第6話 天上なる者

 堕龍は完全に力尽きた。

 先程まで死闘が行われていたこの空間に残っているのは、何百にも及ぶ強者を蹴散らしてきた龍の死体と、それを討ち倒した男。

 男は実感が湧いていないのか、何度も手をグーパーとしたり頬をつねってみたりする。

 そうしてようやく現実だと認識し、堕龍へと近づいて行く。


「確か、この宝玉が討伐証明って言ってたよな……」


 特に爆破の警戒などもせず、その宝玉に手を伸ばす。


 ——バチンッ!


「っ?!」


 触れようとした瞬間、謎の痛みが亮を襲う。

 それとほぼ同時にダンジョンは謎の揺れを起こす。

 ——冒険者にはいくつかジンクスなるものがあり、その一つに『異変が起こったら大体ボスより強い奴が出る』と言うものがある。

 

「[ダメージ吸収]」


 そしてそれは、大体初見殺しだったりする。


「[中止]」

「っ?!」

 

 一瞬、たった一瞬だが、[ダメージ吸収]の効果が切れた。

 目の前に現れた白い翼を生やし白い仮面を付けた天使の様に見えるそれは、解除不能の[ダメージ吸収]を一瞬封じた。


「[臥龍点睛]」

「[中止]」


 天使は手をかざす、それだけで[臥龍点睛]の効果も切れた。


「[思考加速][ダメージ吸収]」

「[中止]」


 二つでも消える、しかし先程より消すのに時間が掛かったような気がした。


「[思考加速][毒霧][威圧]」

「[中止]」


 三つでも消えるようだ。

 一見詰みの様に思える現状だが、弱点はハッキリとしている。


「なら、拳で語り合うしかねぇな! [思考加速][毒霧][威圧]」

「[中…」

「[渾身の一撃]」


 天使はその攻撃を防ごうとしない、いや、防ぐことができなかった。


「発動膠着は一秒くらいか? そんだけありゃ十発は良い感じのぶちこめちまうぞ」


 今の亮のステータスは堕龍の半分、それが十倍になっているのだからBランクのボスと匹敵する一撃が放てる。

 それをまともな構えも取らず、更に何十発も喰らえばまず無傷はあり得ない。

 体制を崩した相手に毒霧と渾身の一撃を与え続ければ負けるはずだが無いのだ。


 しかしそれは前提から否定される。


「[削除デリート]」


 刹那の間、何も考えられなくなった。

 頭に激しいノイズが走る。

 まるで時間が制止したかの様な感覚に陥る中、目の前の天使はゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「十発か、それは凄まじい」


 天使は、嘲笑うかのように囁く。


「凄まじく、弱いな」


 見ると天使は、確かに当たったはずの三発がまるでなかったかの様に無傷で立っていた。

 俺は天使の胴体を蹴りその推進力で離れる。

 しかしその距離は天使にとって無いようなものなのか一瞬で詰めてくる。

 次も胴体を蹴り逃げようとするが、天使は俺の足をサッと掴む。

 あまりに早すぎて見切れなかった。


「握手でもしないか? 大変名誉な事だぞ」

「あ゛」

「おっと、これは足か」


 足を握りつぶされた。

 しかしそれはチャンスでもあった。

 これで[ダメージ吸収]が働き奴とのステータス差が縮まる筈——


『想定外のエラーにより[ダメージ吸収]が適用されません』


 戸惑った一瞬、その隙で死ぬ。

 だから全力で殴った。


「[臥龍点睛]」


 それは天使の攻撃をそのまま返した一撃。

 だから通じると思った。

 ——でも、通じなかった。


「トカゲはコレに負けたのか、追放して正解だったな」


 生存本能からか、俺は咄嗟に防御の体制をとる。

 その次の瞬間俺は強い衝撃……、いや、強いなどという言葉では表せない、凄まじいものが襲ってきた。

 俺は何をされたのかわからなかった。

 分かるのは、自分が壁に叩きつけられ瀕死の状態になっている事くらい……。


 ぐったりとした俺の視界は、血で何も見えていない。

 流れ続ける血はダメージ判定になったのだろうか。

 [ダメージ吸収]が発動し続けている。


『想定外のエラーにより[ダメージ吸収]が適用されません。想定外のエラーにより[ダメージ吸収]が適用されません』


 五月蝿いな、同じ事を何度も繰り返すなよ……。

 使えないのは分かったから……。

 

『想定外のエラーにより[ダメージ吸収]が適用されません。これよりステータスの99.9%を消費し神人シンジンへと変化します』


 だから五月蝿いんだって……いや、いま、なんて?


 それが聞こえてから間もなく体は光に包まれる。


「……バカな」


 天使は刹那の内に距離を詰める。


「[削除]ッ!!」

 

 二つでも、三つでも、意識すらも消して見せた天使のその技は、亮の切り札によって防がれる。


「[削除]」


 天使の意識はその瞬間、ぷつりと切れた。

 それも一瞬ではない、軽く十数秒は切れ、無抵抗のまま地面にうつ伏せに倒れる。


「[天撃]」


 亮はそれがなんなのか、どんな技なのか、効果を見ずに使った。

 発動時のデメリットを考えて居なかったのではない、どんな技か知っていたのだ。

 まるで何百年も使い続けた使い慣れたスキルかのように。


 天撃の効果は、極限まで圧縮された光が一点を軸に十字架を描くかの様に放たれるものであり、発動は光の速さで行われる。

 唱えてから0.00と、0が途方も無く続いていくような限りく0に近い短い時間の中で、光は凝縮され、その光は天使に十字を刻む。

 その凄まじく早すぎる動きを亮の目は見切っていた。

 それどころか、この刹那の間を時間が止まったかの様にゆっくりと認識していた。

 

 だからだろう、天使は一瞬のうちに回復し立ち上がり全力の攻撃をしたが、亮は軽々と躱した。

 反撃だとでも言う様に、亮は躊躇せず天撃を連発する。

 

「[削除]ッ!!」


 亮は[削除]を用いてそれを打ち消さす。

 しかし天使の狙いは違った。


「発動膠着は0.1秒、凄まじい早さだがそれほどあれば逃げることは可能だ」

「っ!!」


 亮は天撃を放とうとするがその対象は既に居なかった。


「……まあいいか、危機は脱しっ……」


 瞬間、力がすっと抜けて体がだるくなる。

 

『神人の効果が切れました。反動にご注意下さい』

『特殊スキル[神人化]を獲得しました』


 意識が朦朧とする中、何やらドタドタとうるさい音が聞こえてくる。


「……副隊長! 発見しました!」

「?! 堕龍が死亡している、まさか相打ちか」

「ソロで?! こんなところで死んでしまうなど、実に残念だ……」

「あら、……ねぇ、この子まだ生きてるわよ!」

「何?! 今すぐ回復スキル持ちを!!」

「いや、その前に外にだすのが……」


 なにやら揉めてる様だが、その内容を聞き分ける事は困難だった。

 その中の1人が近づいて来て言葉を掛けてくれているがよく分からない。

 それを必死に考えようと集中していると、意識がぷつりと切れた。

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