第16話 私の母ですか?

 スーパーで買い物を終えて家に帰り、2人で慣れない料理をしていると俺のスマホが鳴った。


 誰だ……?


 スマホの画面を覗くと「母」という文字と実家の猫のアイコンが見えた。


「はい」


『あ、裕太? アンタ今週末ウチに来れない?』


「は? いきなり何言ってるんだよ」


美月みつきちゃんをね、昨日から預かってるの。だから……』


 美月? 預かってる?


「え、なんで美月が母さん所にいるんだよ? 姉さんは?」


 母さんの声が小さくなる。


智子ともこ、転勤になったらしいのよ。大阪に』


「大阪って……急すぎるだろ。美月はどうなるんだよ? まだ中学生じゃないか」


『だから、昔みたいにウチで預かってるんじゃない。智子は先に向こうに行っちゃったし』


 母子家庭の人間を転勤させるとか正気かよ。人の人生なんだと思っているんだ。


 考えるだけで怒りが湧いて来た。あの子が小さい時は実家や俺も助けていたけど、それでも姉さんの苦労は知ってる。


『智子責任ある立場でしょ? 断れなかったみたいで。美月ちゃんもどことなく元気が無いのよ。ついて行きたいって言ってたから寂しいのね。きっと』


 姉さんの会社のヤツは実家に子供を預ければ良いとでも思っているのか?



 母親と会えなくて、美月寂しがってるだろうか。



 脳裏に小さい頃の美月がよぎった。大事な日に母親が仕事で来れなくて……。



 ……。



「行くよ」



『……良かったわ。美月ちゃんもアンタが来れば喜ぶと思うから、言っておくわね』


「あ、ちょっと!」


 まだ聞きたいことがあったのに電話は切られてしまった。後で美月にメッセージ送っておくか。


[どうしたのですか?]


「母さんだよ。美月……姪っ子を預かることになったから週末に来れないかって」


[姪ということは、血縁関係の人なのですか?」


「うん。俺の姉さんの娘」


[美月さんはおいくつなのですか?]


「姉さんが27の時生まれた子だから……今14歳かな」


 マキネに智子姉さんと美月の話をした。


 姉さんは俺より10以上も歳が離れていて、昔から何でもできるすごい人だった。俺が子供の頃にはもう家を出て、就職した先で大きな仕事を決めたことで出世して、自分の力で居場所を作っていった。


 ただ、職場とは裏腹に家庭内が上手くいかなくなってしまい、美月が小学校に上がる前には離婚してしまった。理由は分からないけど……。


[美月さんはどんな人なのですか?]


「大人しい子だよ。小学校卒業まではしょっちゅうウチの実家で夕飯食べたりさ、塾に迎えに行ったりしてたよ。ユウ兄ユウ兄って慕ってくれてる」


[ユータを慕ってる? なぜ?]


「え、なぜって言われても……」


 マキネは何か腑に落ちないのかうんうん唸って考え込んでいた。



 美月はいつまで実家にいるんだろう? 本人が行きたいと言っているなら早く母親の元へ行かせてやりたいよな。


「悪い。土曜日1人で出てもいいかな?」


 マキネは、コクンと頷いてくれた。


[行ってあげて下さい]


 マキネの色が淡い紫になる。心配してくれているのだろうか? 母親と離れてしまった美月のことを。



 ……ん?



 そういえば、マキネは母親はいるのだろうか? 宇宙から来たと言っていたけど……どんな母親なんだ?


「マキネに母親はいるの?」


 いるのかというのは変な質問だな。この世に存在している限りはいるはずだよな。


[私の母ですか? ううん……」


 マキネの顔が白く光り、考え込むような仕草をした。


[母と言えるかは分かりません。この惑星で言う花のような物でしょうか。色々な惑星へと種を蒔き、そこで遺伝情報を残す為だけの存在ですから。意思などは無いと思います]


「そ、それってマキネもいつかそうなってしまうの?」


[いいえ、私は違います。私が持つのは到着した惑星で遺伝情報を残し、広げる役割。何世代にも渡って遺伝情報を引き継ぐ中で突然変異的に生まれるのです。私達のようなを宇宙へと放ったような存在が]


 またすごい話だな。彼女の母がどんな存在なのかとても想像できない。


「マキネ達の種族に目的はあるの?」


[種全体で言えば遺伝情報を広げること以外に目的は無いと思います。ユータは人という種が何の為に存在しているか分かりますか?]


 人間が存在する意味? そんなの全然分からない。気が付いたら生まれていて意思を持っていた訳だし。


[分からない……という顔をしていますね。私も同じです。ですが安心して下さい。人に危害を加えたりはしませんから。種族としても、私個人としても]


 その点はマキネも俺達と同じなんだな。


 彼女が自分の意思を強調してくれたのがなんとなく嬉しかった。


[でも、良かったです]


「え、何が?」


[今、ユータにこの話ができて。自分から言う勇気が無かったので……」


 自分の素性を話すマキネはいつも青い光を放っていた。それは、彼女にとって異物であることが悲しいのかもしれない。あれほど何かを学ぶ速度が速いのは、本能だけでなくて、彼女自身が人になりたいと思っているからだろうか?


「ありがとう。いつも正直に話してくれて」


[えっと……]


 彼女が困惑するように光を白く明滅させる。その触手をクルクル回す。今、俺が彼女にしてあげられるのは、それを聞いても俺は変わらないと安心させてあげることだよな。


「マキネ」


[はい]


「これからもよろしく」


[は、はい!]


 彼女の色は、一気に黄色く輝いた。



 ……。



 その日、俺は夢を見た。美月がまだ幼かった頃の夢。


 姉さんの代わりに俺が迎えに行くたび、イベントに行くたび、一緒に遊びに行くたび、あの子は怒った。泣いて暴れた。でも、時間が経つにつれて、一緒に過ごす時間が増えるにつれて、はにかむような笑顔を見せるようになってくれた。


 俺にできることはあるのだろうか? 分からない。


 でも、美月が泣いて過ごすのは、嫌だな。

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