第18話 ハナコとレンティのそれから

 レオンは逃げた。

 ガゥドとジョエルを伴って、逃げた。


 それが、冒険者ギルドが発表した公式見解だった。

 当然ながら、そんなものを信じるヤツはいない。俺もレンティも、わかってる。


 だが、これについてモノ申すヤツも一人もいなかった。

 他の冒険者達も、ギルド職員達も、誰も、何も言わなかった。


 ま、言えるはずがない。

 レオン達に便乗して、散々レンティをコキ下ろしてきた連中だ。


 ここで彼女に何か言おうものなら、それこそ生き恥を晒しているだけだろう。

 自分から『私はクソです』と言い出すなら、そいつはバカかドMかのどっちかだ。


 とはいえ、巻き起こされた波はしばらく落ち着かなかった。

 先日までの露骨な蔑視こそ薄まったが、レンティは周りから遠ざけられている。


 これは、仕方がないっちゃ仕方がないけど。

 いじめが横行してたクラスで、急にいじめっ子がいなくなったようなモンだ。


 それまで見てみぬフリをしていじめに消極的加担をしていたクラスメイト。

 それがまさに、今のギルドにいる他の冒険者とギルド職員達だ。


 気まずいなんてモンじゃないよなぁ。

 だが、ここでニコが動いた。あのチビ、全員に脅しをかけやがったのだ。


「金出しなさいよ、あんた達」


 と、それ自体はまさしく脅迫以外の何物でもない文句である。

 しかし、実際は『レンティに対する詫び宴会』の会費を出せってことだった。


 かくして、第一区ギルドにて大々的に開催された詫び宴会。

 そこでは冒険者やギルド職員達が、次々にレンティに謝罪を入れてきた。


「すまん、レンティ。これまで本当に申し訳なかった」

「レンティさん、ごめんなさい。ごめんなさい!」


 中にはザンテが見せたのと同じ土下座をして、泣いて謝るヤツまでいた。

 それに対して、レンティはいちいち笑って対応しながら、


「すごく辛かったです。本当に、毎日毎日何でこんな目に、って思いました」


 ってな調子で恨み節を炸裂させ続けたのである。


「わかっています。天下の往来で暴行事件を起こしたのはわたしです。それはわたしが悪いです。でも、そこに至る経緯は、皆さんも知ってますよね? あれは、誰が悪いんでしょうか? 噂を流したレオンさんですか? それとも噂に踊らされた――」

「うぐ……ッ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」


 チラッ、チラッ、と周りを流し見て罪悪感を煽るレンティが割と鬼だった。


「いいです。謝っていただけたのですから、これでお互い、水に流しましょう。あ、でも何かあったら力を貸していただけたら嬉しいです。よろしくお願いしますね」


 最後にレンティがそう言って、この件は手打ちとなった。

 実質、彼女はこのギルドの冒険者と職員に対して大きな『貸し』を作ったワケだ。


 これは、なかなかに見事な立場逆転だなぁ。

 少なくともしばらくの間は、誰もレンティに逆らえなくなったぞ。


 そして特記すべきトピックが、もう一つある。

 冒険者ギルドのトップに関するニュースだ。


「あー、それじゃあきょうからよろしくお願いしますねー」


 と、やる気あるのかないのかわからん平たい声で言ったのは、ララテアである。

 彼女はこのたび、ザンテに代わって第一区ギルドのギルド長に昇進した。


 ザンテは更迭された。

 まぁ、これはなるべくしてなった。ってヤツだ。


 しかもそれだけに留まらず、ザンテ、極刑。

 パルレンタ市の冒険者ギルドを統括する中央本部が、その決定を下した。


 ザンテは『勇者』を選出するための制度である『試練』を利用した。

 つまりは王家とギルドの面子に泥塗りたくったワケで、情状酌量の余地などない。


 近く、ザンテの公開処刑がパルレンタの中央広場で行なわれるそうだ。

 レンティは特に興味はなさそうだった。俺も、別に見に行こうとは思っていない。


 これで、レンティとリアンの話はおしまいだ。

 今後、彼女は『場違い』と呼ばれることはないだろう。


 もしかしたら将来的には、違う二つ名を得ることになしかもしれない。

 例えば『勇者』、とか。それは少し悪趣味か?


 そして――、


「……チッ」


 第一区ギルド談話スペース。

 そこで俺達が話していたところで、聞こえてきたのは小さな舌打ち。


「上手いこと勝ち組に乗っかりやがって……、『場違い』共が」


 通りすがりの冒険者が、そんなことをボヤいて歩き去っていく。

 その目がチラリと見たのは、ニコとリップだった。


「フン」


 ニコが面白くなさげに鼻を鳴らす。


「レンティにやり込められた鬱憤をニコ達に向けてくるとか、しょうもない連中ね」

「ぅぅぅぅ……」


「縮こまってんじゃないわよ、リップ。堂々としてなさいっての」

「だ、だってぇ~……」


 レンティは『場違い』と呼ばれることはなくなった。

 しかし、このギルドにはまだ他に二人の『場違い』がいるのだ。


 一人減った分、今度はニコとリップに対する当たりが強くなってしまった。

 といっても、レンティの件もあって、そんな態度の冒険者はかなり減ったんだが。


 以前に比べれば半分以下――、どころか、三割程度までにはなってるか。

 今後は、そうした態度を見せる連中こそが、白い目で見られることとなるだろう。


「ニコ、リップ、ハナコ! 今日はこの依頼で行きましょう!」


 本日の依頼を選びに行っていたレンティが戻ってきた。

 彼女は、装備を一新した。

 前に教えてもらった通りに、左手には新品の丸盾。そして腰に短めの剣。


 どちらも、リアンの剣を素材に使ったものだ。

 防具は相変わらず肌丸出しの軽装で、髪型はポニテをやめて金髪のストレート。


「…………」


 元気溌剌でテーブルへ駆け寄ってきたレンティを、ニコがジッと見つめている。


「……どうかしましたか、ニコ?」

「あんたの変わりように改めてビックリしてるところよ、こっちは」

「はぁ、そうなんですか?」


 レンティは軽く首をかしげるが、半分以上理解できてないな、これは。

 本人からしてみれば、今の方が素だからな。そういう反応にもなるんだろうけど。


「レンちゃ~ん、またさっき『場違い』って言われた~!」

「あらあら、またですか?」


 泣きつくリップに、レンティは手を伸ばしてその頭を撫でてやる。


「それで、リップは困っちゃいました? それならわたしが助けてあげますよ?」

「……別にいいよ~ぅ」


 満面の笑顔で救いの手を差し伸べるレンティだが、リップは真顔でかぶりを振る。

 あの顔、さてはリップは感じ取ったな、レンティの『本気』を。


 今のレンティには、助けを求められたら命を懸けてでも手段を選ばずに『人助け』を成し遂げるであろうと確信させるだけの『凄味』がある。

 生粋のお人よしは、精神的な転生を経て絶対お助けウーマンとなったようだ。


「それでは、行きましょう。東の森にモンスターの群れがいるらしいですよ」

「今日はそれの討伐なワケね。どんなの?」


「ギガスハウンドらしいです」

「何かと縁があるような気がするわね、ギガスハウンド……」

「き、今日は魔力満タンだも~ん……」


 ニコとリップが椅子から立ち上がって、俺達はギルドを出ていこうとする。

 そのさなか、ニコが俺の方を見て、


「ハナコ、今日はあんたも戦闘に加わりなさいよ。槍は練習した?」

「え、はい。ちょっとだけ、ですけど……」


 俺はそう答えて、右手に握った槍に目を移す。

 レンティが準備してくれた安物ではあるが、造りはしっかりしていて結構丈夫だ。


「それでいいわ。昨日まではニコ達もレンティとの連携を模索してたけど、今日辺りからはやれそうだから、あんたにも働いてもらうわよ、いいわね」

「はい!」


 くぅ~、いいなぁ、いいなぁ、自分のために働ける。いいなぁ、最高だなぁ。

 搾取されないやり甲斐を、俺は今、確かに感じ取っている。


「それでは行きましょう、ハナコ」

「はい、レンティさん」


 俺とレンティは、ニコ達と一緒にギルドをあとにする。

 さぁ、仕事だ仕事だ。

 住む世界は変わったが、ここには仕事があって、そして『俺の平和』がある。


「今日の報酬で、チビ達に何か買っていってやりたいわね~」

「ニコちの孤児院の子達~?」


「そーよ、どいつも食べ盛りで食費がねー……」

「私も教室の人達に、何かお土産買えたらいいなぁ~」


「あんたも、賢者の学院の若手ナンバーワンなのに何で冒険者なんてやってんだか」

「それは言わないでよぉ~……」


 前を歩くニコとリップの会話を聞きつつ、俺も続く。

 このパルレンタの街には、俺が何よりも望んだものがある。


 それを守るために、俺はこの街で頑張っていく。

 俺の名前はヨシダ・ハナコ。

 かつては正義の味方で、今は『俺の正義』の味方をしている、ただの冒険者だ!

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踏みにじれ、転生仮面イセカイザー!~世界の平和を守らされて散ったヒーローは、転生先の異世界で『俺の平和』を守るため邪魔するものを蹂躙する~ はんぺん千代丸 @hanpen_thiyo

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