〜魔爪、王女の魂と立つ〜

 火星圏宙域全土に於いて、汚れの狂犬と畏怖されたヒューリー・ブロウは名実共に当時の軍部勢力内機動兵装乗りでもトップ5を飾るほどだった。その男が、眼前へ突如として現れた存在へ、最大の警戒を以って挑む。彼が信頼する部隊員を直感で下がらせた点からしても、それは明白であった。


「火星圏の機動兵装データのどこにも存在しない……だと!? やはりこの出で立ちは、ロスト・エイジ・テクノロジーの結集たる存在! だが――」

「聞いた事があるぞ……我ら人類が現代で用いる兵装のどれとも似ない、まさしく! かのグラディウスシリーズを謳う、呪われた者……オメガ!」


 機体コックピット内で、嫌な汗に濡れるも武人の血が騒ぐ狂犬隊長ヒューリーが吠える。グラディウスシリーズは、宇宙人そらびと社会の歴史上でも僅か数機しか確認されていない古代超技術ロスト・エイジ・テクノロジーの産物。しかしそれも、出どころの怪しい筋を経た偽情報とさえうそぶかれた。


 だが狂犬隊長の眼前で、崩落した場所から瓦礫を押し退け立ち上がるそれは、確証なき情報を紛う事なき事実として突き付けて来たのだ。


、最初となるその一体が正式にロールアウトされたと聞く! 確かその名は、Ωオメガフレーム メテオストライカー……災害防衛に特化した仕様以外の情報はなくとも、紛れもないそれはいにしえの禁忌! その系列であるグラディウスシリーズが俺の敵だと……上等だ!」


 思考を整理し、改めて敵が強敵と認識するや武装を構える狂気の尖兵アイス・バーサークは、連射式マシンキャノンのマズルですかさずターゲットを捉えた。そこで――


「待て……このタイミングで、人が乗り込んでいるだと! まさか自立起動……バカな! 起動時の精密さだけでも、マニピュレータで可能な領域を遥かに凌駕していたぞ! ふざけるなよ、この――」


 あろうことか、もはや人が乗り込んだかの複雑な稼働を終えた眼前のそれが、一度動きを止めるや人の乗り込むのをサポートする様に膝をついていた。それは宇宙人そらびと社会の一般機動兵装を遥かに凌駕する、超技術稼働を成すシステムを有してる事実に他ならなかった。


 目の当たりにした現実で、敵が想像を絶する強敵であると判断する狂犬隊長。さらに彼は、乗り込む寸前の人影をズームアップで確認し口角を上げた。


「……っ! 各員、この機体は俺達にとっての今後のターゲットだ! だが侮るな……これはオメガ! かのいにしえより伝わる禁忌の兵装だ! それにたった今、我らが目標とする!」


『ま、まじっすか!? オメガっていやぁ、宇宙人そらびと社会でも伝説級の古代兵装っすよ!?』


『隊長が、クロを下がらせた理由に合点がいきましたの。これをたった一機で相手取るのは至難ですの。けど――』


『そうねぇ〜。私達と隊長の四機が集えば、可能性はゼロではないわねぇ〜。』


 隊長の言葉の表す意図を汲む隊員達は、揃ってモニター越しの首肯を交わし合う。言うに及ばず彼らは部隊であり、汚れのヒューリーとの汚名も彼らが全員揃って初めてその意味を成す。それこそが火星圏界隈で名を轟かせる由来であるのだ。


 そうして狂気の尖兵を中心とした陣形を組むや、起動したばかりの敵機体へ向け威嚇射撃を開始する。先手必勝も、乗り込んだ王女と思しき影を捕らえる必要のある彼らは的確に周囲の足場を削り、瓦礫が舞う煙幕を用いて視界を封じる手に出ていた。


 隊長機が牽制しつつ、それを回避するため飛び出て来た機体を捕獲するための布陣だったのだ。が――



 起動したばかりの古の禁忌は、汚れの部隊ヴォルケヌスも気が抜ける状況に見舞われていた。



∞∞∞



 絶望を希望へと塗り替えてくれた騎士長との再開。けれど現実はそこまで甘くなく、起動したての巨人内では逃走を図るには不十分な現実が襲っていた。


「コックピットは、二人を同じセーフゲージで覆う仕様の様です! では姫様はひとまず、こちらのセカンドシート側へ!」


「うん! けど……これ、起動はしたけれど武装とかは――きゃっ!!?」


「くっ……動きが遅いと見るや、先手で牽制して来たか! やはり地上の連合部隊の様な、成り上がりの機体任せとは練度が違う!」


 滑り込んだまではいいとしても、そのコックピットは聞く所による機動兵装の規格とは大きく異なり、二人乗り且つそれが同じセーフティーゲージにより囲われるタイプ。コンソールから何からも、私達が社会で当たり前の様に接しているものとはまるで別物だったんだ。


 おまけに連合から奪取した関係上だろうけど、まともに使用できる武装が腕部一対のビームクロウと思しきもののみ。明らかに、拠点制圧から本格的な部隊戦術まで対応しうる敵機体に、戦力で大きく劣るのは予想に難くなかった。


「しっかりシートへ体を固定して下さい! 現状武装は貧弱ですが、幸いにも一時的な出力ならば一気に跳躍も可能です! 飛行能力があれば御の字でしたが、無い物ねだりでしょう!」


「任せる! 騎士長……いいえキバ! 私をここから救い出して!」


「イエス・マム! 我が魂は、姫殿下をお守りする剣にございます!」


 けど、それでも彼は私を背負い飛んでくれる。誰も味方がいなくなってしまった私を支える様に、いにしえの禁忌と呼ばれたそれを手にした魂の咆哮が、心を打ち震わせた。


 その時――

 復讐の始まりを決意した自分がいたんだ。


 首肯しあった私達を内包し、Ωオメガフレーム――ディセクター・1000サウザンドと呼ばれた禁忌が飛翔する。覚束おぼつかない機関出力のありったけで、未だテラ・フォーミング最中の火星の大地を蹴り飛ばして。


 舞い飛ぶ粉塵を隠れ蓑に、周囲へ散開しているであろう敵を飛び越える様に。


『こちらは火星圏宇宙軍特殊出向部隊、ヴォルケヌス隊だ。標的たる禁忌の兵装へ告げる。チェックメイト……。』


「……っ!? まさか、上空へ展開して――うぐぁっ!!」


「きゃぁぁっ!!」


 そう……そこから全てを初めて行くはずの私達は機体もろとも、上空へ待機していた彼らの旗艦によって行く手を阻まれてしまった。


 敵旗艦から発されるトラクタービームの類で、ディセクターが跳躍した直後に捕縛された。粉塵による煙幕は、ただ闇雲に撃っていたのではく、私達にレーダー探知を妨害しつつ迫る旗艦の接近を悟らせないためのデコイ。そもそも私達は、崩落した場所から上空の光学映像しか見えてない。レーダー妨害された状況では、それに気付けるはずもなかったんだ。


『まんまとおびき出されたな。すでにそちらへ、マルス星王国の生き残りであるフレノイア王女が乗り込んでいるのを確認している。大人しく降参する事だ。』


「そん……な。全てが無駄に……――」


 それは一時のささやかな夢だっのか。成す術もないまま、機体を鹵獲ろかくされた私は途方に暮れた。私が星王国生き残りでなかったとしても、あの連合がただですますはずなんてない。知り得た情報の限りでは、もはや人権など皆無の、奴隷の様な仕打ちを受けると。現代の宇宙人そらびと社会でもまずない、下等にして下劣な傍若無人こそが、アレッサ連合政府の圧政の正体なんだ。


 もう何度目か分からない絶望が思考を支配して行く。そして今度は逃亡生活なんで非ではないほどの絶望。生地獄と言う永久の牢獄が私を待っているんだ。視線を落とし、私のために魂さえも懸けてくれた騎士長を見やる。彼もきっとこの詰んだ状況で絶望しているだろう――


 と、背を見つめていた彼がこちらを向いて……不敵に口角を上げたんだ。


「無駄? いいえ、それは違います姫殿下。その耳をよく済まして聞いて下さい。……。」


「……えっ?」


 一瞬彼が何を言っているのか分からなかった。全く接点がないはずの、学友との言葉に目を白黒させた私は、僅かの間を挟みつつも彼に従い耳をすました。そしてそれは通信越しに聞こえる事となる。ありえない……けれど再開を約束した、素敵なフレーベル女学院の友人の声が。


 しかもそれが、全てお膳立てされた中で私の下へと届いたんだ。


『フーレーアーっ!! 船長の名を呼べーーーーっっ!! アタシ、参上ーーーーっっ!!』


「ゆ……ユリン!? なんであなたが……それに――」


は、さっきでお別れなんだわ! そして持って来たよ……をさ! 行っくぞーー準備しろーーっっ! コードは〈スカル・ガーヴ・コンバート〉……Ω 、呼んでやれーーーーっっ!!』


Ωオメガフレーム……スカル・ディセクト……っ!?」


 彼女は咆哮する。すでにそれを知っている様に。そのために、私を最優先で逃がしたと言わんばかりに。贈られた名は〈スカル・ディセクト〉……このディセクター・1000サウザンドのコンソールへ映し出された、ドクロを象徴するコードを打ち込む事で生まれる真の禁忌の力。


 モニター画像へと映り込む大型戦闘艇から射出された、このΩオメガへ力纏わせる自立起動外郭ユニットである武力の鎧スカル・ガーヴが飛来。ほどなく私はそれを機体へ纏い、鋼の魂を手にする事となる。



 これこそ私が、復讐を成すための力だとの咆哮を上げる様に。

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