第16話 GoToBreak! イセカイザー!

 GoToBreak! イセカイザー!


「俺の拳は大地を砕く! くらえ、イセカイナックル!」


 跳躍し、一気に間合いを詰めた俺の拳がリアンの顔面を直撃する。


「ぬゥッ! がァァァァァァァ――――ッ!?」


 前のデカワンコのように、リアンもなすすべなく空の彼方へとぶっ飛び――、


「……ク、ッソ!」


 星になる前にその姿がフッと消えて、再び俺達のすぐ上に出現する。

 今のは、空間跳躍能力ガイストアウトだ。間違いない。


 ダイジャーク帝国の連中は、デフォルトで幾つかの特殊能力を有していた。

 戦闘員の時点で、通常兵器を遮断する物理無効のアストラルボディを持っている。

 その上の怪人ともなれば、加えて空間跳躍能力ガイストアウトを備えている。


 さらにその上の大怪人クラスともなれば、固有の能力を持つ。

 リアンは、最低でも怪人級。

 もしかしたら大怪人と同等の能力を持つ可能性もある。


 やれやれ……。

 世界を越えても、俺とダイジャーク帝国の因縁は形を変えて続く、って?

 全く、冗談じゃないよなぁ。


「あああああああああああああああああああッ! 何だよおまえ、何でぼくの邪魔をするんだよ! おまえがいたら、レンティを殺せないじゃないかよッ!」

「……リアン」


 俺は無言のまま、レンティだけが怒りに駆られるリアンの名を呼ぶ。


「悪いな。なんて言うつもりもねぇよ。俺からおまえに言うべきは一つだけだよ」


 リアンを見上げて、俺は告げる。


「死ね」

「何だと……?」


「死ね。死ねよおまえ。この世界から跡形もなく消えろ。去ることは許さねぇ。生き残ることも許さねぇ。死ね。死んで終われ。詫びはいらない。許しも乞うな。死ね」

「お、おまえ、おまえェ……ッ!」


「『俺の平和』を乱すヤツは俺に殺されて、死ね。それが俺の『完全超悪』だ」

「おまえェェェェェェェェェェ――――ッ!」


 空中から、怒声を張り上げてリアンが殴りかかってくる。

 俺はそれを迎撃すべく、身構えようとする。だが、次の瞬間、リアンが消失する。


『――顕性意念転移複写反応を確認』


 そして聞こえる、抑揚をなくしたナビコの声。

 俺の右手にガゥドの魔剣が出現する。それを見て、レンティがハッと息を呑む。


「その剣は……!?」

「悪いなぁ、リアンさんよ」


 直後、右斜め後ろの死角に気配が出現する。

 しかし、俺はそのときすでに、逆手に持ち替えた大剣をそちらに突き出していた。


「…………カハッ!」


 耳元に響く、リアンの声。

 その腹にはガゥドの魔剣が深々と突き立っていた。

 ガイストアウトによって俺の死角に跳んだのだろうが、そりゃあ悪手だ。


「俺はよぉ、その手のサプライズはもう慣れるを通り越して飽き飽きしてんだ。タネが割れた手品なんぞ、そんな何度も見せられてもなぁ……」

「ぐ、ぉ、まえ……ッ!」


 向き直ると、リアンがその顔を苦痛に歪めてヨロヨロと後ずさる。


「……物理攻撃無効の『想転移構造体』にダメージを与える。これが魔剣、か」


 こんなものが普通に使われてるのか、すごいな、異世界。

 ナビコが、一部技術はこっちの世界の方が発達していると言ってたのも納得だ。


 ちなみに『想転移構造体』は魔力のみで構成された存在のことだ。

 純粋なエネルギーの塊であるため、物理的な手段では消すことができない。


 わかりやすくいえば、魔法でしか干渉できない。

 それに物理攻撃でダメージを与える技術があるんだから、本当に大したモンだ。

 ある意味、この魔剣は核ミサイルよりも価値が高いかもしれない。


「とはいえ――」


 俺は、ガゥドの大剣を再び順手に持ち替え直して、リアンを睨み据える。

 腹の傷が、みるみるうちに治っていく。ま、そりゃそうか。


 魔力の塊である今のリアンの肉体は、物理的には無敵だ。

 出血もなく、毒も効かず、骨折もせず、そもそも破裂する内臓が存在しない。


 リアンが受けたダメージは、魔剣の宿す魔力に干渉されたことによるもの。

 干渉の度合いが弱ければ、当然、受けるダメージだって弱い。

 そして残念ながら、この大剣ではリアンに大した干渉はできないらしい。


「この程度でぼくをどうにかできる気なのかよ、おまえェェェェェ……ッ」


 それを察してか、リアンがこっちを凄まじい形相で睨み、笑う。

 あれ、もしかしてこいつ、もう勝った気になってる?


「ぼくとレンティの大事な話を邪魔しやがって……。やっぱり全殺しだよ、おまえ」

「大事な話、ねぇ……」


 俺の後ろにいるレンティを、俺は肩越しにチラリと見る。

 彼女は、今さっき自分を殺そうとしたリアンを見つめ、グッと押し黙っている。


「……なぁ、レンティよ」

「何です?」

「言いたいことがあるのなら今のうちに言っておけよ、最後の機会だ」


 俺は、軽く背中を押してやる。

 宣言をした以上、俺はリアンに対する『完全超悪』を完遂する。逃がしはしない。


 だがその前に、レンティも言いたいことはまだあるだろう。

 それを言わせてやるくらいの慈悲はある。リアンではなくレンティへの慈悲だが。


「――わかりました」


 レンティは、顔つきに決意を浮かべて、俺の隣に並ぶ。


「リアン」

「レンティ!」


 自分の前に立った相棒に、レンティはその顔を喜悦に歪ませた。


「ぼくの前に来たってことは、死んでくれるってことだよね? おまえの体をぼくにくれるってことだよね!? おまえがぼくのために苦しんでくれないなら、せめて体をぼくに寄越せよ。そうすればぼくとおまえは、本当の意味で一つになれるだろ!」


 何とも自分勝手なことを言う。

 声と口調こそリアンのもののようだが、もはや語っている内容は別物だ。


 半分以上、自分から『自分は本当のリアンではない』と言い張っているに等しい。

 しかし、レンティはそれでも目の前のモンスターをリアンとして扱うようだ。


「聞いてほしいのです、リアン」

「何だい。何でも聞いてやるとも。おまえがぼくのために死んでくれるなら、何だって聞いてやるさ。だから言えよ。聞いたら殺すから。その体をもらうからさ!」


 肉体を膨張させ、元の二倍近くの大きさになりながら、リアンが叫ぶ。

 そんな変形をすれば声は太く、低くなるだろう。しかしリアンの声のままだ。


「リアン」


 そんなモンスターに対し、レンティは言った。


「死んでください」

「……は?」


「死んで、リアン。死んでください。あなたが死んでくれないと、わたしが困るんです。だから死んでください。死んで、困っているわたしを助けてください、リアン」

「ぉ、おまえ……、レンティ、おまえ……ッ!」


 冷たく告げるレンティに、リアンはその身をわななかせる。


「わたしのために体を張ってくれたリアン。わたしの最高の友達リアン。あなたの誇りは、わたしが受け継ぎます。あなたからもらったモノを、わたしは『わたしの正義』として誇り続けていきます。だから、いいんです。あなたは消えていいんです」

「何を、おまえ、何を……ッ!?」


 目を見張るリアンに、レンティはポニテをほどき髪をバッと広げ、最後に告げた。


「さっさとくたばれって言ってるんですよ、バケモノ」


 う~ん、この。

 イイ、実にイイ。最高にシビれる『完全超悪』ですことよ。


「おおおおおおおおおおおおお、レンティィィィィィィィィィ――――ッ!」


 キレたリアンが、レンティに襲いかかろうとする。

 当然、そんなのは俺がやらせやしない。


「オ~ラよっと!」


 ガゥドの大剣を右手でブゥンと振り回して、俺はリアンの突進を横から邪魔する。


「グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ! おぉぉぉぉまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

「相手間違えんな、バケモノ。レンティが欲しけりゃ、俺をどうにかするこったな」

「黙れ、黙れよォォォォォォォォォォォォォォ!」


 リアンの肉体がさらに変形する。腕が四本、体は巨大化。

 こうなると、本当にただのバケモノだな。声だけ少女なのがとんだ違和感だよ。


「うおあああああああああああああああああああああああああああああッッ!」


 メチャクチャに暴れるリアンだが、ふむ、これは――、


「お、っと……」


 リアンの拳の一つが眼前に迫る。

 俺はそれをガゥドの魔剣で受け止め、体を高々と宙に浮かされる。


「ハァハハハハハハハハハッ! 落ちてきたところを、グシャグシャにしてや――」


 俺、消える。


「へッ!?」


 間抜けな声を出すリアンであるが、何でそこで驚けるんだ?


「だからさ、見飽きてるって言ったじゃん?」


 背後に回った俺が、リアンに教えてやる。


「な、ァ――」

「遅い遅い遅ォ~~~~い!」


 リアンが振り向くのを待たず、俺は大剣による連撃を叩き込んでやる。


「ぐッ、がァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!?」


 堪えきれなかったようで、リアンが再びガイストアウトを使って逃げる。

 しかし、俺もまたガイストアウトにてそれを追いかける。


「な、何で……ッ!?」

「おまえができることを俺ができないとでも? フハハハ、バ~カバ~カ!」


 目前に現れた俺に驚くリアンを軽くバカにして、大剣を袈裟切りでズバーッ!


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 胸に斜めに傷を刻まれ、リアンは再び転移で逃げる。

 俺は、もうそれを追わない。大体理解したので、追う必要もなくなった。


「フゥ~~~~ッ! フゥ~~~~ッ!」


 離れた場所に出現したリアンが、こっちを厳しく睨みつけながら呼吸を乱す。

 息なんてしないでも問題ないはずのリアンだが、相当追いつめられているようだ。


「レンティ」

「お好きにどうぞ」


 即答された。


「……俺、まだ何も言ってないよ?」

「この状況であなたがわたしに尋ねることなんて、一つだけでしょう?」

「まぁ、そうなんだけどさ」


 それにしても、こいつも吹っ切れたな。――いや、違うな。


「生まれ変わった。って言う方が正しいんだろうなぁ、きっと」

「何がです?」

「いや、何でもねぇよ」


 俺は軽く肩をすくめてかぶりを振り、リアンの方を見つめる。


「ハッ、ハハハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 聞こえる、リアンの高笑い。

 俺が刻んだ傷はすでに再生し、そこには無傷のリアンが立っている。


 あの超速再生能力も『想転移構造体』の特徴の一つだ。

 に、しても速すぎる気がするけどな……。


『『想転移構造体』――、この世界では『魔人イーヴィル』と呼称するらしいので以後はそう呼びますね~。どうやら世界の造り自体が『魔人』と親和性の高いみたいですね~』


 ナビコが、俺にそんな報告を寄越してくる。


「ふむ、親和性?」

『この世界の大気中には魔力が遍在しているようです。つまり――』

「大気中の魔力をリソースにして、ダメージ部分を再生した、と。そりゃ厄介だな」


 一撃で殺さない限り、リアンは不死身に近いってことか。


「ハハハハハッ! おまえの持ってるその剣じゃ、ぼくはやれないぞ? どうする? どうするんだ? ハハハハハハハハハハハハ、おまえにぼくは殺せないぞ!」

「吠えるなよ、二流」

「何ィ~~ッ!?」


 余裕なくした状況でのバカ笑いほど、三下臭を漂わせるモノもないな。

 そう思いながら、俺はナビコへと指示を下す。


『ナビコ――、『超規跳躍式ブレイカーズ・ロウ』、セットアップ』

『は~い! 『超規跳躍式』、セットアップ! カウントダウン、開始しま~す!』


 俺の全身がまばゆい光に包まれて、白銀の装甲が金色を帯びる。


「な、こ、この魔力圧は……ッ!?」


 リアンが驚愕の叫びをあげるが、やっぱりな。俺の中の確信がさらに深まる。

 こいつは、怪人級のモンスターではあるが、大怪人級には至っていない。


 ダイジャーク帝国でも一握りの幹部級だった強敵、大怪人。

 毎回、俺をピンチに陥れてくれたあいつらは『想転移科学』の奥義に至っていた。


 それが、今から俺が使おうとしている『超規跳躍式』ブレイカーズ・ロウ。

 物理法則を逸脱した超現象を発生させるそれは、いずれも恐るべき能力だった。


 無限分身とか、完全無敵化とか、局所的時空操作とかさー。

 もうちょっと手心を加えてくれよと心から言いたくなる、無体な能力ばっかりで。

 それに比べりゃあ、俺がこれから使う能力なんて、優しい優しい。


『カウントダウン継続――、参――、弐――、壱――』


 準備完了。

 俺は、直ちに能力を発動させる。


「『超規跳躍式ブレイカーズ・ロウ』――、天、不動にして、巡るは地オーバーライズ・ヘリオセントラ!」


 俺を包む金色が、ガゥドの大剣へと集束する。

 これが、俺の『超規跳躍式』。名前が厨二臭いが、名付けたのは俺ではない。


「フン、こうして正式に採用してやってるんだからあのヤロウには感謝してもらいたいモンだぜ。なぁ、腐れ縁のクソ剣聖様よォ。聞こえちゃいないだろうが!」


 今はもういないかつてのライバルを一瞬だけ思い出して、俺は笑ってそう言った。


「おおぉ、おお、おおおおおおおおおおおッ!?」


 そしてリアンは、金色に輝ける剣を前にしてみっともなく狼狽している。

 さすがにわかるか。この剣が、自分を殺すモノだってことを。


「ぅあ、ァ、あああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァッ!」


 悲鳴と共に俺に背を向けて、リアンが空へと飛び出して逃走をはかる。

 ガイストアウトもせずに逃げるとか、よっぽど余裕をなくしたか。


「……『死喰いの悪魔グーラド・デーモン』だったな、おまえの本名」


 俺はガイストアウトを使用して、リアンの真正面に出る。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」


 恐慌状態に陥り、破れかぶれで殴りかかってくるリアンへ、告げた。


「死ぬのが怖いなら『勇者』のマネなんぞやらなきゃよかったんだよ、バカが」


 そして、黄金に輝く剣を、俺は横薙ぎに一閃する。

 それは大した手応えもないまま、リアンの巨体を上下二つに分割した。


「か……」


 ときが止まったかのような一瞬。

 リアンが、大きく開けた口から短く声を漏らす。


「―――― 、 、 、 」


 そして、その顔がどこかを見て何かを呟いた。

 次の瞬間、全身は噴き上がった金色の炎に包まれ、一秒とかからず燃え尽きる。


「……リアン」


 レンティの小さな呟きが俺の耳に届いた。

 同時、俺の手の中にあったガゥドの大剣から金の光輝が消失してしまう。


 変化はそれだけにとどまらず、大剣全体から金属の質感が失せ、黒く染まる。

 ボソッ、という感触と共に、俺が握っていた大剣は灰となって脆くも崩れ去った。


 これが、俺の『超規跳躍式』。その効果は――、『寿命の圧縮』。

 仮に大剣がモノを百万回切れるとしたら、その回数分の威力を一撃に上乗せする。


 大剣が灰化したのは、文字通りに寿命が尽きたからだ。

 武器は必ず壊れるものの、一撃の強さでは他の追随を許さない俺の奥の手である。


 ガゥドの大剣ではリアンを仕留めきれない。

 だったら、大剣の威力を強化すればいい。問答無用で一撃必殺できるほどに。


「……変身解除デッドエンド


 俺は変身を解いて、石畳の上にへたり込んでいるレンティへと近づく。

 レンティはどこか呆けたような顔をして、リアンが燃え尽きた空を見上げている。


「リアンは、最期に何て言ったんだ?」


 俺は問う。

 燃え尽きる直前、リアンが見ていたのはレンティだ。そして、何かを呟いていた。


「…………」


 俺が問いかけてきっかり二秒、レンティは空を見上げたままで、そして、


「……多分、『ごめんな』、と」


 それだけ言って、見開いたままの瞳に涙が浮かぶ。


「ハナコ」

「ああ」


「わたしは、愚かな人間です。最低の女です」

「そうかな?」

「そうですよ。そうに違いありません。だって……」


 彼女は、涙を溢れさせて、震える唇で俺に言った。


「面と向かって『死んでください』と言っておきながら、最後の最後、あそこでわたしを見たのはリアンだった。そんな感傷を、本気で信じようとしているのですから」

「いいんじゃないか。それでも」


 何せ、謝ったのだ。

 リアンを模したモノは最後にリアンとしての心を取り戻し、レンティに謝った。


 そうであると信じたいなら、そう信じればいい。

 真実は誰にもわからないのだから、レンティの思う真実を据えればいいのだ。


「最後の一瞬、あいつはリアンだった。それでいいんだよ」

「…………ぅ」


 そして、レンティは肩を震わせる。

 俺は、彼女と共に空を見上げた。隣に、子供のような泣き声を聞きながら。


 冴え冴えとした月の下、城壁でレンティは泣いた。大声で泣き続けた。

 それは、搾取され続けた女剣士が生まれ変わったことを示す産声でもあった。

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