第7話 王

「主よ、あれはなんですか?!」


 十字の傷が刻まれたその男は、その傷を抑えひたすらに温かな光を掛ける。

 それは回復系のスキルなのだろうが、効果を発揮している様子はまるで無い。

 椅子に座ったままペンを握りせっせと書類作業を行っている主と呼ばれている男は、その様子を見てアドバイスをする様に傷を指差す。


「あぁ、言っておきますがその傷は一生ものです」


 男は苦虫を噛み潰した様な顔をして回復を諦める。


「で、がなんなのかと言う話ですが……私はよくわかりません」

「嘘を! 主は過去になんどもっ——」

 

 男の左目にはペンが刺さっていた。

 血が流れ、男は目を抑えながら回復系のスキルを使う。


「私は、分からない。分からないんです。良いですね?」

「……申し訳ございませんでした」


 男は引き出しから数日前少年に託したダンジョン攻略依頼の書類を取り出しまじまじと見る。


「堕龍……、貴方はあの龍の死に様を見てどう思いましたか?」

「無様の一言に尽きますね。革命軍の幹部として最後まで反抗し追放され、下界の人間に殺される。愚か者に相応しい最後だと言えましょう」

「…………そうですか、貴方の目にはそう見えましたか」


 男は目を閉じる。

 それは閉じたまま開かない。


「先程の質問に答えましょう。アレの正体は我々の敵、悪魔です。それも非常に強力な」

「やはりそうでしたか……! 我々天族を傷つける愚か者が悪魔で無いはずが有りません!」


 男はポケットから宝石を取り出す。


「この宝石には砕いた者に対して絶大な力を与えるエクリアです。万が一今回の様な事があれば使うといいでしょう」

「有難く頂戴いたします、主よ」


 十字の傷を抱えた男はその宝石を虚空に放り込み、その場から刹那の間に消える。

 それから数秒して、場が完全に静まり返った後、男はまたダンジョン攻略依頼の書類をまじまじと見つめる。


「……」


 その表情はどこか悔しそうで、そして怒りが感じられた。

 静寂が流れる中ただ依頼者を見つめ続ける男に対して、コンコンと木のドアから発せられるどこが深みのある音が聞こえてくる。

 どうぞと言うと、サッパリとした青年がドアを開けて入室し、男に対し軽く一礼する。


「支部長、ダンジョン内で気絶していた冒険者一名を保護しました!」

「ご苦労様です。彼はおそらく気絶しているだけなので救護室のベットにでも寝かせておいて下さい」

「? なぜ気絶だと分かるのですか?」

「……勘、ですかね」


 いつも冷静で論理的な男からは想像も出来ない勘と言うワードに青年は首を傾げながらも、気持ちの良い返事と共に各所に連絡をする。

 一通り終えたのか、青年は男に問いかけた。


「単なる疑問なのですが、堕龍はS級ダンジョンへのランク昇格が検討されていた、実質的なS級ダンジョンです。それをたった一人でクリアした彼は何者なんですか?」

「そうですね……、一世を風靡した伝説の肩透かしさんであり、これから一世を風靡する伝説の救世主……になるかもしれない人物ですね」

「失礼かもしれませんが、今日の支部長は普段と違って見えます」

「そうかもしれません、私は今とても興奮しています」

「支部長、熱でもあるんじゃ……」

「そんな事より彼はもうすぐ救護室に着くのではありませんか?」

「あ、え? あ、はい。そうですね」

「案内してください。彼には色々と伝えなければ行けない事があるので」

「は、はい」


 青年はスマホを取り出してまた連絡を送り続けた。

 そんな彼に男は背を向け窓から空を見上げる。

 そしてずっと閉じたままであった目を開き不気味なまでの笑みを浮かべた。


「期待以上の働きです。しかし私を納得させたいならもっと面白く動いて見なさい。多賀谷亮」


 男の、堂導廻のその時の目は紅く煌めいていた。

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