ぽっかり穴

「ごめん。別れよう」


「え、何でよ……」


「他に好きな人ができた。それじゃ」


 私は今日の夜、突然彼氏からフラれた。昨日まで楽しく電話してたのに。先週デートに行ったばかりなのに。

 私は彼氏に寄り添ってきたつもり。友人関係で悩んでるときも、上司に不満があるときも。それなのに、それなのに何でよ……!


 私はその日、深夜3時まで独り布団の中で泣いていた。彼氏との写真を見返しながら。トーク履歴を追いながら。でも、こんなことをしても彼氏は謝ってきてくれない。前言撤回してきてくれない。

 もう、嫌だ……



「……はぁ、朝か」


 私はいつの間にか泣きつかれて眠ってしまったようだ。今日は体調が悪いと嘘をついて仕事を休んだ。てか、こんなメンタルで仕事がはかどるワケがない。


「さて、今日は近くのカフェにでも以降かな。マスターに話を聞いてもらお」


 そう。私には行きつけのカフェがある。コーヒーや食事が美味しいだけではなく、マスターはかなりの聞き上手。この未練を吐き出せたら、少しでも楽になるだろう、そう思って私はカフェに向かった。


「ほらほら、こっちこっち、パス!」

「たくと〜! いっけええ、上がってけ!」


 道中にある小学校では、校庭で子ども達がサッカーをしている。元気でいいなぁ、私にもあんな時代があったなぁ。

 そんなことを考えていると……


「あぶなああああああい!」


「えっ?」


 ドカーーン。フェンスを飛び越えて飛んできたボールが、私の胸に激突したのだ。


「痛てて……くない。全く痛くない!?」


 かなりの勢いで飛んできたはずのボール。にも関わらず、痛みどころか何かが当たったような感覚すら無かったのだ。

 後ろや横を見回してもボールは転がってないし、でも確実に私にボールは当たっていた。


「大丈夫ですかー!?」


 心配した小学生が駆け寄ってくる。怪我もなんともしてなさそうなので、笑顔で大丈夫だよ、と手を振る……が、ボーッとした表情で子ども達は私を見つめている。


「あの、ボクたち? どうかした?」


「……本物ですか」


「えっ?」


「昨日テレビに出ていた、あのサッカー選手ですか!?」


「えっ、えええええええ!?」


 意味不明だ。私はただの事務員、サッカーなんて高校の授業でやったのが最後だ。にも関わらず、私はサッカー選手であると子ども達から認識されている。


 怖くなった私は、子どもたちから走って逃げた……が、子どもたちは待ってください、サインくださいと追いかけてくる。

 マズい! 私は体育が苦手だ。50m走は10秒くらいかかるし、握力も20kgあるかないかほどだ。でも、今は逃げないと! そういえばボールも消滅したし、何か不気味すぎるでしょ!


「……これだけ逃げれば、大丈夫――」


 1kmほど軽く走ったかな、私が後ろを振り向くと、当然、もう子どもたちの姿は見えなくなった……え、1kmを軽く?


 長距離も短距離も苦手な私が、何と1kmをいつの間にかかるーーく走り切っていたのだ。何だかよくわからないけど、まぁいいや。


 それにしても、走ったら気分が楽になったな。今日はもう帰ってシャワー浴びて、1日中寝ていよっと。



「……なによ、これええええええ!?」


 私は風呂で絶叫した。何と、お腹にサッカーボールの模様がくっきりと貼り付いていたのだ。いくら洗っても掻いても取れない。こ、これは何なのだ……


 ……ん? いや待てよ、もしかしてこのボールのお陰でサッカー選手のように長めの距離を簡単に走れるようになったのかな? だとすれば……


 今度は家にあるフライパンを胸に当ててみた。すると次々と作りたい料理が頭に浮かんでくる。今度は部屋の隅に積んであった英語の本、おおすごい英語力が上がったぞ!


 この調子で、次はこれ、その次はこれ、えっと、次はこれ……


 

 それから半年。私は何でもできるスーパー事務員として超有名人になっていた。女優もこなすし、家事はもちろんどんな仕事だってできちゃう。色んな男が近寄ってきた。金も地位も手に入れた。心に空いていた穴は、満たされた!


「あぁ、いい気分だなぁ。私って本当にすごい人――」


 私は転んだ。運動のスキルも上がっているので何なく受け身を取れたが、胸が少し地面についてしまった。


「あらいけない。コケてしまっ――」


 眼の前に広がっていたのは、宇宙空間だ。


「あぁ、いけないいけない。地球そのものを取り込んでしまったわ」


 やがて私は異星にたどり着き、神になった。

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