第5話 堕龍

「[鑑定]」


 予め相手の能力を把握しようとするが、それは失敗する。

 鑑定は偶に失敗する事があり、その原因はステータスが離れすぎているか鑑定を妨害するスキルを持っている事のどちらかと言われていて、今回は恐らく前者だろう。


 細長い、と言っても俺の十倍は大きい胴体に、並の攻撃では絶対に貫けないであろう黒く輝く鱗、そして全てを萎縮させてしまいそうな黄色い眼光と己が龍であると示す立派なツノ。

 その胴体より生えている四本の手足の右側上部の手には、黒く濁った宝玉が握られていた。


「まさに神話通りって感じの龍だな」


 ……。


 龍は一向に動かない、どうやらこちらに先手を譲るようだ。

 その堕龍の態度に、俺は心無しか試されている気がした。

 だから、全力を出した。


「[渾身の一撃]」


 俺の攻撃力は+分を足して千百であり渾身の一撃の効果で十倍になっている状態ならば千百となる。

 Bランクダンジョンのボスモンスターは本来八十レベル以上の冒険者が四人パーティーを組んで倒す相手、一時間にも及ぶことから一万千以上のダメージが必要なのは明らかだろう。 


「せめて五割、半分だけでも……っ!!」


 そして太一の攻撃は綺麗に決まった。

 堕龍の胴体に、見事に、完璧に、これまでの亮の生涯で最も素晴らしい一撃と言っても過言では無かった。


 しかし龍は全く痛がる素振りも見せない。

 それどころか亮はダメージを受けていた。


「右手はもう動かない、てかこれもダメージ判定なのか……、スキルが増えてる。[臥龍点睛]か、効果は……、なるほどな、結構特殊n……」

「——————ッ!!」


 凄まじい音と共に繰り出された光は、太一の真横を薙いだ。

 丁度綺麗に外れているのを見るに、威嚇射撃という事だろうか?


「こっちも負けてられねぇな、[渾身の一撃]ッ!!」


 吸収した事により加算されたステータスのお陰で、左手が味方のように使えなくなる事態になる事は無かった。

 しかし——


「まるで効いてるような感覚が無い、てかあの玉凄い事になってないか?」


 見ると堕龍は、手に持つ黒く濁った宝玉から尋常では無いオーラを出し、口から白い光の粒子が漏れ出させていた。 

 ステータスを確認する暇など無い為感覚の話になってしまうが、吸収した瞬間強盗から吸収した時とは比較にならないほど体が軽くなり恐怖が消えた気がした。

 俺に来たステータスは十分の一、なのに数十倍も強くなった感覚がしたのだ。

 つまり堕龍とは百倍のステータス差だと言う可能性がある。

 

 その堕龍の一撃が放たれる。


「チッ、[思考加速]……ッ!!」


 刹那、世界が白に支配される。

 その全てを認識し理解し避けようと脳は加速する。

 情報を得ろと脳は目に命令する。

 目は限界を迎え血の涙さえ出した。

 しかし止まらず、情報を得続けた。

 

「右だァァア!!」


 ある種の火事場の馬鹿力的な物でその白い粒子との衝突を避ける事が叶った、しかし……


「ぁ、がッ」


 左腕に掠った。

 掠っただけで、重度の火傷と甚大なダメージを受け使い物にならなくるそれは、避けなければ死ぬと言う恐怖を植え付けた。


「攻撃、手段は……、足だけ、か?」


 俺はより堕龍に近づいたステータスを駆使して、接近し蹴りを喰らわす。


「[渾身の一撃]」


 今度は少しながら手応えを感じた。

 すると龍は、前の一撃よりも多く白い粒子を口の中に集め出す。


「まだ全力じゃないって言うのか?! [思考加速]……ッ!」


 脳も、目も、体も、先程と同じように、いや、もっと激しく働いた。

 しかしその多大な負荷を受け切れるほど、体は十分な状態では無い。

 体は悲鳴を上げ、左腕の痛みはこの世を絶する物であり、亮の精神が一瞬飛んだ。

 その一瞬が命取りだった。


「——ァ゛」


 それは右耳を擦り、脳に激しいノイズが走る。

 耐え難い苦痛に思わず膝を曲げるがそれ以上折らない、折ってはいけない。

 もしそうしてしまえば、今龍の構えている白い粒子にこの胴体を丸ごと消し飛ばされる。

 

「吸収の効果があっても胴体が無ければ死ぬかもしれない、そもそも俺が死んだらスキルの効果は発動しないんじゃ……」


 瞬間、俺は自身の発した言葉に引っ掛かりを覚えた。

 

「……ステータスはバフ、そのバフを掛けているのが俺自身では無くダンジョンに踏み入れた時俺にステータスを与えた所謂神様的な存在による物だとしたら……、俺が死んでもステータスというバフは無くならないんじゃ無いか?」


 知り合いに話せば何を言っているんだと言われるだろうし、実際自分でもまだ確信は持てていない。


「でも、これ以外に勝つ方法なんてねぇだろ!!」

 

 俺は痛くて堪らない両手を握りしめる。

 この相手を絶対倒す、その決意と覚悟を自らに示す為に。


「一か八か……」

「——————————ッ!!!!!!」

「[ダメージ吸収]ッ!!」

 

 俺は全力で、迫って来る白い粒子に

 瞬間、想像を絶する激痛が走り自身を認識できなくなる。

 自身の肉体が無くなり、まるで幽霊にでもなったかの様な感覚。

 事実瀕死、それ以上の状態まで行っていたかもしれない。


 ——堕龍は勝利を確信した。


 ようやく攻撃が終わったその時、堕龍は目の前の光景に唖然とする。

 何故か、それは無傷で俺が立っていたから。


「どうやら本当に不死身みたいだな、この[ダメージ吸収]ってスキルは」

「オオオオオオオ——————ッ!」


 堕龍のその咆哮は、威嚇では無いように聞こえた。

 寧ろ、トラウマを目の前にした時のような悲鳴、そんな根底からの恐怖。

 しかしその一方で、歓喜も混じっいる、そんな気がした。


「[臥竜点睛]、効果は相手から受けたダメージを二倍にして返す。最初の攻撃が弱かったのは威嚇射撃じゃ無く俺の攻撃が弱すぎた、逆に次からが強かったのはお前のステータスに少しだが近づいたから。そうだろ?」


 堕龍は咆哮を上げ続ける。


「相手より攻撃面で有利に立てる、素晴らしいスキルだ。じゃあ次はこれを返してみてくれるか?」


 俺は溢れ出しそうな程の尋常では無いエネルギーが漏れ出す右手をギュッと握り拳を作る。

 

「[臥龍点睛]」


 拳を堕龍の方向へ一直線に突き上げる。

 すると、亮の周りに白い粒子が刹那の内に集まり、次の瞬間一斉に放射される。


「《[臥龍点睛]》」


 堕龍はそれを避けずに完全に受け切る事を選んだ。

 

「オオオオオオオォォォ————ッ!!」


 怯え、恐怖、そんなものは一切無い。

 この咆哮は、亮と同じ、この相手を絶対に倒すと言うその一心から出る物。

 堕龍は耐える。

 身体中が傷だらけになろうとも、尚も咆哮は鳴り止まず、その肉体を保たんだと一心不乱に耐え続けた。

 悲鳴になりそうな時もあった、しかしそれ以上に勝つ、倒すと言う意思が上回ったのだ。

 そうしてそれは叶った。


 堕龍は手に持つ宝玉をこれでもかと言うほど黒く光らせる。

 顎が外れそうなほど大きく開いた口の中には、それを埋め尽くしてしまいそうな白い粒子が集まり巨大な白い光の球体が生み出されていた。

 

 この最高の一撃を生み出すに至った戦友を、堕龍はその黄色い眼で見る。

 [臥龍点睛]の反動でも受けたのか分からないが、ピクリとも動かず顔を俯かせていた。

 

 実を言えば、最初堕龍はガッカリとしていた。

 ——を追い出されて路頭に迷っていた時、強者と戦えるとこの閉鎖空間に招かれ数十年、強者らしい強者には出会えず退屈に過ごしていた。

 今日も自分の百分の一にも満たない弱者が来たと思い適当に戦っていたが、違った。

 この弱者は、戦いが続けば続くほど我に近づいた。

 いや、自分が弱くなっているのか?

 とにかくその体験は恐怖を生んだ。

 しかし根本的な物ではなかった。

 だが次の瞬間、奴は本当の恐怖を与えてきた。

 自慢では無いが、自分の[臥龍点睛]は当たれば勝てるまさに必殺技だ。

 それをモロに受けた奴は、なんと無傷で立っていた。

 恐怖した、しかしそれ以上にワクワクした。

 そうしてこの戦いは、この一撃で終わる。


「————————————ッ!!」

 

 音が割れ、空間は完全な白に包まれる。

 その中心たる白い粒子が、亮と衝突するその時、その俯いた顔をあげる。

 堕龍はそれをハッキリと見た、そして確信した。

 負けると。

 亮は、勝ちを確信したかのように笑みを浮かべていた。


 堕龍はその口で喰い殺そうと距離を詰める。

 それは0.1秒にも満たない時間で実行された。

 しかし間に合うことは無かった。


「[臥龍点睛]」


 自らの最高の一撃が、二倍になって襲いかかってくる。


「オオオオオオオォォォ————ッ!!」


 その一撃を耐えんと鼓膜が破れてしまいそうなほどの大きな咆哮をあげる。

 一撃に、ひたすら集中した。

 しかし奴にとっての切り札はこれではなかった。


「[渾身の一撃]」

「——ッ?!」


 受け身も取れずまともに受けたその一撃は、大変重かった。

 三度喰らったがいずれも微々たる物だった[渾身の一撃]が、こんなにも重くなるとは思わなかった。

 一瞬だった、しかしその一瞬で自らが踏ん張っていた物は切れてしまった。

 ああ、完全に、負けた。

 

 


 堕龍は地面に音を立てて落ちる。

 白く、しかし濁った光と共に、目を閉じて、死んだ。

 

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