ好かないですね。』
「言葉を慎め、ペジィ准尉。貴君は曲がりなりにもそのイスケンデルベイの艦長だ。規律を乱す行動は、任務遂行に支障を来す。」
『……はい、すみません少佐。以後は上層へのあれこれを慎む事とします。』
「すまないな、ペジィ。」
学園の建物が崩れ行く様を憂う様に視線を落とす
火星地上はアレッサ連合政府で極秘発掘された、準ロスト・エイジ・テクノロジーを散りばめた輝きは、火星圏で標準化される人型機動兵装でも特筆した形状と性能を有する。
「アリエス・ウエポンズCO社の、アリエス・ブロウニング・シリーズ最新鋭機 アイス・バーサーク……か。大した得物を与えられた割にこの様な任務……元名門マーズ・ハルトの名も泣くと言うものだな。」
『隊長、ペジィを制しておいて自分は自虐の物思いですの? それこそ士気が下がりますの。』
『右に同じっすね。アタイらは隊長の指示で動くんす……けど、そんな隊長の指揮下での任務はごめんっすよ。』
『ほらほら、皆もこう言ってるわぁ。ヒューリーも、汚れの名を全うして下さいなぁ。』
「……ふぅ。貶すか褒めるかのどちらにしろ。だが、感謝する。では我がヴォルケヌスの誇る、アサルトフレーム実働部隊の諸君……獲物狩りだ!」
次いで彼の機体側へと追従するは、同型ではあるも形状と性能が劣る印象の隊員機と取れる。隊長機含めたそれらは、未だところどころ赤茶けた火星の大地にそぐわぬ青々しい装甲を有し、一般的に重機然とした機体がほとんどを占める
整備性とコストに優れた、箱型ブロックを継ぎ合わせる重機系建造から飛躍させた、人体に近づく各種パーツを強靭かつ軽量な装甲で包むボディ。パイロットの搭乗するコックピットを、中央のやや背部機関から外した位置へ備える点はセオリーであるが、装備される武装に於いても汎用性に長けたマルチパックシステムを採用。
基本武装選択の幅を広げる事が叶う生産性・汎用性に特化した兵装システムは、皮肉にもそこへ武力紛争を見越して組み込まれた、量産性重視思考の現れである。
やがて遠方から砲火を放った四機の機動兵装が、燃え落ちた学園建物へと辿り着く。そこで定められた運命と邂逅するとも知らずに。
一方――
辛くも機動兵装の襲撃を回避する事に成功した女学生達は、散り散りとなって避難経路へと向かっていた。そんな中、襲撃を敢行した部隊の目標たる少女は、友人に手を引かれて最遠へと逃げ落ちる準備を進める。
定めの時が、邂逅を後押しする様に刻一刻と進み行く中で。
∞∞∞
鳴り響く轟音が、否応無しに過去の逃避行を思い出させ、そして今またかつての地獄の日々へと足を踏み入れんとした私。さらには、王国に関わる多くの人の犠牲の中逃げ果せた記憶が、手を引いて駆ける友人にさえも同じ結末を連想させてしまう。
「まだこの避難経路は割れてないみたいだね! さあフレア、さっさとここから逃げないと、あんたがまた悲しい目にあってしまう!」
いつものふーたん呼びから一転、いつも弄られる船無し船長ではない本物の海賊船船長かとも思える友人は、敢えて私の過去を引き合いに出して激を飛ばしてくれる。ユリンだけじゃない……ノルンもペクリカも、そして女学院の先生からあらゆる関係者はそれを知っている。
そもそもフレーベル女学院は、私と言う星王国の生き残りを生き長らえさせるために組織された機関なのだから。けど――
「もういいよ、ユリン。私に関われば、きっと皆ひどい目に会ってしまう。だからユリン達だけ逃――」
「おっと、それ以上は言わさないからね! 今の今まで、学院であんたを匿ってたのはただのお節介じゃない! フレア・リベリアって言う友達のためにやって来た事なんだわ! あんたがなんと言おうと、船長はあんたを助けるんだからね!」
「そうなのじゃ! ペクリカも、それにノルンも同じ気持ちなのじゃ! そんな事を口にする前に、今は走るのじゃぁ!」
思わず口走った私の言葉へ、二人が声を荒げて否定する。今まで以上の熱意をこめて叱ってくれた。だから……だからこそ友人達を、危険な目に合わせたくはなかったのに。
熱意に負けて走り出す私は、通学に使っていたメイン通路を振り返り、その先が土煙とともに崩れるのを目の当たりにした。そう、私が直面しているのは紛れもない現実なんだ。またあの、連合政府の支配から逃亡する毎日が始まるのだ――
そんな、覚悟と言うより絶望が勝った思考のままに、二人と共に避難区画へと抜ける通路を駆けた。
地下層へと降りる通路を駆け、学院と正反対へと抜けたそこ。突如開ける空間は、外界と遮断されているはずの秘匿箇所。巨大格納施設にも見えるそこで、私の方を振り返り立ち止まったユリン。その彼女の口から、過去を引き摺り出される様な言葉がかけられた。
「いいかい、フレア! 船長とペクリカがここで別行動を取るから、それを囮にこの先へ進みな!」
「……っ!? ユリン、待って……そんなこと――」
「話してる時間はないのじゃ! 行くのじゃ、フレア!」
脳裏を引き裂く記憶と同じ状況。それをユリンに続きペクリカからまで放たれた私は、もはやそれに従うしかなかった。結局私は、自分が生き残るだけで誰も救う事なんてできないのだと。
そんな想いで視線を落とした私を、想ってやまない二人がさらに言葉を続けた。けれどそこだけは、記憶と少し異なる未来を予見させるものだったんだ。
「フレア、この船無し船長を舐めんな……って自分で言っちまった!? と、兎も角必ず後でペクリカと一緒に合流する……約束するから!」
「……やく、そく。約束だからね?ユリン。私は皆と一緒じゃないと生きていけないんだから。」
「フレーベル同期の絆なのじゃ! ノルンだってそう願ってるのじゃぁ! だから……!」
ほんの少しだけ過去から遠ざかった私は、
走って走って、走り抜いた巨大な格納施設の果てで、どこに続いているかも分からない二連結の小型列車を視界へと止めた。端末でもそれに乗って進んだ先に、逃走するため準備されたシャトルの姿。大型の貨物ロケットをデコイにして打ち出されるそれで、私は火星の
「この列車……ここが運転席ね! ユリン……ペクリカ、私は行くよ! きっとまた会えるよね!」
眠りから覚めた小型列車が、私の心と同調した様に機関を立ち上げ、敷かれたレールの先へ。人生のレールを粉々にされた私を運んで、静かに速度を上げ始めた。
危険から逃れた安堵で、腰から砕け落ちた私は走り出した列車内の、申し訳程度のシートへ
そんな私の安堵さえも、直後に訪れた出来事で絶望へとひっくり返されてしまったんだ。
「……きゃっ!? な、何……えっ!? レールの先が!!」
響く轟音と共に、視線の先にある天井が床共々崩れ落ち、レールは言わずもがなな状況。慌ててブレーキらしきレバーを引くも、時は落下と言う惨状を待ってはくれなかったんだ。
「きゃああああっっーーーーっっ! ユリン……ペクリカーーーーーっっ――」
虚しく響いた声は、崩落する床と共に列車を引き連れ地下の最奥へと落ちて行く。
私の人生すべてを道連れにする様に、深く……ただ深く……。
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