第17話 間違えました!
次の土曜日。マキネを家に残して実家へと帰った。
自転車で会社を通り過ぎ、駅の駐輪場で自転車を預けて電車に乗った。それから乗り換えを挟んで約1時間と少し。電車に揺られていると、ぎゅう詰めのマンションとビルばかりの景色が徐々に変化していく。建物と建物の間が広くなっていく。車内の乗客も駅で停車する度に減っていく。
あと数駅という所でマキネから連絡が入った。チャットアプリを開くと、見事に漢字が入り混じったメッセージが届いていた。
『料理をしても良いでしょうか?』
この前まで届いていたひらがなだけのメッセージも可愛らしかったので少し惜しい気もするな。火と怪我には気を付けるようメッセージを送ると、ものの数秒で返信が来る。
『ありがとうございます。ユータも気を付けてね』
珍しいな。マキネが砕けた言い方をするなんて。俺の名前もカタカナだ。直接呼ばれると確かに「ユータ」の方がしっくり来るけど、文字で見るとその違和感がちょっと面白い。
などと思った瞬間、再びスマホが振動した。
『間違えました! 裕太も気を付けて下さいね』
その慌てぶりに笑ってしまった。予測変換でミスしてしまったのかな。今彼女は何色をしているんだろう。ピンクの明滅かな。それとも赤かな。怒っている時だけじゃなくて慌てている時も赤くなることがあるからな。
極力早く帰ることをメッセージで伝えると、目的の駅へと到着した。
◇◇◇
駅から10分ほど歩くと1軒の家が見えて来る。うっすらと外壁が緑に塗られた家が。2月以来か。それほど離れていないから割と帰って来てる方だよな。
「遅いわよ裕太」
ドアを開けると母さんが玄関で待っていた。窓から見えてたのか?
「何時に来いとは言ってなかったじゃないか」
「そうだったかしら? ちょっと、アンタその服この前も着てたじゃない。他の服は無いの? アンタももう30なんだから身だしなみには気を付けないといけないわよ。加藤さん家の俊明くんなんてもうお子さん2人もいるのよ。本当にアンタはいつまで経っても……」
母さんがマシンガンのように話し始める。息もつかずに話題も変わる。何で俊明の話から美容院の坂上さんの話になるんだよ。この銃撃は放置したら30分以上続くぞきっと。年々射撃時間が長くなっている気がする。
「ああもう! ほっといてくれよ! ……ところで父さんと美月は?」
「お父さんは裏でタバコ。美月ちゃんは二階のアンタの部屋にいるわよ」
「え! 俺の部屋って……押入れとか大丈夫なのか?」
思春期の女の子が見たらマズイ物は家を出る時片付けたよな……? 多分、きっと、恐らく……。
「アルバムとかその辺しか残って無かったわよ」
良かった。なんかヤバいものが残ってたら叔父としての尊厳が粉々に砕かれる所だった。色々とスマホに移しておいて良かったな。
家にはマキネもいるし。
パソコン使わせてるし。
……。
いや、ホントに、スマホに全部移行してて良かった。
「はいはい。早く美月ちゃんのところへ行ってあげなさい」
母さんに促され二階に上がる。元俺の部屋の扉をノックすると、女の子の声が中から聞こえた。ドアを開けると、椅子に女の子が座っていた。
肩ほどまでに伸びた髪に、姉さんに似て切れ長の目、中学生にしては大人びた雰囲気の女の子。
その子は俺を見ると、はにかむような笑顔を向けた。
この子はいつも俺にこの笑顔を向けてくれる。それでいつも恥ずかしそうに話し始めるんだ。
「ユウ兄。おかえり」
「ただいま。ごめんな俺の部屋なんか使わせて」
「ううん。私が急に来たから」
部屋を見回すと、必要最低限の私物だけが置いてある様子だった。
「美月の荷物は?」
「お母さんがまとめて新しい家に送っちゃった」
「そっか」
俺はなんと言ってやればいいんだろう? いつもなら何気なく話せるのに。
「大丈夫か?」
結局気の利いた言葉が浮かばなくて、漠然とした質問を口にしてしまう。
「うん」
「姉さんについて行くんだろ? 早く連絡来るといいな」
彼女はなぜか目を伏せて、答える代わりに引き出しから文庫本を取り出した。
「そういえば、暇だったからユウ兄の持ってた本読んだよ。押入れに残ってたヤツ」
「なんの本置いてあったっけ」
「えっとね。主人公が喋るバイクと一緒に色んな国に行く話」
「あ〜懐かしいな。高校の時にハマったヤツだ」
「一つの話が短いから読みやすかったよ」
「短編集みたいな物だしな。でもすごいな。俺は高校の時やっと本読み出したけど、美月は中学生で読むんだもんなぁ」
良かった。俺が心配してよりもずっと平気そうだ。だけど、少しだけいつも会う時と違う気もする。
「あのさ、何かあったら言っていいんだぞ?」
「え?」
美月が驚いたような顔をする。なんだろう? 何か、言いたいことでもあるのかな。
「あ、あのね……」
美月は何かを言おうとしたけど、すぐに口を閉じてしまう。そして、何でもなかったかのように先程の笑顔に戻った。
「ユウ兄。私もう中二だよ? 心配しなくても大丈夫」
美月がそう言うならこれ以上は踏み込まない方がいいのかも。もう中学生なんだし、自分の考えもあるよな。
一瞬の沈黙を見計らったかのようにドアが開く。そこから母さんが顔を覗かせた。
「二人とも〜お昼は何食べたい? いっそのこと外食にしちゃう? お父さんに車出してもらって〜」
能天気そうな声だったけど、美月のことを気遣ったんだろうな。
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