嵐の前の嵐

第1話 見知らぬ少女

 朧げな意識の中、腹から感じるズキンとした痛みから、現実を確信する。


「あ、あの、大丈夫ですか?」


 目が開けるとそこには、見知らぬ天井に、金髪の見知らぬ幼なげな女の子。

 なんとも美しい……しかし、うん、全く存じ上げない。


 ……記憶を辿ったが、やはり知らない。

 というか、自分の名前も思い出せないのだが、これは何事だ?

 俺は何か大切な使命があった筈なのに、何も思い出せない。

 致命傷と言っても過言では無い、この腹の傷はなんなんだ?

 ……まずい、混乱してきた。


「……お前は、誰だ」

「ひゃっ!?」

「っ!? すまない」


 思わず殺気を出してしまった為に、少女は今にも泣きそうになっている……と言うか号泣だ。

 状況を見るに、この子はどこかで倒れてた俺を拾い、この柔らかなベッドに休ませてくれて居たのだろう。

 だとしたならば、俺の今の態度はあまりに恩知らずと言えるのではないだろうか。


「お、おい、大丈夫か? 本当に悪かった、だから、その、泣き止んでくれないか?」


 俺は少女の頭を手で撫でる。

 いやしかし、何故だろうか、先程よりも怯えて……怯えてっ!? 


「ごめんなさい、その、男の人苦手で」

「ほ、本当に申し訳ないっ!!」


 少しシーンとする。

 嗚呼、気まずい。

 こんな事なら剣の修練だけではなく、コミュニケーションの修練も行うべきだった。

 

「そ、その、ご飯でも食べます?」

「……頂こう」


 彼女はコミュニケーションを極めているのだろうか? 

 なんとも鮮やかな話題の変換、これは参考にすべきだ。

 

「……」

「……」


 何と言う事だ!

 折角少女の作ってくれたチャンスを、俺は無駄にしてしまった。

 これがもし戦闘であれば、俺は既に死んでいる。

 なんとか、挽回しなければ。


「……お前の名前は何と言うんだ?」

「ルリって言います」

「可愛い名前だな、君のその美しさを表現できていて素晴らしい」

「はいっ!?」

「あ」


 まずい、コミュニケーションが取れてるからと言って調子に乗りすぎた。

 これではまるで、口説いてるみたいではないか……!

 

「お、おい、泣いてるのか? 俺の発言が良く無かったか? 申し訳ない」

「違います、嬉しいんです」

「嬉しい?」

「褒めて貰えたの、初めてで」


 そこで俺は、初めて彼女をしっかりと見る。

 何と言うことだろうか、彼女の体は全体的に痩せ細っているだけに留まらず、所々鞭ムチで付けられたとしか思えないような傷跡があるでは無いか。


「——っ! 無礼を承知で聞くが、君の、ルリの親は誰だ?」

「美の神、ライラック様です」

「ルリは、褒めてもらったことがないのか?」

「私は何も出来ない無能ですから、いつも怒られてばっかで……、だから、仕方ないんです」


 腹の切り傷も、何故この場に居るのかも、そもそもここがどこかも分からない。

 しかし、俺がここですべき事は分かる。


「ルリ、本当にそれで納得出来てるのか?」

「え?」

「もしも、お前がこの現状を変えたいなら、それは可能だ」

「私は……」


 俺はルリの口を手で塞ぐ。

 それ以上言わせたら、彼女は壊れてしまう気がしたから。


「ルリ、ライラックの元へ連れて行ってくれ」


 使命は忘れた。

 しかし、果たすべき新たな使命は出来た。


「君の親に文句を言いに行こう。俺が君の剣になる」


 何があろうと、師との約束は忘れない。


 『守りたい物の為だけに剣を振る事』


 これが理由でも良いよな、師匠。





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