第3章 -4-

深く考えるまでもなく、頂いた提案に乗る旨を返信した。


Arisaが最後に見せてくれた笑顔が脳裏に浮かぶ。

また会える!



すぐにパスワードが記載されたメールが送信されてきた。

仮想都市・・空蝉町内で、そのパスワードを読み上げることで『Hub Room』に転送されるらしい。


・・しかし、パスワードというか・・・呪文だな。

何度か繰り返し読み上げ暗記する。


そして、いざ、空蝉町へ...。


よく皆で集まっていた公園。

Arisaの超能力を一緒に検証した場所でもある。


他の世界サーバーへ行くという事は、この世界サーバーでのArisaとの想い出までも捨てて行くような後ろめたさを感じながらも、呪文パスワードを唱えた。


「ゎ・・我は未知なる虚空を渡り歩く旅人なりー。数多の世界を結びし聖域への扉を開かーん。」


正直、声に出すには若干恥ずかしいパスワードだ...。


一瞬の間があった後、周辺が虹色に輝き、どこかに転送された。



そこは窓も扉も無い白い部屋で、一方の壁際に5枚のパネルが浮かんでいた。

パネルの上部には、

「SAS」「CTE」「SCB」「CSD」「AKS」

とマークされていて、空蝉町のどこかの風景が映っている。


恐らく、選択したサーバーに転送されるのだろう。


たしか今は「SAS」サーバーだったはずなので、隣の「CTE」をタッチしてみた。

すると、また周辺が虹色に輝き転送された。



空蝉町の繁華街だ。大きなモニターのあるビルの前に転送された。


元のサーバーで、一番最初に降り立った場所のような気がする。


目の前の大きなモニターには歌番組が表示されていた。

なんとなく見上げていると、不意にArisaが映った!


音声は聴こえないが、何かのチャート上位にランキングされたとかで、

これから歌うようだ。


このサーバーのArisaはアイドルとしてデビューしているのか!?


そういえば初めて会ったとき『アイドルのArisaです』って名乗ってた気がする。

皆と一緒にカラオケに行った事もあったけど、歌上手かったなー・・。

色々と思い出しながら、大きなモニターに映るArisaを眺めていた。


・・・


Arisaの出番が終わるまで見上げていた。


多分会おうと思えば、どうにかして会う事は出来るだろう。

出待ちや握手会かもしれないし、直接自宅へ・・とか。

アバターは優遇されるようなので、TV関係者を見つけてお願いすればどうにかなる気がした。

でも、やっぱりこれは『違う』───。


この世界ではアイドルとして輝いているArisaは、俺が好きになったArisaではない。

そんな事は解りきっていた事だったが、今改めて実感した。


小声で呪文パスワードを詠唱した。

(我は未知なる虚空を渡り歩く旅人なり。数多の世界を結びし聖域への扉を開かん。)



なんとなくではあるが、気持ちの整理が付きそうな気がしていた。


そのまま元のサーバーに帰ろうと思ったけど、ちょっとした好奇心が湧いてきた。

帰る前に他のサーバーのArisaも見に行こう...。


「SCB」サーバーを選択した。



空蝉町の繁華街・・・のはずだが、まるでゴーストタウンだ。

通行人が一人もいない。


道路のあちこちに焦げた跡があり、ビルも窓が割れていたり焦げ跡がついていたり・・。

まるで爆撃にでもあったかのような。


あの空き缶よりも凶悪なモノで破壊されたのだろうか。


逃げるように、呪文パスワードを唱えた。



すこし怖くなったが、ここまできたら最後まで見ていくことにして、

「CSD」サーバーを選択した。



ここは普通だ。

大きなモニターにArisaが映ることは無く、夕方の繁華街はそれなりに賑わっている。


どこに行けば会えるだろうか・・と思案していると、腹の底に響くような重低音が聞こえてきた。

オープンカーに若者が5人。

ズンドコドコドコ♪ズンドコドコドコ♪と鳴り響かせながら、ゆっくりとしたスピードで近付いてくる。


!?


オープンカーに乗った若者の中に、Arisaが居た。

ゆっくりと目の前を通過していく。

呆然と見つめる俺の視線に気づいたのか、一瞬こちらを見たArisaだったが、

当然、何が起きるわけでもなく、オープンカーの彼女らは街の奥へと消えていった。


うん...。そういう人生もあるよね。



『Hub Room』に戻り、最後の「AKS」サーバーを選択した。



時間は18時を回った頃。

空は暗くなっていた。


もう家に帰っているかもしれない。

そう思いながらも、最初に出会った時に行った喫茶店を覗いてみた。


そこに、Arisaの姿があった。

都合よく居るものだ・・。


友人たちと談笑しているのだろうか。

YuiでもNobuでもない、見知らぬ人たちと4人で連れたっている。

AID仲間かもしれないし、どこかの誰かアバターかもしれない。


でも、この世界サーバーでは、ごく普通に過ごしているんだ・・。

なんだか安心した。



『Hub Room』を経由して、元の「SAS」サーバーに戻った。


すると、俺がその場所に現れるのを知っていたかのように、皆が待っていた。

茜、宏、麻衣、慎太郎、Yui、Nobu、Ken先生までも。


「あれ? 皆・・どうして?」


「よくわかんねーけど、ここに居れば帰ってくるって言うから・・」


「『おかえりなさい』」


「た・ただいま(汗)」


俺の行動、モニターされていたりしないよな・・と、ちょっと不安にもなったが、

きっと心配して待っていてくれたんだろうな。


『Arisaがいなくなってしまって「寂しい」とか「悲しい」とか、そういう「感情」はよくわからないけど、いつかはあなた方と同じように「感じられる」日がくるのでしょうか。』


Yuiは、AIらしいAIDなんだな。

改めて、Arisaが特出していたんだと認識させられる。

自意識過剰かもしれないが、Arisaは俺に対して特別な『感情』を持ってくれていたはずだ。

・・と信じたい。


「ああ、Arisaがそれを証明してくれていた。皆もきっといつかは・・」


『Arisaと一樹さんの間に何があったのか、とても興味深いです。是非詳しく聞かせてください。』


Nobuが黒縁メガネの位置を直しながら迫ってきた。

(うんうん)と他の連中も便乗してくる。


そういえば、、、ペアリンクの事までは皆に教えてなかったなぁー・・

「こ・今度な、今度。うん。」


皆、やいのやいのと責め立ててきた。


Arisaの事を想い出しながらでも、皆と笑って話せるくらいには立ち直れたらしい。


(君が居なくなってしまった世界だけど、なんとかやっていけそうだよ)

そう心の中で呟いてみた。

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