第18話 優しさなのですか?
父さんの運転で近くの回転寿司に行くことになった。ローカル店だけど地元では人気の店。この時間にすんなり入れたことが奇跡だ。
「ここ来るの久しぶりだね」
流れて来る皿を眺めながら美月が呟く。
「美月ちゃんが運動会の時はよく来たわねぇ。そうそう! 運動会と言えば美月ちゃんが小学4年生の時の運動会覚えてる? 裕太に席取りお願いしたら他の家族と場所の奪い合いになったわよねぇ。裕太なんて一番前に座り込んで意地でも動かなかったし」
母さんがマシンガントークの銃撃を緩めずにモニターに注文内容を入れていく。時折美月に注文を聞いては話に戻る。一体どうなってるんだ。マルチタスクにも程があるだろ。
「は、恥ずかしいこと思い出させないでくれよ! あれは姉さんに写真を頼まれて……」
「その割には随分熱心に写真を撮っていたじゃ無いか。白線のギリギリまで前に出て先生に怒られていただろ?」
父さんはニヤリと笑ってイカの皿を取る。
「そんなことあったっけ?」
などと言いつつ美月も顔がニヤけてる。絶対覚えてるだろその顔は。なんだか仕返ししたくなってしまうじゃないか。
「美月も恥ずかしい話あるよな? 俺が塾に迎えに行った時さ、『お母さんじゃない!!』って道にあった植木鉢放り投げたことあったよな?」
「そ、それは、私も子供だったからだよ!」
顔を真っ赤にして反論する美月からは、先程の雰囲気はすっかり消え去っていて、いつも通りに見えた。
あの時、何を言いかけたんだろう?
その時、大量の注文皿が流れて来た。誰だよこんなに頼んだのは。迷惑な客もいるもんだな。
全く。何皿あるんだよ……。
モニターから到着音が鳴り響く。
……。
「え!? これウチのテーブル分かよ!」
急いで流れて来た皿を取り、テーブルへと並べる。
「美月! そっちのも取ってくれ!」
「う、うん……!」
美月と二人で必死に皿を取り続けて数十秒。やっと注文皿の波は過ぎ去った。文句を言おうと振り返ると、母さんはスマホを見つめていた。
「どうしたんだ?」
父さんも横からその手元を覗き込む。
「智子からメッセージが来たの。来月に一度戻って来るって」
「そういえば、姉さんから転校の手続きの話は来たのか?」
「あの子ったら連絡しても全然返事無くてね。今送ったのも既読付かないわ」
ふと隣を見ると、美月は俺達が話す姿をぼうっと眺めていた。何も言わず、何とも言えない笑みを浮かべて。しかし、俺の視線に気付くと、すぐ先程までの顔に戻っていた。
「そうそう! 大阪にはこんなお店があるみたいだよ」
美月がスマホを差し出して来る。そこには雑貨屋のブログが映っていた。ファンシーな店内の写真がいくつか貼ってあり、「SNSでも話題」とカラフルな文字が並ぶ。
「友達の
「へー良いわねぇ〜! 私も大阪に行くことがあったら言ってみようかしら?」
「か、母さんが1人で入ってたら怖いよ……」
「そんな訳無いでしょ! もちろん美月ちゃんと行くに決まってるじゃない。大阪に旅行に行くキッカケができたわね〜」
「楽しみにしててよ。おばあちゃん」
美月は、満面の笑みを浮かべていた。
◇◇◇
帰ると伝えても母さんの話が止まらなかった。実家を出るタイミングが掴めず、結局家に帰って来たのは22時頃になってしまった。
マキネ1人で大丈夫だったかな。
扉を開けると、マキネはパソコンに向かっていた。俺が入ると、その触手がピンと立ち上がる。しかし、その顔はなぜか画面を見つめたままだった。色もなぜか緑色がグラデーションのように変化し続けていた。
「ただいま。何してるの?」
[おかえりなさい。今ですね、離婚を経験した子供の心理を調べていました]
「離婚?」
[美月さんがユータに懐いている、というのが気になって]
「そんなに気になる?」
[連絡が来てから色々と調べていたのです。美月さんの心情を知りたかったので。なんというか、違和感を感じまして……14歳の少女が歳の離れたユータに好意的ということが」
なんだか、そう言葉にされると俺が悪い事をしてるみたいに聞こえるな……。
[私の興味の話なので気にしないで下さい]
そう言うとマキネはパソコンを閉じた。
[それで、美月さんの様子はどうでしたか?]
「落ち込んでる感じはしたけど、帰る前にはいつもの様子に戻っていたかな」
[私の考え過ぎでしょうか]
マキネの光が淡い紫になる。
マキネがこんなに人の心情を考え込むなんて……月曜に買い物に行った時には「何を考えているか言え」と言っていたのに。この数日でまた成長したなぁ。
「なんだか、随分美月のこと気にかけてくれるね」
[上手く言えないのですが、新しい場所って不安になると思うのです。私がこの地域に来た頃は感情を獲得していなかったので平気でしたが、今の私であの状況に戻ったら……きっと不安で押し潰されます」
そうか。彼女は美月に、自分のことを重ねていたのか。大阪に行ってしまう美月に、あの公園にいた時の自分の姿を。
「マキネは優しいね。ありがとう」
[え、え? これは優しさなのですか? 自分のことを考えてるだけなのに]
「それは、美月のことを自分のことのように心配してくれているってことだよ」
[うぅん……]
マキネが混乱したように触手をクルクル回して項垂れる。両手で頭を抑えるような仕草が、妙に可愛らしかった。
[……まだよく分からないですが、一つだけ分かったことがあります]
「何?」
[人から優しいと言われると、嬉しいのですね]
マキネの光は綺麗なオレンジ色に輝いた。
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