第17話 今日から冒険者のハナコちゃんです

 話さざるを得ないワケだ。

 俺の事情を。


「……ええと、星の爆発に巻き込まれて、気がついたらこの世界に、ですか?」


 うん、大体はそんな感じかな。大体は。

 宇宙要塞なんて、説明してもわからんだろうし、伝わらなくても問題はないし。


「随分と派手な経歴なんですね……」

「ちょっとヒキながら控えめに形容するのやめて。やめて……」


 割と傷つく。

 自分でも意外なくらいに。


「それにしても、魔法のない世界、ですか……。想像がつきませんね」

「まぁ、そうだろうな。俺だって魔法が実在する世界なんて考えもしなかったし」


 旧城壁を離れて、俺達は歩きながら話している。

 さすがに、人に気づかれた。

 今、旧城壁の周りには多くの人々が集まってきちゃっている。


 幸い、レンティが入った裂け目は誰にも知られておらず、そこから抜け出せた。

 遠くに市民共の騒ぐ声を聴きながら、俺達は目立たないよう裏路地を歩いている。


「それで……、その『想転移科学』、というものが……?」

「ああ。この世界でいう魔法に相当するものだな。仕組みは多分、そっくり同じだ」


 もはや、俺もレンティもお互いに素を隠すことなく会話を交わしている。

 今さら取り繕っても、何の意味もないしな。


「俺達の世界の人間には、意思の力『意念』を自分の外に放出するすべがないから、特別な技術扱いされているが、こっちの世界の人間はそうじゃなんだろ?」

「そう、ですね。その『意念』というものがこちらでいう魔力と同じものなら、わたし達は子供の頃からそれを使うことができますね」


 この世界の魔法とは、魔力を介して自分の意思を世界に反映する方法らしい。

 それこそまさしく『想転移科学』の根幹をなす技術――、『想転移』だ。

 正しくは『顕性意念転移複写反応』という長ったらしい名前で、覚えにくい!


 しかし、肉体の機能の一つとして『想転移』を発生させられる人類か。

 それはまた、とんでもない世界に来ちまったモンだな、俺も。改めて思ったわ。


「俺がこの世界に転移した理由は、もしかしたら魔法なのかもしれねぇなぁ……」


 と、呟いたところで俺は思い出した。


「そういえば、さっき何か言ってたような……。ショウカンテンイシャ、とか?」

「召喚転移者ですね。召喚魔法によって別の世界から招かれた存在のことです」


 レンティの話を聞くに、召喚魔法とはゲームにもあるアレか。


「……俺を、この世界に召喚したヤツがいる?」


 それは、今まで考えたことのなかった可能性だ。

 だが、この世界に召喚魔法が存在するなら、ありうるのかもしれない。


「だがその場合、誰が何のために、俺をこの世界に?」

「それは、わたしに問われましても……」


 困り顔で返されてしまった。

 まぁ、それはそうだな。

 レンティはいかにも剣士って感じだし、召喚魔法なんて使えそうもないよなー。


「ちなみに、この街に召喚魔法を使えそうなヤツっているの?」

「賢者の学院になら、いるかもしれませんね」


 ああ、リップが通ってるっていう、魔法使いの養成所だっけ。

 確かにそういう場所になら魔法に精通している人間も多いだろうし、いそうだな。


『ナビコ、一応検索しといて』

『は~い! でも、あんまり期待しないでくださいね~!』


 いいお返事だが釘を刺されてしまった。

 ナビコは、普遍的な情報ならすぐに集めてくれるが、個人の調査なんかは苦手だ。


 意図的に隠されている情報などについては、調査しきれない場合も多い。

 万能ではあるが全能ではない、ってことだな。


「……ところで」


 俺はレンティが腰に提げている剣を見やった。


「持ってきたんだ、それ」

「ええ、はい」


 レンティがうなずく。

 それは、レオンが使っていたリアンの剣だった。


「あの場には残しておけませんし、今となってはリアンの最後の形見ですから」


 レンティは、複雑な顔つきで剣の柄を指先で撫でる。


「これからも使うのか?」

「ええ、そのつもりですけど、何か?」

「だって、おまえの技に合ってないじゃん、その剣」


 俺はそこを指摘する。

 レンティの本来のスタイルは、俊敏さと変則的な足運びを使った奇襲がメインだ。


 リアンの重さと威力重視の肉厚な剣は、あまり相性がよくない。

 それは、レンティ自身もよくわかっていると思うんだが。


「ええ、ですから、このままにはしません。鍛冶師に頼んで鍛え直してもらいます」

「なるほどね、おまえ自身と一緒に武器も生まれ変わるってことか」

「……はい」


 うなずいたあとで、さらに彼女はこう続ける。


「それと、盾を作ります。片手で使える大きさの、小型の盾を」

「盾?」

「わたしは、元々は壁役だったんです。回避タンク、と呼ばれるタイプの」


 え、マジで!?


「メインアタッカーはリアンで、わたしがタンクとサブアタッカーを担っていたんです。おかげで、わたしなんかは生傷の絶えない日々でしたけどね」


 そう言って、レンティは軽く苦笑する。

 彼女が見せるその笑みは、これまでになく吹っ切れた晴れ晴れとしたものだった。


「ニコと役割が被らねぇか?」

「そうかもしれませんね。……でも、わたしもそっちの方が性に合っているので」


 柔らかく言いつつも、タンクになるつもりは満々のようだ。

 ニコとリップは、果たしてレンティの変化をどう受け止めるのやら。興味深い。


「それで――」


 と、今度はレンティの方から切り出してくる。


「ハナコはこれからどうするのですか?」

「あ~……」


 俺には夢がある。

 誰にも指図されずに、今度こそ平和な人生を生きるという夢だ。


 そのために逃亡奴隷を装ってレンティに助けてもらったりもした。

 でも、知られちゃったモンなぁ、レンティに。俺のコト。


 あとで考えりゃいいやとは思ってたけど、実際にどうしたものか。と、俺は悩む。

 そこに、レンティがこんな提案をしてくる。


「もしよければ、わたし達と一緒に冒険者をやりませんか?」

「……ぼ、冒険者? 俺が?」


 突然の申し出は、俺を驚かせるものだった。

 そして、次に俺が感じたのは『……またかよ』という、嫌気に近いものだった。


「それで俺に頼って、俺の力をあてにしようってか?」

「え、違いますけど?」


 違ってた。……え、違うの!?


「あの、何かイヤなことを言ってしまいましたか?」

「あ、いや……」


 俺の表情を読み取ったレンティが、申し訳なさげに尋ねてくる。

 それに、俺は逆に戸惑った。そして、引き下がることもできずに正直に告白する。


「……一方的に俺の力を頼ろうとしてるのかと思った」

「もちろん、それもありますけど、頼りっぱなしになんてなるつもりはありません。それでは、わたしが自分から役立たずと認めるようなモノではありませんか」


 逆にプンスカされてしまった。

 しかし、その態度が俺にとっては新鮮であり、そしてありがたくもあった。


「――そういうことですか。あなたは、そういう生き方を強いられてきたんですね」


 そしてレンティが、俺の態度の奥にあるものを見抜いてしまう。


「まぁ、な。俺の世界には人類の敵がいて、俺はそれと戦わされた。誰からも手伝ってもらえず、周りの連中は感謝はしてくれたけど、感謝しかしてくれなかったよ」


 レンティなら、それでもかまわないのかもしれない。このお人よしなら。

 でも、俺は無理だった。俺には、そんな状況で戦い続けるのは不可能だった。


「それは、辛いですね。そんな状況では、わたしだって逃げたくなります」

「……おまえでも?」


「何ですか、その反応は? 当たり前じゃないですか。わたしだって人間です。いくらお人好しな性分でも、限界はあります。人の能力は有限です」

「そっか……」


 こうして、俺の言い分を理解してくれる人間がいる。

 それだけで、何となく体が軽くなるのを感じる。


 もしも、俺がまだタロウだった頃、近くに一人でもこんなヤツがいたら……。

 そんなことを思ったりもしたが、しかし、誰もいなかった。誰もいなかったのだ。


「なるほど、それが辛くて、ハナコは逃げたのですね?」

「いや?」

「……あれ?」


 レンティがキョトンとする。

 どうやら、俺の境遇についてちょっと勘違いしているらしい。


「この世界に転移したのは俺の意思じゃないし、俺を苦しませてた連中はきっちりと滅ぼしてやったよ。全員、跡形もなく消し飛んだんじゃねぇかな」

「消し飛んだ? 跡形もなく!?」


 うん。

 だって生かしておけないじゃん、あんな連中。


「……恨みは、買うものではありませんね」

「んだんだ」


 俺はうなずくが、今ので納得できるレンティも大したタマだと思うよ、俺ァ。


「あなたの反感を買わないように本音を言いますけれど、わたしがあなたを誘った理由は、それが一番、あなたにとって有益だと思ったからです」

「……有益ねぇ」


「あなたは、静かに暮らしたいのでしょう? でも、今のところ、表向きの立場は逃亡奴隷です。仕事につくにしても、それはあんまり有利には働きません」

「ああ、なるほどね。だから冒険者、か……」


 仕事ができるヤツであれば出自は問わず。

 スネに傷があっても、冒険者であればそれを問題視されることも少ない。らしい。


 その意味で、俺が就職するなら冒険者は最適かもしれない。

 しかし、レンティの方からそれを提案してくるのか。


「わたしにはあなたを助けた責任がありますので、あなたがキチンと生活できるようになるまでは、面倒は見させてもらうつもりですので」

「おまえ、マジかよ……」

「そこまでやっての『人助け』です」


 レンティがコクリとうなずく。

 ああ、それが『レンティの正義』ならば、俺が何を言っても無駄だな。


「ただよー」

「何ですか?」


「ニコとリップがどう言うかな?」

「そうですね。仮に拒否されてしまったら、残念ですが二人とはお別れですね」


「……ちょっと?」

「今、言ったではないですか。そこまでのやっての『人助け』です」


 ぅ、うわぁ、覚悟ガンギマっていらっしゃる。

 単なる性格からとかではなく、本当に『人助け』を自分の背骨にしようとしてる。


「今まで、わたしが助けてきた人達は、リアンに始末されていました。わたしはそれをロクに調べもしないまま、ただ諦めていました。だから――」

「俺を助けることが、せめてもの罪滅ぼし、って……?」

「はい」


 レンティは、臆面もなくそう言い放ちやがった。


「別にいいでしょう? あなただってわたしを利用してこの街に入ったのですから、そこは持ちつ持たれつです。その代わり、今言った通り、わたしはあなたを助けられる限り助けます。あなたが、わたしを必要としなくなるそのときまで」

「……怖いわ、おまえ」


 そこまで踏み込んだ『人助け』宣言をされてしまったら、こっちは断れんて。

 断ったところで、こいつは俺を勝手に助け始めるよ。目に見える。


「いいよ、わかったよ。でも、俺は自分のこと以外で自分の力を使う気はないからな。俺に頼るなら、ちゃんと俺にもメリットを提示してくれよ?」

「わかっています。あなたは逃亡奴隷のハナコ、で、いいのでしょう?」

「ああ」


 そして冒険者ギルドが近づいたところで、俺とレンティは握手を交わす。

 ある意味、それが契約成立の証だ。相棒ではないから、共犯者、ってところかな。


「これから、よろしく」

「ああ、当面の間、よろしく頼むぜ」


 こうして俺はレンティと手を組んだ。

 逃亡奴隷のハナコちゃんは、今日から冒険者のハナコちゃんになることにした。

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